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2019年7~8月に読んだもの(抜粋)の感想


溜めないように小まめに書いていきましょうね……。


山内長承,2017,『Pythonによるテキストマイニング入門』オーム社.

主ゼミで読了。「本書は、プログラミングの経験は多少あるけれども、言語処理の経験はないという読者を対象にして」いるらしく、プログラミングの経験がない自分はかなり苦労しながら読んだ。

が、書いてあるとおりにやれば、それなりの結果は出るように感じる。
本書のプログラム例のファイル名だけ書き換えて、女性向けAVと男性向けAVの差異を分析した結果は、下記のnoteから。


ジャック・デリダ「署名 出来事 コンテクスト」『有限責任会社』法政大学出版局.

最近、ジュディス・バトラーの理論を修論より深堀りしようと思っているところ。が、思ったより深い沼だぜ……としか言いようがない。

とはいえ、このことから帰結として次のことを引き出そうなどと私は毛頭考えていない。すなわち、意識という諸効果のいかなる相対的特有性も存在しないとか、(伝統的な意味でのエクリチュールに対立する)パロールという諸効果のいかなる相対的特有性も存在しないとか、パフォーマティヴのいかなる効果も、日常言語といういかなる効果も、現前ならびに言説的出来事(スピーチ・アクト)といういかなる効果も存在しないとか、そういった帰結を引き出そうとしているのではない。そうではなくただ、これらの諸効果は、一般に人々がそれらに逐一対立させているものを排除するどころか、反対にそうしたものを自らの可能性の一般的空間として非対称的な仕方で前提としているのである。(pp. 46-7)

自分にとってはここが大事な気がした。


難波優輝,2019,「ポルノグラフィをただしくわるいと言うためには何を明らかにすべきなのか」

バーチャルYouTuber研究が専門かと思いきや、ポルノグラフィの分析哲学、美学で修士論文を執筆中とのことで、なおさら親近感を覚えた。

「ポルノがわるいのは『ポルノはわるい』というクレイム申し立てがあるからだ」という社会問題の構築主義アプローチに囲まれた私の独特な研究環境ゆえ、倫理的問いに真正面から取り組むアプローチは新鮮に感じる。

が、「ポルノグラフィをただしくわるいと言うためには何を明らかにすべきか」という問いが重要性を持つのは、どこに問題があるか混乱しポルノを「ただしくなく」わるいと論じるポルノ研究の状況がある場合であるはずだが、そういう状況があることが十分に示されているわけではない。ポルノの「わるさ」を言うために“おおまかにただしく”明らかにすべき要点を押さえ、その先の問いに進んでいる研究の膨大な蓄積があるなかで、 屋下に屋を架す土台提供に感じた。


西野精治,2017,『スタンフォード式 最高の睡眠』サンマーク出版.

よく読むと、学術的裏付けがないのに書いていることも少なくない(「寝る前に目薬をさすと効く」とか「朝に活動したほうがいい」とか)。
だが、

ヨーロッパのカノコソウやカモミールに代表されるようなハーブは、何百年も用いられてきた。
眠りに効くのか鎮静に効くのか、それがどれくらい強く効くのか、検証されていない部分もある。しかし、まったく効果がないものは淘汰されていくから、「ずっと飲まれている」という事実が、「ある程度の効果がある」ひとつの証拠だと私は思う。
[…]
逆にいうと、急に脚光を浴びる「科学的根拠のある食品」は、検証されていないものも多い。(Kindle 位置No. 1971)

というのも、言われてみればそうかなとも思う。いわゆるエビデンシャリズムというか。

それはそれとして、新しく知ったことも多かった。レム睡眠中だけでなくノンレム睡眠中にも夢を見ているとか、そういう基本的なことも含め。

最近きちんと眠れていなくて読んだのだが、全然眠れてない。おい。


見田宗介,2008,『まなざしの地獄』河出書房新社.

言わずもがなの名著。Kindleで読めて嬉しい。集団就職者への「まなざし」と当人たちの実存について述べた、

「金の卵」であるということは、この卵の持主にとっては幸福であるが、その卵自身の内部生命にとってはけっして幸福ではない。卵殻が「金」でできているとき、その卵自身の内部生命は、やがてその成長の過程にあってみずからの殻をくい破ってはばたき出すことを封じられ、その固い物質の鋳型の中で腐敗し石化してしまうであろう。

のくだりが秀逸。


森山至貴,2012,『「ゲイコミュニティ」の社会学』勁草書房.

