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女子寮の恐怖体験


40年以上前、まだ学生だった頃、大学の女子寮として一棟借りされていた三階建てのマンションがあった。
ウナギの寝床のようなワンルームの部屋が各階4戸ずつ、計12戸並ぶ
ありふれた作りだが、一つだけ変わったところがあった。
マンションの裏庭が一部切り取られるように、隣接する墓地が食い込んでいたのだ。
そのせいか、家賃は格安。おまけに、学校から少し遠いのが幸いして、同級生に内緒で密かに愛を育むカップルも少なくない。
その中の一組、仮に名前をヒロコとマコトとしよう。

その日は、初めてマコトがヒロコの部屋に泊まりに行った日だった。
当時でも珍しい男子禁制の寮であったが、寮の管理人は朝まで帰って来ない、それでも付き合っていることを友人にも公表していなかったので、気付かれないよう二人は声を潜めて会話をしていた。
そのせいか隣がお墓ということが雰囲気を盛り上げたのか、徐々に話題は怪談話になっていった。
こんな話を聞いた、あんな噂をしていた、とウソとも本当とも思えない話が続いた後、ヒロコが「実は最近、この寮でもあったのよ」と話し始めた。
「夜中に勉強していると、ベランダ側のサッシを『コンコンッ』ってノックする音がするんだけど見に行くと誰もいないんだって」
「へえ~」
マコトが怖さをごまかす様に明るく答えた瞬間、

「コンコンッ」
ベランダの方から音が聞こえた。

「マジか。ウソだろ・・・」
「ねえ。見てきてよ」
「え? ヤダよ」
「だって誰か変な人がいたら嫌じゃない」
「いないよ。ここ3階だぜ」

「怖いの?」
ヒロコがちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべた。

『試してるのか?』と思ったマコトは、付き合い始めで弱みも見せられないなと、高鳴る心臓を押さえながらサッシに近づき、ベランダを覗いた。

ベランダには、物干し用のロープが張られているだけだった。
「ロープが風に揺れて、洗濯ばさみがサッシに当たったみたいだよ」

マコトがヒロコの方を振り返ると、
ヒロコは真っ青な顔をして、震えながらこちらを見ていた。

「もう止せよ。俺は怖がったりしないよ」
ヒロコはさらに恐怖におびえた声で言った。

「い、今、ヒロシがこっちへ戻ってくる時に、そのサッシの向こうを白い人影が右から左へ横切ったのよ」
「え? 誰もいない筈だけど・・・」
とマコトが振り返った瞬間、ベランダに人影が現れ、す~っと音もなくサッシを通り抜けて、部屋に入ってきた。

「ぎゃーーー!」

悲鳴を上げて部屋を飛び出すヒロコとマコト。
大声を聞きつけた隣の部屋の女性がドアから顔を出した。
「どうしたの?」
二人は慌てて半開きのドアにすがりついた。
女性に説明しようとするが、上手く声が出せない。

「で、でで、出た。出た。出たんです」
「ほ、ほらお宅にもあるでしょ。ベランダ側のあのサッシ。あれをす~っと通り抜けて入ってきたんです・・・」

説明するため、女性の部屋のベランダを指した時、
マコトは気づいた。
女性の体で半開きになったドアはふさがれている。だから外から部屋の奥が見える筈がない。それなのに、ベランダもサッシも良く見える。
「え!」
ヒロコも気づいた。
ドアの隙間にあるはずの女性の体が、半透明に透けていたのだ。

「ここは男の子を入れちゃダメなのよ」

女性はニコリと笑うと、その場からふわっと消えてしまい、
半開きのドアがバタンと音をたてて閉まった。


二人が目を覚ましたのは、
朝掃除にやってきた寮の管理人に怒られた時だった。

「何をやってるの。男子禁制は知っているでしょう?」
「いや。違うんです。それが・・・」
二人は隣のドアを指さしながら、昨夜の恐怖体験を管理人に話した。
しかし、管理人はあきれ顔で全く信じようとはせず、
吐き捨てるようにこう言った。

「言い訳ならもう少しましな理由を考えなさい。
あなたの隣は空室で、ずっと鍵がかかってるわよ」

この話は一時学生ホールで話題の中心となったが、
その後結構な数のカップルが「通い同棲」をするようになると、
怪談話は具合が悪いのか、それとも幽霊が熱愛に気を遣って出てこなくなったのか、いつしか誰も話さなくなっていた。

やがて大学の移転に伴い、女子寮としての契約も無くなり、今では普通の賃貸マンションとして、一般に貸し出されているという。

                       おわり



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