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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第11話 スターシード


私はトートさんの方に向き直り、今作業を終えたばかりだと伝えた。

「千佳、良かった。手の空いている人がいて。たった今テラの居住区にある第6情報館からの通報で、あるグループソウルの魂の記録が一気に開示されてしまったそうだ。

幸い、どこで情報を開示したかははっきりしているので、第6情報館のスタッフと連携して調査を頼む。まずフォルダーの状態の確認と鍵の状態をチェックしたら、その後保護をするところまでやってみてくれ。」

自分の得意分野の仕事が回ってきた私はしゃかりきになってタブレットを確認した。3Dチャットに着信履歴があったので、折り返しの連絡を入れる。

「情報課の更江千佳です。そちらの状況はいかがですか?」

「ああ、更江さん、先ほどからフォルダーが閉じなくなって、もう30分も大量の3D映像が閲覧室いっぱいに出ています。騒音や爆風があまりにひどいため、一旦閲覧室を閉鎖し、閲覧者には他の部屋に避難してもらっています。」

「承知しました。SEチームと連携します。どの端末から情報が出たか、端末のシリアル番号を教えていただけますか?」

「端末のシリアルはa8oKL9dbp57s04mです。あの、SEの方はこちらに来られるのでしょうか?」スタッフの方が必死な声を上げる。

「落ち着いてください。今いただいたシリアル番号で端末も特定できましたので、SEもわたくしもこちらから作業をいたします。まずはフォルダーを閉じることとから始めますので、閲覧者の方々にはもう少しお待ちくださいとお伝えください。」

「ああ、よかった。それでは閲覧者の方々へ状況をお伝えしますね!」

スタッフの方は少し落ち着きを取り戻し、3D通信を切った。

私はタブレットの検索画面から第6情報館の例の端末へのアクセスを取得し、すぐさまフォルダーの状態を見た。確かに大量のデータが開かれている。グループソウルとなると、人間やその他の生き物に転生している魂の記録が大量にはいっているところは普段の魂の記録と変わらないはずだ。私は、開かれたフォルダーを見つけ、閉じようと試みた。

一目見て、これはテラの転生者ではないバイブレーションを感じた。惑星間を続けて転生した魂だったのだろう。

フォルダーは壊れていた、中の音声ファイルや映像ファイル、文章ファイルがむき出しになり、その3つがまとめて3Dで再生されている。

まずはその音声ファイルを止める。これはうまくいった。そして映像ファイル。これも止まった。文章ファイルが正常に開くかを確かめた後、私は再度音声と映像のファイルが作動するか確認する。これも問題ない。

あとはフォルダーの修復だ。非常に強いフォルツァが使われたことが一目でわかる。閲覧者はよほど破壊力のあるフォルツァの持ち主だったのだろう。フォルダーが半分に裂け、繊維化もひどくなっている。私は自分の気を十分に集め、壊れたフォルダーの修理に着手した。ほんの少しのほつれでも気を使う作業だが、ここまで裂けたフォルダーを修復するのには私も強いフォルツァを精妙にコントロールしなければならない。

気の張る作業だが、なかなか進まない。バイブレーションを特定すると、どうやらテラ3次元の他、5次元のフォルダーのバイブレーションも感じる。フォルダーの統合も、もしかしたらうまくいっていなかったのかもしれない。

私は一度フォルダーを3次元と5次元に分け、2つのフォルダーの修復をひとつずつ行うことを試みる。時間がかかるが、その方が根本的な解決につながりそうだからだ。

2つの次元に分かれたフォルダーを、順番に修復していく。まずは3次元のフォルダーの修復を行い、次は5次元のフォルダーの修復だ。気の張る作業に、さらに集中力を高めていく。3次元のフォルダーはまだ固形物のような感覚はあるのだが、5次元のフォルダーはもっと精妙。私はたまりかねてクリスタルも使い、修復作業を進めていった。

修復を終え、あとはこのフォルダーを重ねて一つのフォルダーにする作業がある。

祈りの言葉はこれを選んだ。

慈悲深く、恵みあまねくアッラー御名において
たたえあれアッラーよろずの養育の主。
慈悲深く、恵み遍く
裁判の日の執権者
汝にのみ我らは仕え、汝にのみ我らは救いを希う。
イフディナッセィラタルムスタキーム
正しい道をたどらしめたまえ。
汝が恵みを垂れ給えた人々の道に、
汝の怒りを蒙らなかった人々や踏み迷わなかった人々の道に。
アーミーン

https://www.ahmadiyya-islam.org/jp/%E8%AB%96%E8%AA%AC/prayer/

このフォルダーには鍵がついていたのだが、その鍵すら破損していた。

しかし、見たことのない鍵だ。テラでは使用されていない鍵。

フラワーオブライフとフラクタル幾何学模様は使われているのだが、見たことのない立方体が入っている。

これはもしや、5次元の鍵なのだろうか?

