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「円盤を見た午後」・・・怪奇譚。飛行中のパイロットが見たものは。


「絶対に見たんだ。嘘じゃない! あれは空飛ぶ円盤だった!」

大通りに面したオープンカフェで、俺は宇江原と、妻の明子に言った。

だが二人とも、俺と目を合わせようとはしなかった。

「昨日からずっとこの調子なんですよ」

「大丈夫ですよ、奥さん。加納は少し働き過ぎで疲れているだけですから」

二人で俺を病人扱いしている。

「俺は疲れてなんかいない。一週間ぶりの物資輸送任務で嘉手納から班目まで飛んだだけで、どうやって疲れるって言うんだ。そんなやわなパイロットじゃないぞ、俺は。俺は確かに見た。
場所も覚えている霞ケ浦沖200キロの太平洋上。午後4時2分。高度2万4000。雲一つない空に、そいつは現れた。直径は200メートルくらいで、銀色の伏せた皿のような船体が太陽を反射して光っていたんだ。」

「まさにUFOだな」

「そうだ。まぎれもない。右翼側約500メートル。俺の機に並行して5分間は飛んでいた」

「そんな長い時間飛んでいたなら、なぜ副操縦士は見ていないんだ? そうですよね奥さん」

「ええ。そうですね」

「どうぞ」と、ウエイトレスがコーヒーを宇江原と俺の前に置いた。

リビングの壁に掛けられている鳩時計が、4時の時報を鳴らした。

「お先に」

宇江原は明子に会釈してコーヒーを飲んだ。

「俺だけじゃない。横にいた井上も一緒に見たんだ。俺の横で俺以上に動揺していた。なのに地上に降りた途端、何も見てないです、とか言いやがって。あの嘘つきが!」

「止せよ。副長の井上が虚偽報告してるなら、機長であるお前の監督不行き届き、管理責任になるぞ」

「井上だけじゃない。管制塔の連中もレーダーで見ていたはずだ」

「ああ。報告書が出ているさ。『当時、加納機の周囲10キロ圏内には、他の航空機の存在は確認できなかった』ほら、読んでみろよ」

宇江原が差し出すコピーから、俺は目を逸らした。

明子が、紅茶のポットを運んできたウエイトレスの視線を気にしながら、
宙に浮いた形のコピーを受け取った。

「あの。宇江原さん。主人がこんな風になるのは初めてなんですが、
このままで大丈夫なんでしょうか」

「何を言うんだ明子。俺はどこもおかしくない。変な事を言うな」

二人は俺の声を無視して会話を続けた。

「奥さん。大丈夫ですよ。加納は少し疲れているだけです。
しばらくすれば良くなります。すぐに解決しますよ」

「宇江原。お前まで俺がおかしくなったと思っているのか」

「まあ。落ち着けよ、加納。おかしくなったなんて言ってないだろう。
とりあえず半年間地上で体を休めて、後進の指導に回ってくれ」

宇江原が俺の肩を叩いた。

「地上勤務・・・俺は降ろされるのか」

「今は新人の養成の方が重要だろう」

「ああ。そうかもしれないな・・・」

「頼むよ」

「良いだろう。練習機に新人を乗せて、霞ケ浦沖をくまなく探してやる」

「加納・・・」

宇江原と明子が目を合わせている。

「心配するな、絶対俺は証拠を見つけてやる。そうすれば、お前たちの心配も晴れるだろう。俺は何もおかしくない、これはあの空の上で本当に起こった事なんだ」

何か相談している二人から目を離して俺は、空を見上げた。

どこまでも青い空に、飛行機雲が一筋伸びていく。
その先には厚めの積乱雲が居座っている。

『あの時もこんな空だったな』

傾き始めた夕日が雲の表面を染め始めていた。

その雲の中から、銀色の皿のような飛行物体が飛び出してきた。

「え!」

俺は目を凝らした。
あの時と同じ銀色の飛行物体。空飛ぶ円盤だ。
そう思う間もなく、雲から次の円盤が現れた。一機、また一機。

あっという間に30機ほどに増え、空を埋め尽くすように飛行している。

「お、おい。あれを見ろ、あれが俺の見た空飛ぶ円盤だ。
今度はあんなにたくさん現れやがった」

これで信じて貰える。という安心感よりも、底知れぬ危機感の方が強かった。

しかし、宇江原と明子の反応は予想外に希薄だった。

「何? どれのこと?」

「何も飛んでないぞ」

「飛んでるだろう! あんなにたくさん。見えない訳ないだろう」

二人は俺のすぐ横に立ち上がって空を見上げた。
空の円盤はさらに数を増やし50機ほどになっていた。

「ホラ。どんどん数が増えてる!」

空を指さして叫ぶ俺に体を寄せて、明子が耳元で囁いた。

「いいえ、あなた。何も飛んでないのよ」

俺の首筋に何か細い棒のようなものが当てられたと思った途端。
シュッと小さな音がして、俺は意識が朦朧として椅子に座り込んだ。

目の前の道路で同じように空を見上げて叫んでいた通行人が、
周りの人間に取り囲まれ、次々と倒れていくのが見えた。

               おわり


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