「ケチな客」・・・怪談。高速を嫌がる理由は?
どんな仕事でも効率を無視しては出来ない。
駅前で客待ちをするタクシーは特に顕著だ。
井田徹はタクシー乗り場に並ぶ長い空車と、客の列を数えながら、自分の車に乗る客を計っていた。
「月末の金曜日だ。セコキンは御免だぜ」
長距離乗ってくれる客は一回でも金になる。
しかし近場に行くだけのせこい客、つまり「セコキン」だった場合
戻ってきた頃には、タクシー乗り場の列は捌けて、
稼ぎ損ねる。
終電後、最初に乗せる客が肝心なのは、タクシー業界のセオリーだ。
「あと3人、どうやら恰幅の良い紳士に当たりそうだな。
長距離が期待できそうだ」
井田は自分の車に乗りそうな客の姿に期待を持った。
ガチャリ。
「どちらまでですか?」
順番が回り、乗り込んで来た客に声を掛けた井田は、
少しがっかりした。
思い描いていた客ではなく、黒いジャケットに灰色のネクタイ、
顔色の悪い陰気な感じの若者だった。
『あれ? 数え間違えたな』
閉じたドアの向こうで、恰幅の良い紳士が不満げな顔をしている。
早く乗りたいからさっさと発信させろという事だろう。
とりあえず井田は表示を「貸走」に変え、車を出した。
「○○までお願いします」
客は、数キロ離れた別の繁華街を指示した。
チッと井田は心の中で舌打ちをした。
○○までなら約2000円。
下道を使うと、繁華街と繁華街の間は時間がかかる。
うっかりすると、戻ってきた時には次の客を拾えないかもしれない。
「高速乗っていいですね。この時間だと高速の方が早いんで」
井田は少し語気を強めて言った。
高速で往復すれば、次の客に間に合うかもしれない。
そうすれば長距離の客にありつける可能性は残る。
今夜の客がこのセコキンだけというのは避けたかった。
しかし、その思惑は外れた。
「いいえ。下の道で、一般道で行ってください」
低い声が運転手の提案を断った。
「へい。」
返事をしながら井田は、もう一度心の中で舌打ちをした。
『下道じゃあ、時間ばかりかかって効率が悪いじゃねえか・・・』
少し走ると、高速の入り口の看板が見えた。
井田は、意を決した。
「お客さん。高速代はこっちで持ちますから、高速にしてくださいよ。
ね。お願いしますよ」
高速代を差し引いても、次の客に期待したい。
それほど、この日の売り上げはさえなかったのだ。
井田は客の返事を待たずに、高速の入り口にハンドルを切った。
予想以上に高速の流れはスムーズだった。
「良かったですね、お客さん。これなら随分早く○○につきますよ」
ルームミラーで後部座席の様子を見たが、客はうつむいたままだった。
『言う通りの道を行かなかったから、怒ってるのかな。でも早く着くんだし、高速代もいらないんだから、結果オーライだろう』
そんな風に考えていた井田の耳元で声がした。
「高速じゃなくても良いのに・・・」
井田はぞくっとして、ルームミラーを見直した。
客はシートに背中を預けてうつむいたままだ。
声と客との距離感が合わないような不思議な感じがした。
『声が良く通る人なのかな…』
と思い、前を見ると、再び耳元で声がした。
「だから言ったじゃないか・・・」
え? と井田が思った瞬間、追い越し車線を走っていた大型トラックがカーブでハンドルを切り損ねてバランスを崩し、井田のタクシーの上に覆いかぶさるように倒れてきた。
井田は声を上げる間もなく、重い荷台に押しつぶされてしまった。
その事故は、十数台が絡む日本高速道路史上最悪の事故の一つになった。
翌日の新聞は、こぞって事故の詳細を載せた。
「高速でトラック横転。巻き込まれた十数台」
「週末の悲劇。怪我人多数」
「大事故にもかかわらず、死者は一名のみ。
乗客を乗せずに高速を走っていたタクシー、客を下ろした帰りか?」
「謎深まるタクシー、無人なのになぜメーターが・・・」
それ以来、深夜にその高速のカーブを通ると、
誰も乗せていないタクシーが急に現れ、
ハンドルを取られそうになるという。
おわり
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