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小説 | 島の記憶  第1話 - 村 -


「こっちだ、早くまわせ!」


小さな男の子たちが大声を上げながら木の皮を巻いたココヤシの実のボールを蹴っている。あまりに大勢が一度に蹴ろうとするあまり、ココヤシが見えなくなるほどだ。


先頭を切るのは私の兄、ヒロだ。男の子たちの活発で、少し乱暴な遊び方が初めのうちは怖くてたまらなかった私は、いつも兄の後ろに隠れていた。兄がそばにいてくれれば安心したのだが、いざ自分がボールを蹴る番になると、緊張して誰に回せばいいかわからなくなる。


「ティア、イハイアにボールを回せ!強く蹴れば届くから!」兄は私に自信を持たせるかのように声をかけてくれる。私は目をつぶって、ボールを蹴った。


相手の陣地に入ったボールは、イハイアがゴールを決めた。


子供たちは一旦仕切りなおして、またボールを蹴り始めた。どの子も男の子はウエスト回りから下半身を覆う布、女の子は上半身から下半身を覆う長い布の服を着ている。空気は暑くからっと乾いて、私たちの住む常夏の島は乾季のまっさかりだった。


村には子供は沢山いて、そのほとんどが私の兄弟か従姉弟、または遠縁のものだった。遊び相手には事欠かなく、大人たちが狩りや漁に出ていたり、手仕事で忙しい間は、兄やマカイア、ティアレといった年上の子たちが私たちの面倒を見てくれる。元気でやんちゃな子供たちが多い中で、私はなぜかいつも気おくれして兄の後ろにしがみついていた。


「ティアはいつまでたっても赤ちゃんみたい」マカイアが優しく、でもからかうように言う。私はそれに言い返せない。だって、自分でもわかっているからだ。もう12歳になるのに、いつまでたっても赤ん坊のように兄の後ろばかりついて回っているから。


私が兄の後ろをついて回るのは、激しい運動が苦手なのもあるが、それよりももっと漠然とした不安があったからだ。


記憶にないのだが、私は小さいころから人が失くしたもののありかを言い当てたり、数時間後に何が起きるかを言い当てたりしていたらしい。


このような子供がでると、私の住む村では、その子を未来の巫女候補として山の上の神殿に連れていく。そこでは大勢の大人の男の人達が、私の言うことを書き留めたり、私の言ったことが本当になるか確認したりと忙しく動いていた。

少し先の未来が分かる、と自覚ができたのは8歳くらいの頃だっただろうか。


良い事が見えるときは嬉しいのだが、でもいつも嬉しい事が見えるわけではない。悲しい事や、怖い事も沢山見えてしまうので、私は山の神殿に行くのがだんだん怖くなった時があった。そんなときも手を差し伸べてくれたのは兄だった。


「おじさんたちの言うことを、素直に聞くんだよ。怖い事が見えても、勇気を出してちゃんと周りの大人に伝えるんだ。ティアの力は神様からもらったものだから、大事に使うんだよ。村の人達のためになることをしているんだ。もっと自信をもって」


そんな声をかけ続けてくれた兄は、しばらくすると私と一緒に神殿に行く回数が増え始めた。14歳の兄も大人に混じって、不審な予言が出た時の手伝いを任されることになったようだ。遊ぶ時間もまだ少しあるけれど、兄が大人たちの仲間入りをするのも、もうすぐそこまで来ていた。


15歳になると、村の子供たちは大人の仲間入りをして、少しづつ仕事を覚えていくことになる。その子の得意なことや、やってみたいことは何でもやらせてもらえた。だけど見込みがないとおじさんやおばさんたちが判断すると、別の仕事に回してもらうことになる。


兄は神殿での仕事に興味があったようだ。神殿では、巫女の予言をもとに隣村との駆け引きや猟で何の動物がどのくらいとれるか、漁でどのくらい魚がとれるか、子供はこれから何人産まれるかなどの話が多く、実質村を取り仕切る集会の様な役割も果たしていたからだ。兄はこうした大人たちの世界に興味があったらしい。


従弟のカイは、根っからの海好きで泳ぎもうまく、小さいころから漁師のおじさんに仕込んでもらって、今ではカヤックの手入れを任されるようになっている。妹のリアは、母に習って土の皿や入れ物を作り、火をくべて焼き固める仕事を小さいころから手伝っていた。


私の場合は、小さいころから神殿で「お告げ」と呼ばれる仕事をしていた。

神殿の暗がりに座っていると、ふとした景色が見えてくる。人が山から転落して死んでしまう、などといった悲惨な場面から、大量の魚を抱えたおじさんが波打ち際に上がってくるすがたが見えることもある。それを神殿の人に告げるだけだ。ひそひそと押し殺した声が飛び、何人かが外へ出ていくと、やっと私は神殿から解放される。

帰り道の急な山坂を滑り降りるようにして、私は家路を急いだ。


私たちの村の家は、広場の周りに建っていた。家といっても、太い棒の柱を何本か立てて上に棕櫚の葉を屋根にしたものが広場の周りをぐるっと取り囲んでいる。一家族がそれぞれの一角を割り当てられてはいるものの、壁らしい壁はなく、大きな布一枚で仕切ってある程度。


私達家族は、その一角でおばあちゃんを筆頭に、母、兄、私、弟、妹の6人で暮らしていた。父は妹の産まれた年に、事故で亡くなっている。ときどきさみしいと思うこともあるが、隣や向かいに親戚の叔父や叔母たちが大勢おり、私達子供たちも沢山かまってくれる。


愛情にあふれた村ではあるが、私はどこか父の面影を兄に見ていたのかもしえない。


広場は私たちの遊び場であり、とってきた獲物を料理して食事をする場でもあり、また神に踊りをささげる場所でもあった。


小さなヤシのボールがまた足元に転がってきた。兄が大声で叫ぶ。


「ティア!こっちだ、こっちに蹴ってごらん!兄ちゃんのところだ!」


私はまた目をぎゅっとつぶって、ボールを蹴った。



(続く)

(このお話はフィクションです)

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