haaaluはる

関東在住 6歳(繊細くん)3歳(怪獣くん)兄弟を育てるママ。 特別支援学校で非常勤講師…

haaaluはる

関東在住 6歳(繊細くん)3歳(怪獣くん)兄弟を育てるママ。 特別支援学校で非常勤講師をしながら、 たまに声楽コンサートもやってます。

最近の記事

母の救われる道とは

前回のnote『わかるの力』に沢山のコメントありがとうございました‼︎ こんなにたくさんの人が繊細っ子、癇癪っ子について悩んでいるんだってわかって私がどれだけ救われたか… 自分の子供を理解できない申し訳なさ、癇癪対応の正解って⁇ もうどうしたらいいのかわからない…‼︎ パニックが起こる度に、私もこの壁にぶち当たり続けています。 発達障害のせいでこうなってるんじゃないか、過剰適応してるんじゃないか、いや、ただ繊細過ぎるせいなんじゃないか… 何が何だかわからなくて… ど

    • わかるの力

      「わかる~」 これは、わたしが繊細っこあるある(長男)を話したときに、オンラインサロンでかけてもらってうれしかった言葉。 そう、わたしは共感に飢えていたのだ。 ”家でだけ癇癪”は、周りから見ると「お母さんだから甘えられている」という肯定的な意味にも受け取られうる。 それは夫から見てもそうなのだから、幼稚園の先生はもちろん私の両親からしてもそうなのだ。 つまり、長男のことで困っているのは、この世界に私一人だけ。ということになる。 周りに理解されないということは、自分が

      • 受け入れると受け止める

        「お母さん、一回受け止めましょう」 これは、今日の育児相談で心理士さんからかけられた言葉であり、私の心に深く刺さった言葉。 noteをご覧になった方ならおわかりになるだろう。 長男の癇癪の対応に悩んで、いろんなところに相談してきた私だが、ついに、自分の職場(特別支援学校)の臨床センターの心理士さんのところにたどり着いた。 共感 同じ敷地内にいる心理士さんにたどり着くまで、なぜこんなに遠回りをしたのかというと、それは単に私のプライドの問題である。 非常勤として生徒たち

        • なぜ人前で歌うことは恥ずかしくないのか vol.1

          考えるきっかけ 私がnoteの存在を知ってアウトプットするようになったのは、skillmeというオンラインサロンに入会してからだ。 まずは自分の気持ちを整理する為に、気持ちを残しておく場所が欲しいと思って始めたのだが、 いざオンラインサロンの人達に読んでもらおうと思うと、緊張して中々書いた事を人に言えない時間があった。 その中で、私の書いた物を読んでくださった方が、 『人前で歌うより、noteをみんなに読んでもらうことの方にドキドキするのはなぜ?』と 私にとっては当然

        母の救われる道とは

          信じる

          子供を信じるとは? 分かっていたつもりだし、信じていたつもりだったが、きっと出来てはいなかったのだと思う。 子供自身の成長する力を チャレンジシート 最近、チャレンジシートを始めた 我が家のチャレンジシートは、何かチャレンジをしたり諦めなかった時、自分で頑張ったなと思った時にシールを貼っていって、シールが溜まったら500円分の何かを買ってもらえるというもの。 (シールを何枚貼ったらにするのか、値段はいくらにするのかは子供と相談して決めた) 長男は少しでも失敗すると

          どう育てたいか

          最近長男(6歳)の発達に関して、私の悩みだったり心の中をここに記してきた。 その時々で、どこに進むべきか?どこなら私たちは救われるのか?が常に心を占領していたのだが、「私がどう育てたいか」が抜け落ちていた気がする。 というか、そもそもその考え方はなかったのかも・・・? 完璧主義だから私は今、幸せになれていたのだ 昨日は、地域の公民館で行われるロビーコンサート。 そこでお手伝いをしているのだが、長男が4歳だったころ(2年前)に育児相談をしたことがあった区の発達支援相談員の方

          どう育てたいか

          自分を疑う

           昨日長男(6歳)の療育の体験に行ってきた。 結果から言うと、「診断はつかないでしょう」 はい。そうですよね。診断まではいかないだろうと思っていた。 ホッとしたのか、「完璧主義なところがありますかね…」 の言葉にドキッとしたのか、夕食の準備をして出かけたのに、 「マック食べて帰ろう!」と子供たちに話しかけていた。 家に帰ってからも「完璧主義」の言葉が私に重くのしかかる。 ASD(自閉スペクトラム症)ゆえの「完璧主義」なのか、育て方による「完璧主義」なのか…はたまた両方な

          自分を疑う

          一歩なのか

          長男(6さい)の療育の体験が決まった。 ずっと変だなって、なんでかなって、言いようのない違和感があって… でも人の気持ちに敏感だし、とか、こんなこともできるし、とか、 おそらくHSCなんだろうと、いやそうかもしれないしちがうかもしれない…と、もう何が何だか分からなくなるくらいの 「たぶん」「おそらく」「きっと」を積み重ねてきた。 でも、そんな「あいまい」に疲れてしまった。 診断がつくことやほかの人と違うということ、それを恐れているのは彼ではなく、わたしで。 でも、も

          一歩なのか