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【会計天国】多角経営しながら決算書はひとつで十分かなぁ、だと? さすがラスト案件、度し難いっ!!【感想】

本書の主人公は、経営コンサルタントの北条。娘のウェディングドレスの試着につきあうために呼び出され、その途中で事故死。現世に復活するため、天使から指定された人生崖っぷちの5人を経営のノウハウを使って幸せにすることに……。

【第5章 会社の戦略が変われば、組織も当然、変わる】

登場人物
【赤木俊平】
北条の娘である恭子の婚約者。北欧家具の卸販売をしている。

【状況】
赤木俊平は焦っていた。パニック寸前といってもいいいい。経営する3つの事業すべの口座残高がほとんど残っていないからだ。
3年前、本業の北欧家具の卸販売とは別に新規で立ち上げたレストランと人材派遣事業は常にカツカツだったが、赤木にはその原因がまったくわからなかった。今までは本業である北欧家具の儲けを不足分に充てていたが、もはやそれも限界だ。
赤木は藁にもすがる思いで、元恋人であり宝石店の経営者である亜里砂に資金援助を申し込むが……。

◆序盤で判明している事実

経営している事業は3つ。
・北欧家具の卸販売
・自由が丘のフレンチレストラン
・貿易会社専門の人材派遣事業

安定した利益が出ているのは本業の北欧家具のみ。
3年前、同時に立ち上げたレストランと人材派遣事業は常に資金がカツカツ。

特にレストランの資金繰りが悪いため、本業の儲けを充てている状態。

ちなみにこの赤木、複数事業を展開しているにも関わらず、熟練の経理(派遣)の契約を打ち切り、長澤まさみ似の大卒1年生に経理を任せたおバカヤロウである。経験値ゼロの新人に何を無茶ぶりしてんだっ!!

【事業別の決算書がないってどういうことだ!?】

赤木は北条が憑依した亜里砂に税金の支払い込みで今月末までの3,000万貸して欲しいと頼み込むのだが、その言い分が、
「今月末の支払いさえ乗り切れば、分割になるけどキッチリ利子つけて返すから」
である。
「上手く金を回せなかったからにっちもさっちもいかなくなって頭下げに来たんだろうが。どの面下げて利子つきなどとほざくか。ラストなので度し難い案件なのは仕方がないが、これ以上戯言抜かすなら二次元の境界線越えてでもひっぱたくぞ!」
案の定というべきか、赤木の言い文に対し亜里砂に憑依した北条の答えはノーであった。3,000万という額を渡すのだから、確実に返済できるかどうか会社の財務状況を把握しておきたいと言ったのだ。真っ当な判断である。

というわけで赤木から手渡された決算書をめくったわけだが、ここで衝撃の事実が判明。渡されたのは会社全体の決算書だけで、事業別———「北欧家具の卸販売事業」「レストラン事業」「人材派遣事業」の決算書は作っていなかったのである。

「同じ会社の中でやっていることだから、ひとつで十分かなぁと思って」

だからこんな状況になるんだよ! と思わず叫ぶ北条。実務経験皆無の資格だけ持ちですら天を仰ぐわ!
声を荒げる北条に、いまだ現状を理解していないのか「商売のセンスはいいから感覚的にわかっている」とほざく赤木。
まさかこの調子で銀行口座まで使い回してないだろうなと問いただせば、そこは顧問の会計士にどやされたので事業ごとに別けている、と。それはつまり会計士の指摘がなければ口座を使い回す気満々だったということか。この無学者!

とにかくまずは状況把握が急務。
赤木の会社のサーバにパソコンを繋ぎ、かんたんな事業別の決算書を作ってみれば、

『自由が丘のフレンチレストラン』
前期が赤字。
儲かっていないので最初に投資した固定資産分の回収はおろか、さらなる資金を食いつぶしている状態。
特にここ半年で一気に売上が落ちていた。

『貿易会社専門の人材派遣事業』
黒字だが売掛金の入金よりも先に派遣社員の給料を支払うため、売上がのびるほど資金が必要になる。資金が常にカツカツになるのも道理。

【事業を拡大する前に、まずはリスクを見極めるの先じゃないのか】

本業の北欧家具の卸販売が順調で資金にも余裕があったから新規事業を立ち上げた赤木は言うが、

そもそもどうして新規事業にフレンチレストランと人材派遣事業を選んだのか?

まさかノープランで新規事業を立ち上げるほど救いがたいキャラ設定ではあるまい。———などと夢見た瞬間もありました。

人材派遣業って今はやりでしょ?
あと何かベンチャー社長の新規事業って感じだから。
フレンチレストランは知り合いの社長の店が経済誌で取り上げられていて、1年ですごく儲かってるって書いてあった。

……さすがラスト案件だけあって度し難さのレベルが違った。怠惰ここに極まれり。挙げ句の果てが、

「真似するだけで儲かるビジネスを探していたんだ」

……うん、シメよう。シメでギアナ高原の端っこにでも転がそう。そしてそのまま振り返らずにゴールまで突っ走ってもきっと罰は当たらない。閻魔様も言っている。多分。

反省の欠片もない赤木に、北条は事業を拡大するさいの3つの選択肢を書き出してみせる。

1.同じ事業を拡大して『規模の経済性』を発生させ、利益を大きくする。
2.川上、川下に事業を拡大し、コスト削減や顧客のニーズに応える。
3.多角経営をすることで将来の会社全体のリスクを小さくする。

赤木にはまったく想像がつかなかったが、上記の3つは事業拡大のさいのリスクが小さい順のな並びだったのだ。そして、同時期に2つの新規上を立ち上げた赤木の選択はもっともリスクの大きい多角化だった。

