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「防犯カメラ・その1」・・・怪談。夜のデパートで起こった事とは。


学生時代、高い時給に惹かれて
あるデパートの夜間警備のアルバイトを1日だけやったことがある。

仕事は簡単だった。

閉店後、売り場に設置されている防犯カメラの映像を
警備員控室で朝まで交代で見るだけ。

これでファミレスの倍も貰えるんだから逃す手はない。

勤務初日の夜。
もう10年このデパートで働いているというベテラン警備員の山村さんに
仕事の概要を聞いた。

「各階に5台ずつ、8階分で40台カメラがあるけど、
ここのモニターは20台。ひとつのモニターに二つのカメラ映像が
10秒ずつ交互に映し出されるから、それを朝まで見るのが主な仕事だ。
わしは時々店内を見廻って来るけど、君はそのまま画面を見てていいよ。
見てるだけだから難しくないよね。
それから、もし何かあったら・・・」

当然「すぐに知らせてよ」と続くと思った。
だが、山村さんは・・・

「朝に聞くから」

と言った。

緊急事態が起こっても朝報告すればいいなんて
やる気の無い警備員だな、と思ったが
シャッターで閉じられた要塞のようなビルに、
あえて忍び込もうという奇特な泥棒などいないのだろう。

説明を終えると山村さんは、
見廻りの時間まで寝てると言って
さっさと仮眠室に入って布団に潜り込んでしまった。

「おやすみなさい」と声を掛けるのも変な気がしたので、
俺は黙って並んだモニターを眺める事にした。

何時間待っても閉店後のデパートに何かが起こるような事は無かったが、
変化の無い画面を見つめるのは意外に退屈しなかった。

商品が並んだディスプレーや、売り場ごとのマネキンの違いを
見比べるうちに、ショップごとのコンセプトや、お客の導線が見えてきて
面白かったのだ。

「じゃあ。わしは見回りに行って来るから」

午前2時前、山村さんは何回目かの見廻りの為
懐中電灯を持って店内に入って行った。

しばらくすると、20台並んだモニターに、
見廻る山村さんの姿が、順に映っていく。
最初の見廻りの時には、それまで全く動きの無かったモニターに
変化があるのが新鮮で、
動く山村さんの姿を目で追ったりもしたのだが、
すぐに飽きてしまい、ただ漫然と眺めるようになっていた。

ボーンボーン

時計売り場の柱時計が大きな音を立てた。2時だ。
モニターの中の山村さんの姿に、ある違和感を感じた。

閉店後のデパートは、店内の照明をほとんど消しているが、
店舗三つに対して一か所くらいの割合で、小さな常夜灯が付いているので
床や壁にうっすらと影が出来ている。

山村さんが店舗の横を歩く時には、人の形をした影が重なって
壁や廊下の影も濃くなる。
でも通り過ぎれば、すぐに元の明るさに戻る。

・・・しかし、山村さんが通り抜けても、
その売り場の影は濃くなったままだ。

売り場の影の中に、山村さんの影だけが
そのまま残っているように見える。

移動する度、20個のモニターに次々と黒い痣のように、
人の姿をした影が増えていった。
山村さんは何も気づかない。

しかも、その影がモニターの中でだんだん大きくなっていくのだ。

それはひとつ呼吸をするだけの、わずかな時間であったろう。
山村さんが最後のカメラの前を通り過ぎて姿を消した途端、
その黒い影はあっという間にモニターの境界を乗り越えて
ひとつのモニター画面に集まっていった。

その画面の中で集まった黒い影は、人間のような形に変わり、
そして確かに笑った。

黒い影だけなのに、なぜか笑っているのが分かるのだ。
恐怖のあまり声を上げそうになった瞬間、
ドアを開けて山村さんが入って来た。

「あ、あの。今画面に・・・」

「ああ。分かった。朝に聞くから」

山村さんは、めんどくさそうな表情を浮かべて、
又仮眠室に入り、その日はもう出てこなかった。

振り返ってモニターを見たが、黒い影はどこにもいなかった。
その後は画面を見る気にもならず、
モニターに背を向けて朝まで膝を抱えて震えていた。

翌朝、起きてきた山村さんにバイトを辞める事を告げた。

山村さんは、ふうっとため息をついて小さく頷いた。

数年後、同じバイトをしたことがあるという男と偶然知り合いになり、
山村さんの事を聞いてみた。

彼がバイトした時には、既に山村さんは警備員を辞めていたらしい。
時給はそれほど高くなく、夜中にモニターに奇妙な影が映るようなことも
無かったという。

あれはいったい何だったのか、山村さんがいなくなってしまった今、
確かめるすべはない。

                         おわり


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