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ちょっとアレな朗読用童話 その1 「ウサギと亀と森の動物」

むかあし、むかしのその昔。
タカスギ山の麓にある小さな広場は、
動物達の憩いの場所でありました。

森の奥深くにあり、道らしき道は
山頂に続く一本道のみ。
人間どももめったに迷い込まない
楽園のような平和な広場で
リス、キツネ、鹿に熊と、森じゅうの動物たちが
自由にリラックスできる場所だったのです。

ところが時折、その平和を乱す者が現れます。

「よ~う。誰かオイラと駆けっこしねえか」

現れたのはウサギです。
ウサギは、他の動物たちをいやらしい目つきで見下すと、

「お前らじゃ、オイラの相手になんか
ならないだろうがな! へへん」

と、もう何百回も繰り返している
駆け足自慢をはじめたのでございます。

「えっへへ。ウサギさんに勝つ奴なんて、この森にはいませんぜ」

出っ歯のアカネズミがいやらしく笑いながら、
ニンジンを差し出しました。

「もぐもぐ。そうだな。もう駆けっこなら、もぐもぐ。
誰にも負けねえかもな」

「まったくでさぁ。山向こうの早馬だって
尻尾を巻いて逃げちまったって
言うじゃありませんか、
ホント、ウサギさんはタカスギ山いち、
いや日本一、そうだな、みんな」

アカネズミのおべっかが虚しく宙に消えてしまいます。
皆、聴こえていない振りをして
アカネズミだけが調子のよいことを言い続け
ウサギが鼻高々になって森に帰っていくというのが
いつもの風景なのです。

しかしこの日は違いました。

「それはどうかな」

「うん?誰だぁ?今言ったの?」

ウサギとアカネズミが振り返って声の主を探しましたが
誰もいません。

「気のせいかな」

「気のせいですかねぇ」

「気のせいじゃないよ。こっちだよ」

おっと気付いて足元を見るウサギ、
そこには、痩せ細った小さな亀。子亀が話しかけていたのでした。

「僕とはまだ駆けっこしてないじゃないか」

「え? お前と? 子供の亀がオイラと
駆けっこで勝負しようって? 
やめとけ、やめとけ。あ~はっははは」

「負けるのが怖いの?」

「ああん?」

物おじしない亀のセリフに
ウサギの表情が険しく変わりました。

その途端、それまで楽しそうに話していた
熊も鹿も森の木々さえも黙りこくってしまいます。
みんなウサギが怖いのでございます。

「よぉし、いいだろう。
タカスギ山の天辺岩まで、どちらが先に駆けつくか、
今すぐ勝負しようじゃないか」

「いいともさ。天辺岩に先に足を付けた方が勝ちだね」

「ようし。決まった。よいドン」

ウサギは、子亀が走り出す用意もしないうちに
いきなり自分で合図を出して走り出したのです。
動物たちは唖然呆然、釈然としませんが、
何も言い出せません。

みんなウサギが怖いのでございます。

さっさと走り出したウサギを追って
子亀はガリガリに痩せた足を一歩ずつ踏み出して
ゆっくりと歩き始めました。
その歩みはなんとも弱弱しく、今にも止まりそうでございます。
子亀の応援をすると後でウサギが怖いので
他の動物達は心配げにただ見つめるだけであります。

一方のウサギは、と申しますと
自分の走りを自慢しながら一心に走り続けておりました。

「森の広場ステークス。
ウサギと亀の一騎打ちであります。
出遅れた亀を尻目に颯爽と走り続けるウサギ。
目にも留まらぬ早足で、もはや亀を100馬身ほど、
いや2000兎身(としん)ほど離しております。
まさに脱兎のごとく韋駄天のごとく、
駆け抜ける動物界の流れ星。
あっという間にタカスギ山まであと半分、
というところまで辿り着こうとしています。

しかし、この半分の地点。
ウサギ一族には鬼門とされています。
三代前のウサ太郎おじいちゃんが、
勝利を確信し、もう安心と思って昼寝をしている間に
亀に抜かれたのが、この半分の地点。

以来、ウサギ一族には、
「油断大敵。昼寝を求めるものは全てを失う」
という家訓が生まれたと言われています。

現在の当主である、私こと足自慢のウサギも
「オイラは、絶対におじいちゃんのような失敗はしない」
と、幼少の頃に誓ったのでありました。

さあ跳ばせ、さあ駆けろ。
タカスギ山の頂上はもうすぐそこ。見えているぞ。
第4コーナーを曲がって、いや山道は曲がりくねっていて
何コーナーあるか分からないが。
それでも全力。タカスギ山の頂きに一気になだれこんだぁ・・・」