私はマルスチームに相談をすることを決めた。急がなければならない。


私が急いでマルスチームに行くと、ちょうどベラコンテさんが、トートさんの秘書のカリドさんと楽しそうに談笑しているのが見えた。この二人は本当に仲が良く、常に楽しそうに笑いながら仕事に精を出しているのだ。

ベラコンテさんを筆頭とするチームがマルスの担当をしている。ベラコンテさんは明るくエネルギッシュで、楽しいことが大好き。仕事を楽しむことに長けた人で、チームのムードメーカーでもある。マルスの人たちもヒューマノイドではないが、メンバーの一人のペーターさんは私の前で時々テラ時代の姿を見せてくれる。その姿は黒い肌の大柄の男性だ。ペリスピリットを身に着けていなければ千佳にその姿は見えない。

ペリスピリット越しに見えるベラコンテさんの姿は、風に乗って空に浮かぶ雲のような白いふんわりとした流動的な体だ。彼女たちもヒューマノイドではない。

白いその体からは、その時思っていることや考えていることに合わせて薄いグレーの模様が表面に出ている。たとえば音楽の事を考えていたり、運動することを考えたりすると、体の表面に灰色の模様が出る。音楽のジャンルやスポーツの種類によってもその模様は異なっている。まるで雲でできた彫刻を見ているようだ。

そして、第8チャクラにはその時強く思っている事柄がまるでアプリのアイコンのような形になって現れる。音楽の事を思っていれば、マルスの楽譜に書かれる音符の形をしたアイコンが、端末の事を強く思っていれば端末の形をしたアイコンが第8チャクラに現れる。

私が近づくと、ベラコンテさんが言った。

「千佳、どうしたの?深呼吸して!まるでさっきまで息を止めていたみたいに顔が真っ赤よ」

「おっしゃる通りです。さっきまで5次元のフォルダーを作業していまして・・・あの、急ぎの案件で申し訳ないのですが、どなたかマルスの鍵に詳しい方のお力を借りたいのですが。テラの情報館で、5次元のものと思しき鍵を付けたフォルダーが見つかりまして」

「テラの記録に5次元の鍵!? そんなことがあったの!? タブレットをちょっと見せて」

私はベラコンテさんにタブレットを渡した。

「これはマルスの鍵ね。なぜこれがテラの記録にあるのかしら?」

マルスの5次元の鍵は、フラワー・オブ・ライフ神聖幾何学模様ドデカプレックス(120)多胞体正百二十胞体、それにフラクタル幾何学模様が組み合わされている。

美しい鍵に、私は一瞬茫然となった。立体的な鍵はとにかく繊細かつ複雑にできており、プロテクションも抜群だろう。

「千佳、この記録の中身を見てもいいかしら。惑星間の転生者の可能性があるわね」

転生者。別名スターシード。惑星間を転生するのは珍しい事ではないが、魂の記録の一覧として見ることはめったにない。また別の惑星の鍵もなかなか目にする機会もなかった。

ベラコンテさんがファイルを開ける。そこにはテラの少年の人生が出てきた。

「もう一つ前のフォルダーの人生も見てみましょう」ベラコンテさんが意気込んでいう。

今度はマルスで暮らしていた少女の人生である。

私たちがいくつかフォルダーを遡ったところ、この魂の記録がマルスとテラを行き来していた魂だと判別した。グループソウルの全体を見なければもう少し詳しいことはわからないが、この魂の経歴は、スターシードのもので間違いないだろう。どのフォルダーも大変容量が重い。

それぞれのフォルダーも、テラとマルスのバイブレーションが強い。

そして、私たちが確認できた限りでは、フォルダーは3次元の鍵と、5次元の鍵が混ざって使われていた。

「これは・・・毎回この魂の経歴の持ち主がこちらへ来るたびに、テラチームかマルスチームかのどちらかに仕事が来ていた例ね。

グループソウルだからもっとたくさんの魂のフォルダーがあるのでしょう?こちらでサポートをしましょう。他の惑星にも転生している可能性はあるけど・・・千佳はマルスの鍵を作ったことはないわよね?」

「はい。鍵はすべて3次元のフォルダーにしてからテラの鍵を作っていました。」

ベラコンテさんが一瞬、無言になった。

「今サラと話しました。今区切りが良いようだから、ペーター、ヘルプに回ってくれる?

千佳と一緒に作業をして。急ぎの案件だから任せたわよ!

あ、あとね、千佳。あなたの第8チャクラ、鍵のアイコンの形になっているわよ!集中しすぎ!これが終わったら一休みなさいな。テラチームの午後はまだまだこれからでしょ?」

「ありがとうございます!」

私はベラコンテさんに元気よく返事をし、自分のデスクへ戻った。ペーターさんも自分のタブレットで準備を始めている。共同作業に向けて、この案件について早急に彼と共有しなければ。

私達は猛スピードで作業していたので気が付かなかったが、その頃第6情報館の司書とコンタクトをとったSEから報告書があがっていた。

「閲覧者名:イブラヒム・サグラム。年齢:10歳。
同伴保護者が目を離した際、自分の母親の人生の記録にアクセス。フォルツァが通常通りにコントロールできなくなる。普段からフォルツァが強めの傾向であるとのこと。
この度亡くなられた母親の最期を見て、通常以上の感情に流されたことが原因の一つとして考えられる。端末およびマザーコンピューターへのコネクション部分に異常なし。」


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(このお話はフィクションです)

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