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引越しの不思議

すっかり元気なのですが、転勤先での隔離療養生活が続いております。

以前にも触れましたが、これで人生23回目の引越しとなります。

いつも思うのですが、どんなに気に入った部屋であったとしても、引越し準備を始めて、荷物を全て段ボール箱に詰めてしまうと、それまであった部屋への執着もフワッとどこかに消えてしまうのですよね。

それは、やはり自分の物がその部屋にあってこそ、「自分の居場所」と定義付けられるというか認識されるからなのだと思っています。

もちろん、帰属する場所というか帰る場所は家族のいる場所ですが、例えば家族のいる今の家はというと、そこも単身赴任中に引越したものですから、正直自分のものはほぼ何もない状態です。

冗談みたいですが、月に一度家族のもとへ戻った際は、自分の荷物をリビングのソファの横の床に置いて、滞在中に脱いだ服や下着などもその荷物の横に畳んで置くような感じです。

一度に二日間くらいしか滞在しませんから、洗濯物などもひとり暮らしの自宅に持ち帰りますからね。

居場所がないというよりも、自分のものを納める定位置がない、ということですよね。

「整頓」を、「要る物の定位置を決めること」と定義付けていますが、自分が普段使いしている空間でないと整頓ができないという状況です。

複数の地域を担当していた時にも、上司が好意的に、「どちらの地域にも部屋を借りていいぞ」と許可をしてくれはしたのですが、やはりどう考えたところでどちらも落ち着いた環境にできるとは思えなくて断りました。

住む場所を分けるということは、自分の要る物を分けるということにもつながります。

自分の要る物が全てある場所が、自分の居場所となるのであれば、それを分散してしまうと、自分にとって快適な場所は確保できませんし、本当に確保したいのであれば、同じ物を複数保有しておくような無駄な必要性が発生します。

ですから、引越しの際に段ボールに物を詰めると、これまでの空間が自分の居場所でなくなる感覚に陥るのだと思っています。

代わりに、新たな地にて荷解きをしていくと、少しずつそこが自分の新たな居場所として実感できるから不思議です。

おかげさまで、引越し当日にはほぼ自分の考えたとおりのレイアウトに仕上げることができるようになってしまいました。

前回の部屋も、引越し初日から引越し直前までの部屋の状態はほぼそのままでしたし、今回も初日のこの状態は今後もずっと保たれるのだと思っています。

今日も読んでくださいまして、ありがとうございます。

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