北条は新規事業を始めるさいに一番重要なことは「事業を始める目的」だと指摘する。しかし、多角化はその「目的」がはっきりしないことが多いのだという。だが、自らの選択を真っ向から否定された赤木は、
「今の事業とまったく関係のない事業に進出したほうが将来の会社全体のリスクは小さくなるはずだ」
と反論する。もっとも、その内容も以前読んだ経済誌の記事をそのまま口にしているだけだったのだが。
「それは多角化が『成功している会社』を見てそう思っているだけだ」
赤木の必死の抵抗も、しかし北条は容赦なく切り捨てる。
まったく異なる事業に進出する以上、既存の事業での考え方や物の見方を変えなければ成功などできない。とはいえ、すべてが失敗するわけでもない。競合企業が少ない分野であれば成功する可能性は高くなる。だが、たとえば飲食業のように成熟した業界の場合は競合企業が多い分、投資金額を大きくしてコストをかけなければ成功できない。
知り合いが成功しているから自分にもチャンスがあるのでは、と安易な考えでフレンチレストランを始めた赤木の選択はどう考えても早計だった。
ここにきてようやく己の無謀を思い知った赤木だったが、
「それで、お金は貸してもらえるのか?」
と催促する図々しさはいまだ健在だった。やはり二次元の境界線を飛び越えてでも張り倒すべきか、この厚顔無恥は。

【催促する前にまずは問題の元凶を把握しろ】

融資する前に一番の問題であるレストランの数字を検証する必要がある。北条は決算書をめくりながら数字をあらためて確認していく。

◆食材の原価率40%
本来、飲食店の原価率は30%以下に抑えない赤字になる
原因:食材はすべてフランスから直輸入しているからデス。
◆異様な固定費
内装設備:合計4,000万
(1,500万のパン焼き器を輸入していた)
250万/月の賃料(立地:自由が丘)

=損益分岐点まで▲6,000万 地獄かっ!?

さらに借入金はほとんどが短期借入金という非情。
ちなみにこの借入金、実は本業の北欧家具を仕入れる運転資金として銀行に申し込んだもので、それをレストラン事業に回していたのである。
どうあがいても絶望デス、アリガトウゴザイマス。

北条は(図27)を赤木に見せる。

1.これから儲かりそうな事業(粗利益小・成長大)
2.再投資して伸ばす事業(粗利益大・成長大)
3.十分儲かっている成長事業(粗利益大・成長小)

*3.で儲かった資金を使って1.を育てていく
*1.が儲かってくると2.に移動し、儲けた資金を再投資してさらに事業を大きくする
*最終的に2.→3.になり循環していく。

北条は赤木に自身の事業が1・2・3のどれに当てはまるかを問うが、赤木の答えは———

・自由が丘のフレンチレストラン
・貿易会社専門の人材派遣事業
=これから儲かりそうな事業

・北欧家具の卸販売
=十分儲かっている成長事業

もはや無知蒙昧のレベルではない。
資金が常にカツカツですべての事業の足を引っ張るレストラン事業のどこに将来性を見たのか。
ここまできてなお、赤木はレストラン事業の何が資金繰りを圧迫しているのかわからないと言う。北条はキレた。

「食材の売上原価に加えて毎月の賃料250万が高すぎるからだ!」

数十秒の沈黙を経てようやく口を開いた赤木の言葉は救いようがなかった。

「フランスに出張したとき、フレンチのおいしさに感動した。だから、多くの人にこの味を知って欲しいと思ってできるだけ大きな店を作った」

知人の社長の成功話はきっかけに過ぎなかったらしい。もともとフレンチレストランをやるのが夢だった、と。だが、その言葉にどれほど真実味があるだろう。自らの信用を損なってきたのは他でもない赤木自身の言動だ。己の「夢」だと語りながら、赤木はその夢を今の今までただ「見ていた」だけだったのだから。
北条の言葉に容赦は欠片もなかった。

赤木の理想や夢はどうでもいい。それは赤木にとって大事なことであって、お客にとって大事なことではない。
自分の理想や夢を実現するためだけにビジネスを始めるなど最悪だ。それはエゴでしかない。
肝心なのは「利益を出すこと」だ。
利益が出て初めてお客に還元することができる。

さらにはレストランの接客態度や服装、内装の汚れ、雰囲気など具体的な部分を指摘して今までの不満もぶちまけた。

【撤退できるだけの体力がなければ、撤退することすら叶わない】

途方に暮れる赤木は、この期に及んでまだ「どうすればレストランが儲かるようになるのか」と北条にすがりつく。
自ら判断のできない赤木に北条は言った。
「レストラン事業から撤退しろ」
真実味は薄いが、曲がりなりにも自らの「夢」と謳ったレストラン事業である。赤木は猛然と反発した。
自分の給料はゼロでもいい、社員を首にしたくない。みんな一生懸命頑張ってきた。社員は悪くない。だが、突きつけられた現実は赤木の未練と懇願を許さない。

赤木はついにレストラン事業からの撤退を選択した。

レストラン事業からの撤退後、タイミングよく人材派遣事業を5,000万で売却できたため倒産という最悪の事態は回避された。当然、天国からの判定も無事「幸せ」の判定が出て、北条はすべての案件をクリアしたのだった。

エンディングについては会計に関係ない部分なので省略。

最後だけあって本当に問題しかなかったが、まさか最初から最後まで叫びっぱなしになるとは思わなかった。無知蒙昧な人間がなまじ金と権力を持つとろくなことにならんよ……。

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