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「サラ金書道」・・・その恐ろしい名前に秘められたものは。

17日火曜日に、ラヂオつくばの「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で朗読された作品を期間限定で公開します。

放送後、一部加筆改訂しています。

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「サラ金書道」  作  夢乃玉堂

何事も芸術の道は厳しく、その為の努力には終わりは無い。

特に書道は、向いてない人にとっては、苦痛でしかない。
社会人になると、字を上手く書ける人は、尊敬の対象となり、
ひたすら羨ましいものだが、若い人には中々理解できないものだ。

これは、僕の高校時代の友人のお話だ。

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桜舞い散る中、
揚々とした気分で浅野麻人(あさのあさと)は校門をくぐった。
苦しかった受験期間も終わり、
どうにか入った高校に初登校する日だった。

校内に入った途端、初めて見る先輩が話しかけてきた。

「新一年生だね」

浅野の入った高校は、クラブ活動が盛んで、野球部や陸上部が、
全国でも指折りの強豪として知られていた。

だから浅野も、当然のように、クラブ活動の勧誘だと思った。

だけど、その予想は外れた。

「君、芸術の授業は何を選択するつもりだい?」

当時、県内の進学校では、カリキュラムは勉学が中心で、
受験に関係のない芸術系の科目は選択制になっていた。

音楽、美術、書道の内から選ぶのである。
ただし、一度決めると、途中で変更が出来ない。
だから、一年の時に選んだ芸術科目を三年間通して履修することになる。

浅野は、問いかけて来た先輩に、決めていた教科を答えた。

「美術です」

「そうか。しかし美術は評判が良くないぞ」

「え?」

「デッサンばかりで面白くない上に、
美術教師がエロ親父で、女子の選択が少ない」

「そうなんですね。音楽はどうです?」

「音楽もダメだ。楽器が古くて音がちゃんと出ない。
音楽を選んで音痴になった奴もいる」

「じゃあ」

「ああ、そうだ。書道が一番楽で良いぞ。
墨一色で簡単だし、特に高い道具もいらない。
教室で椅子に座ってやるから正座で足がしびれる心配もない。
書道を選ばなかった奴らは、みんな後悔している。
書道が良い、書道にしておけ」

熱心に勧める先輩の話を聞きながら、
浅野は、子供の頃通わされていた書道教室の事を思い出していた。

遊びたい盛りにイヤイヤ通わされていたのであまり上達しなかった。

書道教室の師範は厳しい人で、小学生にも自立を求めた。

「とにかく数多く書いて、字の中にある本質を見つけるんだ」

と観念的に言われたのが理解できなかった。

おまけに周りから
「教室に通っているのに下手だ」
「お前のは字ではない、絵だ」
と毎回のように言われるのが嫌になり、
やる気の無いまま半年ほどで、その教室を辞めた。

おかげで小中通して、校内で一二を争うほど、字が下手な男子だった。

『入学早々先輩の顔を潰すのも悪いし、
いい機会だから、習い直しても良いかな』

という思いが浅野の心に浮かんできた。

「分かりました。書道にします」

浅野が元気よく答えると、先輩は

「良し。絶対だぞ」と言い残すと、
すぐに次の生徒を捕まえて、説得を始めた。

熱心だな、と親切な先輩をありがたく思ったが、
その一方で、浅野は奇妙な感覚に囚われていた。

かつて習っていた書道教室の先生は、厳しかったが熱心だった。
でも、今の先輩の熱心さは、それとは違って思えたのだ。

「どうしてだろう。不思議だな・・・」

先輩を見つめれば見つめるほど、奇妙なギャップが大きくなり、
それはやがて、心の中で不安に変わった。

結局浅野は、朝まで迷った末に、自分の気持ちに正直になることにした。

新学期が始まってしばらくすると、
浅野を見つけた先輩が廊下で声を掛けてきた。

「よう!」

「あ。先輩」

「これから選択授業で書道なんだ。ほら、これ見ろよ」

先輩は鞄に入った大量の半紙を見せた。

「420枚ある。これが今日の俺の課題だ。
もちろん、一日で出来る訳ないがな」

先輩は泣きそうな笑みを浮かべて、説明してくれた。

書道は毎時間ごとに10枚の課題が出る。
「早春」とか「紫陽花」とか、その時期に合わせた見本を
先生が十種類書き、それを生徒が模写する。
書きあがったものを先生に見せて、合格すると、次の課題をやる。

10種類の課題全部に先生の合格が出れば、それで終わり。
だけど、一枚でも合格が出なかったら、次の芸術の授業に持ち越しになる。

つまり、1枚不合格なら、翌週は11枚提出。
5枚不合格なら、15枚。そんな風に増えていく。
もし1枚も合格しなかったら、
次の授業では、新しく出されるものと合わせて
20枚の課題に取り組むことになる。

そこでもし20枚とも合格を貰えなかったら、
次週はまた10枚増えて30枚。
合格が出ない限り、40枚、50枚、60枚と毎週増えていくのだ。

その為、書けない生徒は次々と課題の数が膨らんでゆき、
上級生の中には、500枚以上の課題が
溜まっている強者(つわもの)もいるらしい。

「どうだ。払っても払っても、借金が減らないサラ金みたいな書道だろう。
お前もこれから3年間、『サラ金書道』の泥沼にハマるんだ。ははは」

先輩は、寂しそうな笑いを残して去って行った。

浅野は言えなかった。
選択科目の申請書に本当は「美術」と書いたことを。

「先輩に嘘ついた事になったけど・・・」

浅野はほっと胸をなでおろした。

もし書道を選んでいたなら、後で先輩に騙されていたと知ったら、
きっと書道の授業は、素直に受けられなくなっていただろう。
課題にも身が入らず、どんどん10枚の課題が溜まっていくに違いない。
『サラ金書道』の泥沼にハマっていたかもしれないのだ。

「先輩も、新入生の時に、誰かに同じような事を言われて
信じてしまったのかもしれないな」

そして、書道の選択教室に入っていく先輩の後ろ姿は、
とても悲しそうに見えた。

入学の時、あんなに熱心に誘っていたのが、
自分と同じ「犠牲者」を増やす為だったと考えると、
ちょっと寂しいものがあった。

書き続ける事で、何かを見つけられるかもしれないな。
と思ったが、それは、安全圏から眺めている傍観者の感想だと
すぐに気が付いた。

浅野は、その日、下校する途中、本屋に立ち寄って、
ひとりで学べる書道のテキストを買った。

                おわり



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