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「道案内」・・・怪談。山の中の道を通ると。


光学機器メーカーに勤める美智雄(仮名)は、ある日、100キロほど離れた隣の県まで納品に出かけることになった。

納品先の小学校で、新しい望遠鏡のカタログなどを渡したところ、思いの外反応が良く、新機能の説明に熱が入り、気が付くと、日が西に傾いていた。

「よろしくご検討の程、お願いいたします」

そう言って、担当の教諭に挨拶をして校門を出る頃には、街灯の明かりが灯っていた。

本社のある町までは、大きな山を迂回しなければならず、このまま国道で戻ると、2時間はかかる計算である。

「しょうがない。ショートカットするか」

美智雄は、普段はあまり使わない、山道を行くことにした。

それは、林業関係者しか使わない一本道の林間道路で街灯も無く、途中集落も無いので、ガス欠になると闇の中で立ち往生する。

舗装だけはされているが、地元のドライバーでも敬遠するような道である。

だが、その日は出発前に満タンにしてきたからガソリンには余裕があった。

「大回りするよりは、早く帰れるかもしれないな」

美智雄は、気軽に考えていた。

ところが、林間道路は思ったよりカーブが多く、夜走るには神経を使う。

わずかなヘッドライトの明かりだけを頼りに30分も走ると、美智雄は音を上げ始めた。

「しまったな。やっぱり国道を行くべきだったかな」

ややもすると、頭を支配しようとする眠気を押さえながら、ハンドルを握っていた。

その時、少し先に大型のダンプカーのテールランプが見えた。

「山の工事現場から来たのかな。でも道案内にはちょうどいいや」

ダンプカーの威圧的な走りは、普段ならストレス以外の何者でも無いが、今はとてもありがたかった。

あの後を付いて行けば、カーブのたびに対向車の存在を気にしなくても良いし、道を外れることも無いだろう。

森に囲まれた夜の道でも、ダンプカーの赤いテールランプを追って走るだけなので運転は楽だった。

美智雄は、適度に距離を取りながら車を走らせた。

やがて、道の先に街の明かりが見え始めたところで、ダンプカーが路肩に止まった。

様子を見ていると、運転席の窓が開き、中から手が出て、先に行けと合図をしている。

美智雄はダンプカーの横を通り抜けざま、お礼のクラクションを軽く鳴らした。

ダンプカーの大きなクラクションが一瞬だけ聞こえた。不思議と優しい感じがした。

林間道路の終わりに小さなドライブインがあった。

美智雄は一休みしようと車を留め、ついでに、もし先ほどのダンプカーが通ったら、軽く挨拶の一つもしようと思い車の脇に立って待った。

しかし、いくら待ってもダンプカーどころが車は一台も来ない。

ようやく道を抜けてドライブインに入ってきたのは、若い男性が乗った原付だった。

美智雄は思い切って、その男性に聞いてみた。

「その道でダンプカーに会いませんでしたか?」

いきなり質問されたためか、

原付に乗っていた青年は、困惑した顔で美智雄の方を見た。

「いや。ここ、ダンプなんか来ませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」

美智雄は、どこか脇道にでも入ったのだろうと思い、

ドライブインで眠気覚ましのコーヒーを飲んで会社に帰っていった。

数週間後、顕微鏡のカタログと見積もりが欲しいと連絡が入り、美智雄は朝から、小学校に向かった。

昼間なので、走るのは楽だろうと思い、美智雄はあの林間道路を通って行く事にした。

眠気覚ましをしたドライブインの横から林間道路に入ると

木々の間から差し込む木漏れ日が心地よかった。

同時に、あの時のダンプカーの事が思い浮かんできた。

「あの時は、ダンプカーのテールランプだけが頼りだったからな」

美智雄は、森に囲まれた道を走りながら、テールランプの輝きを思い出していた。

すると、妙な事に気が付いた。

頭に浮かんだテールランプが、道をはみ出すのだ。

林間道路は、乗用車一台分の幅しかないところが多い。

途中、対向車とのすれ違い用に幅が広くなっている場所もあるが、

ほとんどの道は狭く、森の中からせり出して生えている木々が、

時々、車の屋根に触れそうになる。

「ダンプカーなんか、この道を通れるはずがない」

美智雄はあの夜、ドライブインで話を聞いた原付に乗った若者の言葉を思い出した。

『いや。ここ、ダンプなんか来ませんよ』

彼が言ったのは、『この道は、ダンプカーなんか来るはずありませんよ』

という意味だったのだ。

道幅の狭い森の中の、かろうじて舗装だけしている道。

そんなところを大型のダンプカーは通らない、いや、この幅では通れる筈が無い。

「じゃあ。あれは何だったんだ。俺はあの時、何を追って走っていたんだ」

美智雄は一瞬背筋が寒くなったが、すぐに思い直した。

「とりあえず、俺を助けてくれたんだ。感謝しないとな」

そう言いながら先を急いだ。

森の青葉が光に映えて美しかった。

おわり

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