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「えくぼ先生」・・・怪談。笑わない教師を笑わせて見たら。


僕の中学の音楽教師は、「えくぼ先生」と陰で呼ばれている。
本名は前久保というのだが、毎年、上級生から新入生に
その名前が受け継がれている。

ただ、「えくぼ先生」が笑ったところを誰も見たことが無い。
「このフレーズが良いですね」などと音楽の良さを語っていても
表情は変わらず、何か不測の事態が起こっても冷静に対処する。

それでも教え方は丁寧で、音程と音階の違いなど
中学生では理解が難しそうなことも分かりやすく教えてくれるので、
生徒から信頼と尊敬を集めていた。

「なあ。えくぼ先生を何とか笑わせてえくぼを見てみたいな」

そんな何気ない一言で、この計画は始まった。
しかし、悪戯好きの4人組が、無い知恵を絞って思いつくことなど、
たかが知れている。

前日見た芸人のギャグを目の前で披露するとか、
変顔をして見せるとか、
4人で女装して奇妙なダンスを踊るとかがせいぜいであった。
それでも、同級生や他の先生にはウケるのだが、
肝心の「えくぼ先生」には

「ダンスはイマイチね」

等と冷静に返されるのである。

何度目かの試みが失敗に終わった時、
ヒロトが言った。

「俺、お尻見せる」

何を言い出すのかと思ったが、冷静な「えくぼ先生」の前で
ヒロトがペロンとお尻を見せている姿を想像すると、
どうしようもない馬鹿馬鹿しさで、爆笑の渦となった。

その日の放課後、作戦は早速実行される事になった。

ヒロトは、「えくぼ先生」が音楽室で一人でいるのを確認し、
「上手く音が出ないので、見て欲しい」と言って
ギターを抱えて教室に入っていった。

実はこのギターの陰では、こっそりとヒロトがベルトを緩めていて、
近づいてところで、クルリと振り向いて、お尻を向けると、
その勢いで、ズボンが落ちるという寸法だ。
勿論、パンツは事前に脱いでいるから、
真っ白なヒロトのお尻がギターの陰から現れる事になる。

そして、残った俺たち3人は、教室のドアの隙間から、
見つからない様にその様子を観察しているのだ。

そうとは知らぬ「えくぼ先生」が、どれなの?と
いつも通りの冷静な顔のまま近づいてきた。

ヒロトは「これです!」と言って振り返り、ズボンを下ろした。
緊張していたのだろうか、決して計算して行ったのではないのだろうが、
絶妙のタイミングで、ヒロトはプッとおならを放った。

静かな音楽室に、緊張感のない音が響き渡ると、
どや顔のヒロトが、俺たちの方を見て親指を立てた。

だが、俺たちは笑えなかった。
俺たちの反応がおかしい事に気付いたヒロトが
中途半端な笑いを見せ、戸惑いながらVサインを送って来た。

「えくぼ先生」は、確かに笑うと「えくぼ」が出来た。
だが、そのえくぼは、普通の者よりはるかに深く大きく、
口元から頬全体、さらには、耳、目、鼻などを巻き込むように
くぼんでいき、顔を覆うクレーターのようなえくぼが、
やがていくつも現れては消えていった。

ほんの2,3秒の事であろう。

えくぼは皮膚を巻き込むように蠢き始め、
その奇妙な様子に気が付いたヒロトが振り返った瞬間、
まるでブラックホールに星が吸い込まれるように
「えくぼ先生」の「えくぼ」は頭全体を巻き込むように裏返っていき、
最後にジュボっという音を立てて小さく消えてしまった。

残ったのは、震えるように緊張している、首の無い「えくぼ先生」であった。

俺たちは、無我夢中で逃げ出し、学校を飛び出すと、そのまま自分たちの家に帰り、布団に潜り込んだ。

翌日、登校すると「えくぼ先生」は、親族に不幸があったという理由で
欠席していた。

その後、いつの間にか別の先生が赴任して、
俺たちは二度と「えくぼ先生」に会えなかった。

             おわり


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夢乃玉堂
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