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「音響科の課題」・・・怪談。アナログのカセットを使ってみたら。


「面白そうだな。音楽を聴くのは好きだし、楽器の演奏をする訳じゃないから、4年間遊んで過ごせそうだ」

と、安直に選んだ一般大学の芸術学部音響科。

ところが、一般大学とはいえ、文学部や経済学部に比べると、はるかに実習や課題が多かった。
しかも同期の学生は皆、小学校からのオーディオマニアや、自作ラジオを何台も作っているようなセミプロばかりで、学食の会話にも付いていけない。

入学後せっかくできた彼女とも、話題が噛み合わず、時折見せる馬鹿にしたような視線に耐え切れずに、ひと月も経たないうちに別れてしまった。

ようやく夏休みになったが、勿論夏休みにも課題が出る。
「音の特性を探る」というテーマで、「比較的緩いから楽勝だな」とクラスの連中は言っているが、緩いからこそ素人には何をやって良いか全く分からない。

仕方なく俺は、元カノに助けを求めた。

「安直ね。真面目に授業受けてれば、誰でも出来るでしょ。そんな腰かけ的な大学生活を送ろうとするところが嫌だったのよ」

と散々なじられた。

長い屈辱の時間が経った。
元カノは、ずっと頭を下げている姿にほだされたのか、それとも呆れたのか、ようやく一つネタをくれた。

「しょうがないわね。安直だけどアナログコピーをレポートしてみる?」

「アナログコピー?」

「そう。今のデジタルと違ってアナログのテープってコピーすると段々ノイズが増えたり劣化するでしょ。
だから、元の音楽が聞こえなくなる様子を記録するの。
本当はS/N値を計ったり、波形を記録したりしなきゃダメなんだけど、
1000回くらいコピーして音の印象だけでも書けば、努力賞くらいは貰えるんじゃない」

「ありがとう」

俺はさらに深く頭を下げてお礼を言った。

下げながら、さらに分からなくなった。

「アナログのテープって何だ?」

俺は大学の機材室に行って、アナログテープについて話を聞き、かつてオーディオの主流であった「オープンリール」や「カセットテープ」の存在を知ったが、そこは新設の一般大学の悲しさ、実際のアナログ機器は学内に無かった。

幸い父親に聞いて、実家の倉庫に埃まみれで転がっている、と言うので、2台のカセットテープレコーダー(テレコとかカセットテレコと呼ぶらしい)と昔使っていたオーディオカセットをまとめて送ってもらった。

取説を片手に、何とかケーブルを繋ぎ、カセットを入れて曲を再生すると、父親が録音していたのだろう、女性歌手の歌声が流れた。

♪一人四国を巡る~

演歌だろうか、聞いたことの無い曲だったが、
とにかく分かりやすいように、
曲のサビの部分を30秒ほど選んで、Aのテレコから再生する。

♪一人四国を巡る~

それをケーブルでつないだBのテレコで録音する。
終わったら今度は逆にBで録音した曲をAで録音する。

♪一人四国を巡る~

それを延々繰り返すのである。
作業自体は簡単だが、ケーブルの差し替えやテープの巻き戻し、頭出しなど、経験のない作業に時間がかかる。録音1回につき2~3分はかかってしまうのだ。

1時間やっても20回ほどしか出来ない。

朝から始めた作業が400回を超える頃には、もう夜になっていた。

「1000回やるには50時間くらいかかりそうだな」


聞きすぎて、もはや何の感動も湧き上がらない曲を録音しながら、元カノに課題を教えて貰いに行って、なじられた時の事を思い出していた。


「同期の人は、皆夢を持って生きてるのに」


「あなたは何も考えてない」


「そもそも音楽や音響が好きじゃないんでしょ」


「楽そうだ、で音の世界を選ぶだなんて、甘いわよ。
舐めないでよね、この業界!」


ぐうの音も出なかった。
4年もある時間を、遊ぶために使うなんて、
自分の未来を考えて生きている連中からは、
ふざけた輩に見えるだろうな。


このまま4年間過ごして卒業したら
俺はどうするつもりなんだろう。


♪ひどりしこくをめぐる~


コピーが500回を超えると、ノイズが多くなり、
歌詞が不明瞭になって来た。


作業のコツを掴んだ俺は、手早く回数を増やしていった。

そして、666回目。
ノイズの中に埋もれるようになった歌声が籠ったようになり、歌詞が違って聞こえる。


♪ひどいじごくをめぐる~


「酷い地獄を巡る・・・か。大学の俺みたいだな・・・あれ?」

ノイズの中に今までにない声を聞いたような気がした俺は、
録音を止めて、もう一度再生してみた。


「・・・・」

確かに聞こえる。
ささ~というノイズの中に、歌詞と歌詞の合間の
歌っていない部分に話し声のようなものが聞こえる。

俺には、それが自分に話しかけているように思えた。


♪ひどいじごくをめぐる~


結局、俺は課題を提出できなかった。

課題の進捗具合はどうか、と様子を見に来た元カノが
冷たくなって死んでいる俺を見つけて大騒ぎになった。


もう俺は、課題に追われることも、同期の連中に引け目を感じる事も無くなった。

ただ、もう少し自分の人生について真面目に考えていれば、どうなっていただろう、と思う事もある。
そして、俺は今もこの歌詞の通りにさまよっている。


♪ひどいじごくをめぐる~



         おわり


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