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「うつった顔・隣の先輩」・・・隣に越して来た先輩は?「めざせ100怪!ラジオde怪談」。

「うつった顔・隣の先輩」

お隣の家が引っ越しだ。
新しい住人はどんな人なのかと、そっと二階の窓を開けたら、
ちょうど引っ越し屋が、大きな鏡を運びこんでいるところだった。
眼鏡をかけた中年の女性が、玄関で指示を出している。

「彼女が今度の住人かな」

眺めていると、その女性と目が合った。

悪意で覗いていたわけではないので、
軽く会釈したら、心底嫌そうな顔を見せて目線を外した。

「畜生! なんだあの女。
あのプライドの高そうな眼鏡を剥ぎ取って、
その下にある淫美な素顔を覗き見てやろうか」

こんな時、昔ならしたヤンチャな性格が湧き上がってくる。
もちろん、実際に手を出したりはしないのだが、
妄想の中で、憂さを晴らしている。

込んでいる電車の中で、お年寄りに席を譲らない若者を引き摺り出したり、
レジ待ちの長い列に割り込んでくる主婦を投げ飛ばしたり、
そんな妄想をするのだ。

「智(さとる)く~ん。ちょっと来て~」

妻の恵理子だ。何かあったかと、急いで降りていくと、
恵理子と先ほどの不愛想な隣人が玄関で立ち話をしていた。

「ねえ。すごい偶然なのよ。
こちら西野美佳さん。お隣に引っ越してきたの、女子高時代の先輩なの。
10年ぶりにお会いしましたけど、先輩、今でもカッコ良いですよね」

確かにいい女だった。
モデル級とまではいかないが、痩せ型で背が高く、
人を寄せ付けないような雰囲気がありながら、物腰の柔らかな感じもする。
さぞかし女子高ではモテた事だろう。

「西野美佳です。まさか、お隣さんが恵理子ちゃんだなんて、
私も驚いちゃって。これからよろしくお願いします」

先ほどの素っ気ない態度はおくびにも出さず、西野美佳はにっこりと笑った。
そのギャップに俺はやられた。
その瞬間、妄想の中で俺は既に隣人を抱いていた。

「ねえ、智君。美香先輩と来週温泉に行ってきても良いでしょう」

「そんな。ご迷惑じゃないのか、荷物の片づけなんかもあるだろうに」

「いいえ。お気遣いなく。一人暮らしで大したものはありませんし、
恵理子ちゃんにご近所の事もお聞きしたいので」

近所の事を聞くのに、旅行にまで行く必要はあるのか?
と俺は疑問に思ったが、恵理子が熱心に言うので承知した。
倦怠期に入って、このところ家庭サービスもしていないから、
気晴らしになるなら良いだろう、と思ったのだ。
その間、こちらも羽を伸ばせる事だし。

「ありがとう。先輩と二人で旅行できるなんて、夢のよう」

恵理子は女子高生のような声を上げて喜んだ。

その日から恵理子が口にする話題に、美佳先輩という言葉が増えた。
彼女は女子高全員の憧れの存在で、
靴箱には毎日のようにラブレターが入っていたらしい。

「智君は知らないだろうけど、うちの女子高の半分くらいは、
美佳先輩のしもべだったのよ」

「しもべって何? 女子高独特の言い回し?」

「そうね。どういう心情が近いかなぁ。
今で言う『推しを尊敬している人』って事かな。
私の同級生も皆、しもべになりたがっていもたのよ」

「はいはい。何だか大げさだな。ビールもう一本取ってくれる?」

毎回、俺が適当な返しをして話を終えた。

数日後、隣人との温泉旅行から帰って来た妻は、
嬉しそうに旅の感想を聞かせてくれた。

子供のように溌溂と話している中に、
ふと遠くを見つめるような表情をする瞬間があった。

「それほど、良い温泉だったら、今度俺も行ってみたいな」

「そう、そうね。でも智君には向かないかも・・・ふふ」

恵理子は、これまで見たことのないような恍惚とした表情で語った。
こんな一面があるのかと、俺は驚いた。

それからの恵理子の変化は劇的だった。
どことなく神秘的な雰囲気を纏うようになり、
ダイエットをしている訳でもないのに体重も減っていった。
惚れ直す、という言葉があるが、その時の俺は暢気にそんな事を考えていた。

昔に戻った気分で、夜の生活も充実してきた。
それが無かったら、俺は浮気を疑ったかも知れなかったが、
リモート&自粛生活で、お隣さんと買い物に出かける以外は
二人とも自宅にいるので、そんな時間はもある訳が無かった。

しかし、そんな幸せな時間は、突如終わりを告げた。

「さようなら」と書かれた紙一枚を残し、
身の回りの荷物と貯金通帳だけを持って恵理子は失踪した。

同時に隣家の西野美佳も消えた事を知った時、
俺の脳裏にある光景が浮かんだ。

「お隣に回覧板届けて来るね」

そう言って恵理子が出て行った時の事だ。

二階の窓から見るとはなしに、お隣の玄関を見ていると、
ドアが開いて西野美佳が出迎えた。

その時恵理子は、まるで、しもべがご主人様にするように
両手を組み、片膝をついて、彼女の前にかしずいて中に入っていったのだ。

失踪から8年が経ったが、
俺は恵理子を忘れる事が出来ないでいる。
妄想の中の恵理子は、西野美佳と温泉旅行から帰った時のままだ。

あの恍惚とした笑顔が、いつまでも俺を苦しめるのだ。

          おわり


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