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「彼女は呪いを感じたか」・・・人生における『呪い』とは?
『人生には、様々な「呪い」がかかっているのよ』
という話を先輩のミウラさんから聞いたのは、新人歓迎会の二次会だった。
「はい」
目標にしているカッコいい先輩から聞くと、『呪い』、という普段使わない言葉も、大切なアドバイスに聞こえて、私は素直に答えた。
ミウラさんは続けた。
「呪いはあらゆる場面で生まれるわ。
まず、男女どちらに生まれるかによって、多くの社会的な期待と言う形で、
呪いがかかる。『女らしく、男らしく』というアレね。
制服が男女別になってるのも呪術の一つよ」
「呪術ですね」
私は、赤いランドセルが好きでした、と言いかけて止めた。
そんな単純な事ではないと思ったから。
「次にかけられるのは、『平等と向上』という葛藤を秘めた呪い。
『みんな同じだ、平等に扱いなさい』と教わりながら、実際には勉強や運動能力などあらゆる分野で、他人と競うこと、より向上することを強いられる。成績表や表彰台、学校のランキングなどの呪具が、巧妙に用意されていると言えるわね。あなたも進学の時には、就職や学校の授業内容で選んだでしょう?」
「え、ええまあ」
高校を制服の可愛らしさで選んだ私には、ちょっと耳が痛かった。
「社会人になると、経済と言う名前の呪いがかかるわ。
衣食住を満たすための余裕を持たなければならない、ファッション、住宅ローン、生活費など、『金を貯めないと良い生活ができない。金が無いと人生が苦痛に満ちる』という呪いの一種ね。それと反対に、『保険や年金に金を払っておかないと、将来が不安』という呪いにハマるひともいる。『お金を貯めるのも使うのも呪い』だなんて、人間って不思議ね」
ミウラさんは本社初の女性管理職だし、ファッションにもお金にも余裕が感じられる。いわゆるデキる女だ。
だから、それらの呪いを自分は跳ね返した、と言いたいのだろうか。
そんな憧れも手伝って、私は彼女に賛同する姿勢を見せた。
「確かに、ミウラさんのおっしゃる通り、雇用機会均等法なんて言っても、言ってる政治の世界が圧倒的に男社会ですもんね。
でもこの会社はミウラさんみたいに、管理職になれる女性がいるから、
大丈夫ですよね」
「そんなに甘くはないけど。どんな呪いも楽しんでしまえば良いのよ。
平等に生きたいなら、平等を目指せば良いし、努力しないことを選ぶのも良いし、努力するのも良い。人に妬まれても、愛されても、楽しんでしまうのよ」
おや? 今度は逆に、ミウラさんの言葉に違和感を感じた。
「あのミウラさん。『愛されるのを楽しむ』って、どういう意味ですか?」
「それが一番厄介な呪いなのよ。『愛』こそが、人が人にかける最も大きな呪いね」
ミウラさんは、私の質問には答えず、微笑むだけだった。
「ミウラさん、こっちもお願いします」
「は~い。じゃあね、明日から仕事頑張っていこう」
幹事の声に応えてミウラさんは別の席に移っていった。
疑問は残ったままだったが、立ち振る舞いもカッコよく去って行く、デキる女の姿に見とれて何も言えなかった。
その夜、帰宅してから私は、学生時代から付き合っている彼氏の朋幸に電話して聞いてみた。
「ねえ。愛って呪いだと思う?」
「何だい。俺と付き合うのに疲れたの?」
「違うわよ。今日ね、先輩から『愛されるのを楽しめ』って言われったの」
「なんだ、エロい話か」
「もういい!」
「ごめんごめん。ちゃんと聞くからさ」
真面目な会話もすぐに茶化してしまう。
小学校から野球一筋の男子校だった朋幸のそんなところが不満だった。
その後、新人歓迎会の出来事を詳しく話したが、予想通り大した収穫は得られなかった。
半年後、ミウラさんの訃報が届いた。
彼女は、妻子のある会社の取締役と不倫し、
それに気づいて逆上した奥さんに包丁で刺されて命を落としたという。
亡くなったのは、場末の安宿で、颯爽とビジネススーツを着こなして働いていたミウラさんとはかけ離れていて、イメージできなかった。
「ミウラさん、その奥さんに自分から電話して、不倫してるって伝えたんだって」
同期の女子たちが話す噂を聞いた夜、私は朋幸の胸の中で泣いた。
泣いて、泣いて、泣き疲れても、心は晴れなかった。
「人生は呪いか、愛か・・・そして、呪いだとしても人は愛してしまうものなのか」
あれから10年。
何度もミウラさんの事を考えているが、結局答えは出そうにない。
ただ、ピンク色のおもちゃで元気に遊ぶ娘を見ると、シングルマザーで育てる道を選んだ自分は、間違っていないと感じている。
おわり
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