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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第15話 ヘリオスの8次元(1)


会議室にはSEチームとデジタル庁長官のトートさん、情報課課長のラーさん、ヘリオスチームのメンバー、それに外務省から出向してきているオシリスさんがテーブルを囲んで座っていた。


SEチームは全員赤いポロシャツとジーンズに身を固め、ヘリオス・チームとラーさんから机をはさんで向かいの座席に座っていた。


「話は何でしょう。今日は我々も手が回っていないので、簡潔に済ませていただきたい」

SEチームのトップ、ローガンが口火を切った。


「忙しい中集まってくれたことに感謝する。だが、今日の情報課の様子を見ている限りでは、早急に手を付けていただきたい案件が多すぎる事に気づいた。」トートさんが続ける。


「テラとサトゥルーヌスの両チームから、SEチームへ要望が多数出されているようだが、その進捗はどうなっている?両チームの責任者とも確認したが、半年も実現していない要望があるそうだ。現状を知りたい」


「まずテラ・チームからの案件は、プライオリティをつけていません。重要ではありませんからね。コスモ連合国の中では、あの惑星からはほどなくして生物が無くなり、無人と化すからです。」マシューがあっさりと言い切った。


「テラ程ではありませんが、サトゥルーヌスの案件もあまり緊急性を感じません。テラの次にバイブレーションが低い惑星とあっては、これもいずれテラと同じ道をたどることは明白です。」ポールがそれに続く。


ラーさんが口をはさんだ。

「それは、誰からかの指示なのかな、それともSEチーム内で決めた話なのかい?」


「SEチーム内では常識ですよ。生物がいなくなり無人の惑星になるのに、なぜSEが今さらそんな惑星の魂の記録の管理に重点を置かなくてはならないんですか?その方が疑問に思えます。」ジョアンナが続けた。


「もちろん、外務省からもお墨付きをもらっています。」ジョアンナはちらっとオシリスさんの方を見ながら言った。オシリスさんが抗議をするかのように目を見開く。


「いつからSEチームは官僚になったんですか?」ヘリオス・チームのマルゲリータさんが声を上げた。


「我々はデジタル庁の人間だ。政治的なことは政治家がやるべきことだ。デジタル庁としては、各惑星の住民の個人情報を保護するのも大事な役割だが、現場が悲鳴を上げているのに君たちは耳を傾けないのかい?」トートさんは落ち着いた声で諭した。


「でも今の時点で必要なくなることがすでに分かっている案件に、だれが設備投資をするものですか。私達SEも暇じゃないんですよ?短い間しか使わないことが明白なテラやサトゥルーヌスの案件も、いずれ両惑星の住民が全員こちらに来れば必要なくなる。それもそんなに遠い未来の話ではないと聞いています」ジョアンナがしらけたように言った。


ヘリオス・チームのローザさんがため息をつきながら言った。


「SEチームも、近年は惑星間の転生者が当たり前になってきていることは理解していますよね?ヘリオスでもそうです。あらゆる惑星から転生してきて、どの次元のバイブレーションの魂のフォルダーも扱っています。幸い、私たちのチームは不便に感じることは少ないけれど、もう少し今現在の連合国の状況を考えて行動をしてもらいたいわ。どの惑星でも人が産まれ、死んでいく。その記録の重さ、重要さは、どの惑星でも平等です」


「それが悪平等というんですよ。COICA派遣団をいくら送っても、進歩が見られないのがテラとサトゥルーヌス。あれだけ大勢の協力隊を送り込んでいるのに、あの二つの星では次元の上昇すらおこらない。それどころか限りある資源を使いたい放題にして環境を汚染し、未だに肉食という野蛮な行為を繰り返している。暴力や恐怖に満ちて、貧困や飢餓、伝染病も止まらない。ヘリオスではありえない事です。」SEのリチャードが続ける。


SEのマシューも加わった。

「COICA派遣団の中には、テラを見放しつつあるチームもあります。怒りの要素を利用して、やっと子供達にはメッセージが届きつつあるようだけど、いつまでも古びた燃料を使い、最新のテクノロジーも利権がらみでなかなか実現の方向にもっていけてない。そんな悠長な惑星には、いくらCOICAが協力しても焼け石に水です。」


「オシリス、今SEチームが言ったことは、内閣や外務省の見解でもあるのかい?テラやサトゥルーヌスを見捨てると。両方の惑星の住民は、約100年ほどの寿命だ。そして新たな命も毎日産まれているし、若い世代の考え方も少しづつ変わってきていると聞いている。それでも連合国はテラやサトゥルーヌスを見捨てる方向で調整をしているのだろうか?」トートさんが尋ねた。


オシリスさんが、深いため息をついて言った。


「テラもサトゥルーヌスも、まだまだ見捨てる段階には来ていないはずだ。COICAの一部の連中のメッセージがあまりに粗暴なものがあったようだが、他の派遣団はまだ愛のバイブレーションを送り続けている。これは外務省の見解と一致している。

ただ、科学省の見解では、今後テラやサトゥルーヌスでは引き続き大きな自然災害や、気候変動が起こり、生物の生態系が変化し続けることだけは確かなようだ。


あと、さっきジョアンナが言った意見は語弊があるな。外務省としても内閣としてもテラやサトゥルーヌスから生物を皆こちらに引き揚げさせるという計画はない。そんな計画があるとしたら何のためにCOICA派遣団をかの地に送っているというんだ?」


