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「正しき風の噂」・・・伝えたのは誰だ。


『正しき風の噂』

 
夕陽を背負うように港から続く長い道を歩いていくと、
古い風車の村にたどり着く。

その村の外れには、17世紀の面影を残す三連の巨大な風車が立ち並び、
休むことなく、ゆっくりと羽を動かしている。

「古ぼけた遺物と侮ってはいかんぞ。
この風車はな、子を育て、芸術を生み出し、村を救ったのじゃ」

と、村のの長老たちは語る。

何百年も前からこの土地に住む者たちは風車を利用していた。
風が風車を回し、その力が歯車に伝わり石臼を回す。
石臼は、穀物を砕いてパンの原料を作り、子供たちを育てる。

また時には、顔料を砕いて絵の具を作り、
芸術を生み出す手助けをした。

そして、電話もインターネットも無い時代、
はるか彼方の村人たちに、
風車の羽根の角度で、様々な情報を伝えたのである。

18世紀。村はずれの風車には当番の若者が敵軍の動向を見張るために
毎日交代で詰めていた。

その日詰めていたのは、フレットという責任感の強い若者であった。

昼過ぎ、フレットは風車の動きに奇妙な乱れがあるように思えた。
ほんの少し、普段なら気付かない程度の揺らぎである。

フレットは中に掛けられた縄梯子を伝って風車に上り、
巨大な羽根の中心軸のすぐ横にあるのぞき窓から遠くの丘を眺めた。
すると、国境の丘を越えて侵攻してくる隣国の部隊を見つけた。

「大変だ! 村の人たちに知らせなければ」

フレットは大急ぎで風車の羽を動かし、
敵の侵攻を村に伝えようとした。

三つ並んだ左の風車を真っ直ぐに止め、中央と右の風車の羽根を
斜めになった所で止める。

それが、「敵は間もなく東から来る」という緊急事態を伝える暗号である。

フレットは、中央と右の風車を羽根が斜めになるところで止め、
三つ目の風車に向かった。

縄梯子を登り、中心軸の脇にある穴から
もう一度外を確認したフレットは焦った。

「思ったより、動きが早い。これは急がないと」

と慌てたのが良くなかった。

フレットは、縄梯子から足を滑らし、
真っ逆さまに床に落ちてしまったのだ。

「早く村に伝えなければ、敵を迎え撃つ準備が間に合わない。
手遅れになってしまう」

虫の息でも責任を果たそうとしたフレットであったが
願いもむなしく、そのまま床で息絶えてしまった。


ここからは村人の証言である。

「その時、村はずれの三連風車は、中央と右が羽根を斜めにして止まり
左の風車だけが、真っ直ぐになる位置で羽を止めていた」

「まるで巨大な十字架のように見えたのを覚えている。間違いはない」

その時、風車が緊急事態を伝えているのを見たものは、少なくなかった。

そして、村人は急いで準備をし、
敵を追い返すことが出来た。

フレットが亡くなっていて、
三つ目の風車の羽根が止められていない事が分かったのは、
敵軍の侵攻が止んでから数日が経ってからだった。

村人は動き続ける風車を眺めながら、口々に呟いた。

「きっとフレットの魂が、風車の羽根を止めたのだ」


以来、風車が伝える「風の噂」は以前にも増して大切に扱われた。


そして、戦さの絶えない時代には、村人たちは風車に掛けて
こんな風に語り合ったという。

「風を見極めることが大切だ。
風の伝えてくること、この先に起こることを見極めれば、
何も恐れるものは無い」


                   おわり


ヨーロッパ、とくにオランダなどでよくみられる風車は、
主に穀物を挽くための石臼を内蔵しています。
現在でも一部の風車は現役で使われているそうです。

風車の羽根の位置を使った「風の噂連絡」は、
第二次世界大戦中に、実際に色々な方法で使われたことがあるそうです。

平和な時代、明るい太陽に映える風車の姿は、
良き一日の始まりを予感させてくれます。

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