「はあ、はあ、はあ・・・あははは。
どうだ亀。あと一歩踏み出して、
天辺岩の上にこの足を乗せれば、
オイラの勝ち。お前の負けだぞ~」

『負けだぞ、負けだぞ・・・』

ゴールでは、ウサギの声が
こだまになって帰ってくるばかりでございます。

余りに速く走りすぎたせいか、
山頂に勝ち誇る声を聞く者は無く、
伸びたクローバーの葉が揺れているだけでした。

「ふん。見てないところで勝っても
面白くないな、そうだ」

ウサギは、今登ってきた道を駆け降りました。
そしてまだ森の広場でモタモタしている
亀に向って言い放ったのでございます。

「やい、亀。もうオイラは
タカスギ山の頂上まで行って帰って来たんだ。
ウサギさんには負けましたって言ってみろ」

しかし亀は何も答えず、歩き続けるだけ。

「ちぇ。おいみんな、ついて来な。
このウサギ様がかっこよくゴールするとこ見せてやるからよ」

ウサギはまた、山の方へ駆け出しましたが
動物たちは誰も亀のそばを離れません。

実はこの時、
ウサギはまるで「はだかの王様」の状態でございました。
ウサギが裸になってしまっては、
因幡の白兎と違いが分からなくなってしまうと
クレームが入ってしまいそうですが、
聡明なる観客の皆様には当然お判りでしょう、
これは「比喩」でございます。

そんなややこしい比喩を使わなくとも
流石のウサギにも周りの空気の違いは分かってまいります。

「こらぁ。誰かついて来いよ」

何度声を掛けても、周りの動物たちは動こうとはいたしません。

後ろ髪を引かれる思いで
いや、長い耳を引かれる思いでございましょうか
ウサギは目だけでなく、
顔まで真っ赤にして再び走り出しました。
  もちろん実況することは忘れておりません。

「森の広場ステークス第二戦。
ウサギと亀の一騎打ちは、いまだ決着が付きません。
のんびり歩く亀に対して、
今度はウサギ、どのような走りを見せるのか、
さっさとゴールしてしまうのか、
それとも動物連中が やってくるのを待って
天辺岩に足を乗せる のか。
世紀の決戦。やはり誰かに見ていてもらいたい。
この気持ち誰がわかってくれるのか、
天才ゆえの悩みと言えましょう・・・」

こうしてウサギは、
天辺岩の直前まで走ってはゴールしないで戻ってき、
タカスギ山と広場の間を
何度も何度も行き来したのでございます。

勝利の美酒に酔いしれたいウサギでしたが、
その内に、走り疲れと喋り疲れで、
とうとう音を上げてしまいました。

「亀さん。オイラが悪かったよ。もう自慢なんかしないからさ。
オイラの負けでいいから、もう終わりにしようよぉ・・・」

ウサギが何を言おうとも子亀は歩き続け、
  周りにいる動物たちも応援し続けました。

  鹿は通り道で邪魔になる
木の根っこをかじって 道を空け、
熊は取って置きの蜂蜜を食べさせました。
キツネは、稲荷のお供え物。
ウサギの味方だったアカネズミまで
隠しておいた胡桃やどんぐりを与えたのです。

「ガンバレ。ガンバレ」
「チクショウ。チクショウ」

ウサギは、泣きながらまた山に登り、
今度は山頂でじっくりと亀を待つことにいたしました。

「ここで待って、亀がゴールする寸前に
天辺岩に足を乗せて勝ち誇ってやる。ふふふ、はははは」

これはもう負け犬のセリフ。
ジャイアンが言う「のび太、覚えてろよぉ」よりも
ずっとずっと情けない笑い声だけが虚しく響いておりました。

さあて、月日はあっという間に過ぎ、、
ようやく子亀がタカスギ山の頂上までやってきた時には
なんと10年という年月がたっていたのでございます。

熊も鹿もみんなお年寄りになり、応援の声も静かです。
子亀は、たくさんの食べ物を貰い続けて
どんどん大きくなって、
今では森のどの動物よりも逞しく図太くなっていたのでした。

もし亀に食べ物をあげないでいると恐ろしい目で睨まれます。
もう誰も亀を止めることは出来なくなっていました。

天辺岩まであと一歩というところまで亀が辿り着いた時
誰もが心配になりました。

「このまま亀が勝ってしまったら、
この先、誰も亀に逆らえなくなってしまう。
ウサギさん、先にゴールしてください」

そんな期待に応えるように
年老いたウサギは自分の右足を持ち上げて
のそりのそりと歩いてくる亀を見つめたのです。

亀は鋭い目でウサギを睨みました。
ウサギは、ぐっと息を飲み込み、意を決して
天辺岩の上に足を乗せました。

周りの動物たちから、一斉に拍手が起こりました。

「おめでとう。ウサギさん」
「ありがとう。ウサギさん」

動物たちはウサギを褒め称えました。
ウサギは、涙を浮かべて、みんなと抱き合いました。

歓声がおさまった頃、亀がウサギに近寄ってきました。

「おめでとう。ウサギさん。みんなと友達になれて良かったね。
僕も君のおかげで毎日ご飯が食べられて、
こんなに大きくなれたよ」

「亀・・・くん」

ウサギの目から、大粒の涙が流れました。
動物達も大きく頷いています。
そして亀は、ゆっくり周りを見渡すとこう言いました。

「ああ、楽しかった。
ねえ。僕、お代わりがしたいから帰りも勝負しようよ」

その瞬間、ウサギと動物達の悲鳴が
森中に響き渡りました。
みんな亀が怖いのでございます。

                  おわり


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