「でも、第8派遣団は最近テラに向けて頻繁にメッセージを発していますよね?あの3次元の低いバイブレーションの星では、そのメッセージもなかなか伝わらないようですが。


ヘリオスはコスモの中で一番崇高な次元の星で、個人的には他の惑星も我々と同じ高みを目指すべきだと考えています。そうすればどの惑星に言ってもヘリオスと同じ高度な文化、考え方、習慣が根ざすだろうし、連合国内で移動するときにそれぞれの違いという厄介な側面にぶつからなくて済む。


それがどうです?奴らには我々の生活スタイルや考え方すら理解ができないんですよ。奴らが我々と同等のレベルまで上がれば、デジタル庁で必要とされる技術は8次元に絞ることができるはずなのに・・・」マシューがまるで汚いものを見るような眼をしながら言った。


しばらく黙って聞いていたトートさんが口を開いた。


「どうやら私はSEチームをしばらくほおりっぱなしにしたようだな。8次元の惑星はヘリオスだけじゃないよ。ウラノスも同じ次元の惑星だ。そこには確固たる違いがある。何にせよ、現場で扱っているのは生きとし生けるもののすべての記録だ。マザーコンピューターはすべての生き物の記録を太古の昔から取り続けているし、今後も変わることはないだろう。そして生命はその役割を終えるまで地上での幸せを追求することが認められている。


今現場で必要なのは技術的な改善だ。次元の高い低いは一旦脇に置いておいて、まずはテラとサトゥルーヌスから上がってきている要請リストに目を通してもらいたい。」


そういうと、トートさんはタブレットを差し出した。そこにはテラ・チームとサトゥルーヌスチームがこれまで記録してきた要請が並んでいた。


「すべて3次元と4次元の話じゃないですか!いずれなくなるものなのに、こんなに手を付けなければならないんですか?時間の無駄ですよ。それよりも住民が努力して次元を上げるか、滅亡するかの方が早くないですか?」ポールがあきれたように言う。


「それはSEチームの作業が、惑星が滅亡するよりももっとかかる、という意味だろうか。君たちはそんなに作業に時間がかかるのかい?そんな腕の悪いチームだとは思わなかったのだが」ヘリオス・チームのジェームスが割って入った。


「テラは君たちが思っているよりもずっと平穏な惑星だよ。人は自然災害にも耐えているし、今この時点で惑星をあげて伝染病とも戦っている。さっき出てきたエネルギーの問題も、確かに一部の利権争いがあるものの、COICAチームの技術協力もあってか、大分前進しているようだ。君たちは各惑星の状況の情報収集はしていないのかい?まるで昔のテラの話を聞いている気分になったよ。


それに、全惑星がヘリオスのようになれ、というのもどうかしていると思う。先ほどトートさんも言っていたが、8次元にはウラノスもあるんだ。ということは、たとえ8次元にまで次元が上昇したとしても、各惑星の個性が消えるわけではないと思う。違いを認め合えないのであれば、連合国である意味もないね。ヘリオスから省庁をすべてメルクリウスに移して、ヘリオスだけ独立すればいい話だ。」


SEチームは怒りに顔を赤くしてジェームスを見つめた。


「横から口をはさんで申し訳ないのだが」とオシリスさんが言った。


「テラもサトゥルーヌスも連合国の一部で、政府としてはどちらの惑星も平等に扱っている。外務省にいる各惑星からの職員も、違いを乗り越えて毎日業務にあたっているよ。君たちのロジックからすると、ヘリオスがそこまで素晴らしいのなら、ヘリオスにある我々外務省ができることも、ここデジタル庁でもできないわけではない、ということにならないかい?外務省では実際そこまでヘリオス中心主義を突き通す人間はいない。うちのSEもヘリオス人が多いけれども、あくまで連合国一員として職務にあたっている、という感覚だね。君たちがそこまで合理性を重要視するのは、庁としてもよくないんじゃないかな」


トートさんが要望書をまとめてローガンに手渡した。


「すべての要望には応えられないだろうから、各チームから優先順位をつけてもらったよ。どうだろう、せめて10個くらい手を付けるのに100年はかからないと思うが?」


SEチームはしぶしぶと要望書に目を通した。


「あくまでも、いずれ惑星がなくなる、という前提で作業に当たらせてもらいますよ。システムやアプリの耐久年数は短くして、リソースも節約しながらやらないと。ヘリオスの案件に支障がでては元も子もない。」


話し合いは一旦終わりを見た。会議室を出る際、ラーさんはトートさんに耳打ちをした。


「一刻も早く他の惑星のSEを入れるべきだと思うね。あれじゃジョーがいた頃のデジタル庁のSEチームを連想させるよ。できればサトゥルーヌス出身者が数名、その他ウラノスの技術者も入れた方がいいよ。ヘリオス・バレーというITのメッカがヘリオスにあってはIT技術者は確かにヘリオス人が多いのも仕方がないが、やはりメンバー構成はバランスが取れたものにしてほしいな」


かくして、10件の要望に手が付けられることになった。



1.申請済のフォルダーの抽出、バイブレーション毎の振り分け

2.グループソウルのうち、他のギャラクシーからの転生者の魂のフォルダーの抽出

3.鍵付きの隠しファイルがあるフォルダーの抽出

4.他の惑星からの転生者のフォルダーの検出

5.電気バリアのついたフォルダーの検出

6.検索スピードのアップ

7.魂の記録の表示方法の改善

8.タブレットの頻繁なフリーズの解消

9.各居住区の情報館にある端末の速やかな修繕

10.各惑星との情報通信網の高速化


続く

(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)

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