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「のっぺらぼうダヨ!」・・・あやかしに出会った女将さんは?「めざせ100怪!ラジオde怪談」。

「のっぺらぼうダヨ!」 

「そいつは、こんな顔かい?」

屋台の蕎麦屋が振り返ると、その体の上には、目も鼻も口も無い、
卵のようにつるんとした顔が乗っていた。

「あ~ら。こいつはいけないよ。飲みすぎちまったかね、ひッく」

したたかに酔っ払っていたおえんは、焦点の合わない目を擦りながら、
提灯の柔らかな灯りに照らされたのっぺらぼうの蕎麦屋を見つめた。

「ごめんよ。飲みすぎたせいで、ひッく。
どいつもこいつも、目鼻がぼぉっとして、
み~んな、つるっつるに見えちゃってるよ」

「あ。いや。本当につるつるでございますから」

おえんの勢いに押されたのかのっぺらぼうは恐縮して答えた。

「なに、かしこまってんのよ。浅草・馬子多屋(まごたや)のおえんと言えば
泣く子も黙る饅頭屋さ。ひッく。
そんな真っ白でまん丸なものは毎日見飽きてんだい、
目鼻が無いくらい驚きゃしないよ。遠慮なんかすんじゃないよ。水臭い」

「遠慮して出てきた訳ではないんですが・・・」

のっぺらぼうの声に、ほんの少し笑いが含まれていたのを
おえんは見逃さなかった。

「何がおかしいんだい? 饅頭より自分の方が白くて丸いって言うのかい。
そりゃあ、うちの饅頭は皮が厚くって
どこまで食べても餡子が見えないとか言われてるけどね。
それもこれも、あのぼんくら亭主のせいなのよ。ううう。
仕事もしないで三日と空けずに廓に通いやがって。

いえね。遊びが悪いって訳じゃないんだよ、
器量のうちで遊ぶんならね。
あたしだって、お歯黒どぶの向こう側に
悋気を焼くほど無粋じゃありませんよ。
でもね。あんまり家に帰らないもんだから、
ついついあたしも眉間に皺が寄って徳利が恋しくなっちまうのさ・・・」

「女将さん。飲みすぎは体に毒ですよ」

のっぺらぼうは、自分がおえんを驚かそうとして
出てきたことを忘れて、優しい声をかけた。

「あら。嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
のっぺちゃん、ううう(嬉し泣き)」

「のっぺちゃん?」

「何?のっぺは嫌? だったら、
らぼう? のっぺちゃん? らぼうちゃん? 
どっちでも好きな方で呼んであげるわよ」

「どっちでも良いです」

「どっちでだとぉ!!!なんだい、まともに聞く気も無いのかい?
ずいぶんと偉そうな口利くじゃないか、口も無いくせに」

「いえ。そんなつもりは・・・」

「あんた! そもそもどっから声を出してんだい、見せてみな」

おえんは、のっぺらぼうの頬を掴んで、顔を勢い良く左右に振った。

「どこだ? ここか? こっちか?」

「痛い痛い。痛いですよぉ」

のっぺらぼうは、つるんとした顔に、わずかな凹凸を浮かべて痛がった。

そして、何とかおえんの手を振りほどこうとしたが
女はさらに腕に力を入れて顔を近づけてきた。

「へえぇ。本当に何も無いんだねぇ。ごめんごめん。偉そうなだなんて、
顔が無いのに分るわけないよね。こりゃしっけい!

言っとくけど、顔がおかしいことにかけちゃ、
あたしだって、引けは取らないよ。
小間物屋の留公には、
『化粧を落としたら全く誰だかわかんないね』
なんて嫌味を、毎朝店の前を通るたんびに言われてんだよ。
分かるかいあたしのこの気持ち」

おえんは、のっぺらぼうの体に覆いかぶさるように
自分の体を預けていった。

「離してくださいよ」

「でもね。そんな顔だって、無いよりゃマシだろう?」

おえんは、のっぺらぼうの顔に自分の頬をぴったりと押し付けていった。

「そらそら! どうだ。うらやましいかあ・・・」

「止めて下さい。そんなことしたら危ないですよ」

「何が危ないだ。顔を擦り付けてるだけじゃないか。
辻斬りや盗人みたいに切ったり取ったりするつもりはねえよ、なあ」

「いや。そうじゃなくて、あ、あ、あ。擦り付けたらダメ。ダメですよ~」

情けないのっぺらぼうの悲鳴が、夜のしじまに木霊した。

すると、おえんの顔が、ずるりと音を立てて歪み、
のっぺらぼうの、つるりとした顔の上に流れるように移ってしまった。

「ありゃ。いつの間にあたしの顔が、
そっちに行っちまったんだい。こりゃたまげたね」

「ほら。だから言ったのにぃ。もう顔は戻りませんよ!
知りませんからね!」

そう言うと、おえんの顔を付けたのっぺらぼうは、
屋台を残して走り去ってしまった。

「ちょっとぉ。どこ行くの。あたしの顔返しなさいよ!
待ちなさい! のっぺらぼうの顔泥棒~」

おえんの声に振り返ることもなく、
のっぺらぼうは、あっという間に闇の中に消えてしまった。

後には蕎麦屋の屋台だけが残されていた。

「ちっきしょう。足の速いバケモンだなぁ。
愛想も何にもあったもんじゃねえやな。
だけど、あいつがあたしの顔を持ってっちまったてぇことは、
あたしの顔はどうなってんだ」

おえんさんは、屋台の鍋に残ったお湯に顔を写してみた。

湯煙の向こうには、目も鼻も口も無い、つるんとした顔が揺れていた。

「おやおや。こりゃあ、随分さっぱりしたね。でも不思議なもんだね。
目が無くとも見えるし、口が無くとも声が出るよ。
匂いだって、くんくん。うん、分る。皺まで持っていってくれたんだね。
茹でたての卵みたいにつるっつるだわぁ。
若返ったみたいだねぇ。ふふふ。おっと、笑っている場合じゃないよ。
こんなとこ見られたら、こっちが妖怪にされちまう」

おえんは、大急ぎで持っていた眉墨と紅で
何も無い自分の顔に、目鼻と口を書いていった。

普段から店先に立っているおえんですから、化粧の腕は中々のもの。
酔いも手伝って、筆運びが大胆になり
これまでに無い会心の出来に仕上がったのである。

出来上がった絶世の美女の顔におえんは。

「こりゃいいや。我ながら上手くいった。
これからは、この顔でいこうかね」

こうしておえんは、顔を取られてしまった不幸をものともせず、
意気揚々と帰っていった。

それから一月もたったであろうか、
饅頭の馬子多屋には、色白の肌の綺麗な看板娘がいる、
と浅草中で評判になり、
たくさんのお客さんが押しかけるようになった。

しかも『ご覧のように美人になれる』という触れ込みで売り出した
卵饅頭がバカ当たり。
おえんは、屋号を馬子多屋から多馬子屋(たまごや)に変えると、
ついには、卵御殿と呼ばれる大きなお屋敷を建てるに至った。

これが、北は北海道から南は九州沖縄にまで知られる卵饅頭の
誕生秘話であったとか無かったとか。

いやあ。それにしても驚くべきは、転んでもただでは起きない、
浅草女の凄さでございますね・・・ねえ。おえんさん。

「何だい。 このおえんに文句でもあるってぇのかい」

おわり

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