ルーマン理論を土台に、ゲイ男性の「つながり」を論じる博論本。勉強会で読んだ。

仮説の設定→「圏のゼマンティク」の不在を指摘→「圏のゼマンティク」がないなりにゲイ男性が使っている「つながり」の技法の分析、という章構成が巧みで、博論を自分が書くときは参考にさせてもらいたい。

が、1920年代から急に1990年代以降へと歴史記述が飛んでしまう。本書で分析されていない、HIV/AIDSへの対処が生み出したゲイ男性の「つながり」は、性病であるがゆえに「特権的な他者とのつながり」を無視することはできず、しかし運動であるがゆえにこれとは無関係な「総体的なつながり」を目指すであろうから、微妙なバランスの「つながり」「コミュニティ」になると思われる。


打越正行,2019,『ヤンキーと地元』筑摩書房.

沖縄の暴走族に参与観察した著者の、ルポルタージュ的な本。「社会学」かと言われるとちょっと怪しいと思う。グラウンデッド・セオリー・アプローチでいうところのコーディング段階というか。

だが、だからこそ読みやすく、しかし解釈が読者に任されていて「読みづらい」のが、本書の魅力なのだと思う。

フィールドに入っていく度胸はやはりほれぼれする。私服警官だと疑われてなかなか信頼してもらえなかったところ、職務質問される様子を笑われることでようやくヤンキーたちに信用してもらえるが、調子に乗って警察とバトりすぎて連行されかけたときに、権力との調整の仕方を教え、助けてくれたのもヤンキーだった、というくだりが面白かった。


太田省一,2016,『ジャニーズの正体――エンターテイメントの戦後史』双葉社.

Kindle Unlimitedで読めてうれしい……。

7月9日に亡くなったジャニー喜多川のライフヒストリーが興味深い。二度の戦争体験や、父が建てた会堂でのコンサートなど。アイドル論をさまざま出されている太田省一さんだが、最も包括的なジャニーズ論であるこれを読んだ後、気になったテーマについて各論を読むのがいいのかなと思った。


太田省一,2017,『木村拓哉という生き方』青弓社.

上の本を受け、アイドルの「性」について気になったので読んでみた。

何を演じても「木村拓哉」になってしまう、というよくある批判に、彼の細やかな演じ分けを指摘するだけでなく、「『素』の多面体」としての魅力によって反論するあたりが面白い。

セクシュアリティの研究者としては、「木村拓哉のWhat's UP SMAP!」を取り上げて、彼の「SM」や下ネタ、「エロさ」を論じた章が興味深かった。こんな長寿ラジオ番組を分析するって、アーカイブにもあたりづらくて難しいと思うのだが、その細やかさが素晴らしい。

個人的には「らいおんハート」の章で、“キムタク”が演じる「家族」「父親」「子供」だけでなく、“木村拓哉”が現実に営んでいる家庭の話がもっと読みたかったのだが、そうなるとゲスくなってしまうのかな。

著者の類書に『中居正広という生き方』。Kindle版がない。

太田省一さんでいえば、あとは『平成テレビジョン・スタディーズ』のアイドルの章も読んだ。


関修,2014,『隣の嵐くん――カリスマなき時代の偶像(アイドル)』サイゾー.

これもKindle Unlimitedで読めて経済的……。

太田省一さんは、SMAP(とりわけ中居正広と木村拓哉)の「素人性」についてよく論じるわけだけれども、その「素人性」ないし「隣人」としての親しみやすさをさらに追及したのが嵐なのだ、というのが本書。

フランス現代思想を下敷きにする本書は、ちょっと衒学的ではないかと思う箇所もあるけれども、社会学的なアイドルの論じ方を相対化するためにも読んでおいてよかった。


サレンダー橋本,2019,『全員くたばれ!大学生』

サレンダー橋本は、オモコロ作品のときから大好き。ギャグパートは言うまでもないけれど、『働かざる者たち』で開花させたシリアスパートのキメ方は本書でも健在。

「しんどいぞ この歳になって もう全部の結果が出ちゃうと 毎日が」
「こうやってみんなと踊っていると 青春みたいな気分になるよ」

と、ちょっと変えただけで崩れてしまうような微妙な詩情にぐっとくる。前者は「この歳になって、もう全部の結果が出ちゃうと毎日がしんどいぞ」ではだめだし、後者も「青春みたいだよ」ではだめだ。


山口つばさ,2017,『ブルーピリオド』

成績上位、陰キャとも仲良くできる器用なヤンキーが、ある日美術に目覚めて……!?

という話で、クラスカースト下半分だった私は「ヤンキーが全部こなすなよ!!!!」と思いながら読んでいたのだけれども、2巻でしっかりアンサーを用意してくれていた。




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