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「六本指の猫」・・・幸運不運の境界


そのおじいさんはドウマンという名の猫を飼っていた。
ドウマンの足には指が六本あった。
おばあさんは初め飼うことを嫌がったが、

「船乗りの間では、六本指の猫は幸運を呼ぶ猫と信じられているんだ。
狩猟能力が高くてネズミをより多く捕まえるとされとる!」

とおじいさんが頑として譲らなかったため
キッチンには入れないという約束で、渋々同居を認めた。

ドウマンには少し変な癖があった。
何もない壁や部屋の角を何分もじっと睨むのだ。
そんな時は、おじいさんもドウマンに付き合って何もない空間を見つめた。

時にそれは30分以上に渡るため、
猫と並んでただひたすら壁を見つめ続ける姿は
一種異様でもあり、おばあさんは益々猫を嫌がった。

家事の邪魔にもなるので、老人がいないところでは
ほうきで追い払うなど邪険に扱うようになっていた。

そんなある日、
おじいさんの元に吉報が届いた。

「おじいさん、大変! 勲章だって」

軍艦から始まり、たくさんの商船、客船を乗り継いできた船乗りとしての功績を称えて、
国から老人に勲章が贈られることになったのだ。
贈呈式には大臣も参列するという。

二人は大喜び、おばあさんはドレスを新調し、
老人は数十年ぶりに軍艦時代の制服に袖を通した。

そして授与式当日の朝。
おじいさんはドウマンがいないことに気が付いた。

「きっとどこかに隠れてるのよ。餌を置いとけばその内出てくるでしょう」

とおばあさんが言っても、

「いや。ドウマンが見つかるまでは出かけん」

と言っておじいさんは家中を家探しました。

家中を探したが見つからないので、外に出てみると
どうやって上がったのか、屋根の上でじっと空を見つめていた。

「危ないよ。降りておいで」

おじいさんがどんなに呼んでもドウマンは屋根から降りようとはしなかった。

仕方がないので、おじいさんは、梯子を持ってきて引きずり下ろすことにした。

不安定な梯子の一番上に上り、もう少しで尻尾に手が届くと思った瞬間、
ドウマンがおじいさんの肩に飛び移り、そのままポンっとひと飛びして
地面に降りてしまった。

気の毒なのはおじいさんである。
尻尾を掴むために全身が伸び切っていたため
ドウマンが肩に乗られた拍子にバランスを崩し、
梯子ごと転んでしまったのだ。

おじいさんは、足をくじき、授与式はあきらめざるを得なくなった。

おばあさんは怒って、「何が幸運を呼ぶ猫だい。今度こそ追いだしとくれ」
と連日おじいさんをなじるかと思われたが、それは違った。

翌日から、おばあさんは、

「やっぱり幸福を呼ぶ猫だね」

と、ベッドにおかゆを運ぶたびにドウマンを褒めたたえた。

もちろん、おじいさんに対して、意地悪な気持ちを持っていた訳ではない。
その日の夜、おじいさんたちが乗る予定だった船が、港で出港準備をしている際に、
船内から火が出て全焼したのであった。

万一、予定通りの時間に出かけていたら、
二人とも火災に巻き込まれていたのだった。

これにはもう一つ幸運と呼べる事がある。
おじいさんたちが来ないため、
出発時刻を過ぎても船は接岸したままであった。
そのため、火災が発生した時、乗客たちはすぐにタラップを使って
港に避難し、死傷者は出なかったのだ。

その後退院したおじいさんは、送られてきた勲章を
ドウマンの首輪に付けてやった。

勲章を付けられても、相変わらずドウマンは壁を見つめた。

だが、その横には、ドウマンの向いている方向を見つめる
おばあさんとおじいさん姿があった。

                      おわり

「六本指の猫」は、文豪アーネスト・ヘミングウェイが飼っていた猫が有名です。
友人の船長から貰った二匹の猫が多指症で、足の指が6本ありました。
近親交配の影響でこうなる猫は少なくないといいます。
ヘミングウェイ自身はこれらの猫を「幸運を呼ぶ猫」と呼んで可愛がっていたといいます。
現在、キーウエストの屋敷はヘミングウェイ博物館となり、
一般にも公開されています。

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