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相手にダメージを与える攻撃

1-0。
2019年の静まり返った埼玉スタジアムとは打って変わって、試合終了のホイッスルと共にピッチは歓喜の渦に包まれた。

浦和は5年ぶりのアジア制覇となり、2019年の仮をアルヒラルに返す形となった。この試合を振り返ってみるとやはり「浦和がよく守った」、「アルヒラルの攻撃が振るわなかった」という印象だ。特にアルヒラルは浦和の守備陣が守りづらくなるような『ダメージ』を与えることができなかったように見受けられた。今回は「相手にダメージを与える攻撃」とは何か、試合の振り返りと共にまとめていく。

『動』の最終ラインと『静』の前線

試合の序盤はアルヒラルがボールを握り浦和陣内に攻め込む時間帯が続いた。アルヒラルは1stレグの結果を受けて最低でも1点が必要だったことや、追い風で浦和の陣地回復するロングボールが機能しなかったことで勢いに乗った。

アルヒラルはボランチのアルファラジとLWGのアルドサリが出場できなかったため、この試合はカリージョ、オタイフ、アルハムダンが先発入り。アルヒラルの基本的なボール保持は下の図のように2CB+オタイフに左に流れたカリージョがサポートする形が多かった。

浦和の基本守備陣形とアルヒラルの攻撃陣形

監督の指示なのかわからないがアルヒラルは浦和の2トップの背後をとってこないので、浦和の2トップがパスコースを限定してサイドへと誘導する作業は容易だった。カリージョには自由が与えられているように左右に献身的に動いてボールを引き出していたが、彼を浦和の2列目の前でボールを持たせる分には全く恐くなかった。浦和が中央を2トップとダブルボランチで閉めていたので自然とアルヒラルの攻撃はブロックの外から攻める形が多くなった。ここまではほとんど1stレグと同様の流れだ。

試合立ち上がりの3分の場面では1stレグのアルヒラルのゴールを彷彿とさせるようなムーブを展開。RCBのチャンヒョンスからRWGのミシャエウにボールが渡ると、ミシャエウはドリブルの構えを見せた。

ミシャエウのドリブル突破はこの試合でも脅威となった

関根がプレスバックしてきたこともありミシャエウはアーリークロスを選択し、そのボールがイガロとアルハムダンのところへと渡りアルヒラルがいきなりチャンスを作る形となった。

3:56のアルヒラルのチャンス

この試合でも浦和のサイドでのSBとSHのダブルチームは有効で、特にドリブルが得意なミシャエウにとっては人数をかけて対応する意識は高かった。

前半8分ではアルヒラルは左サイドから攻撃。カリージョからLSBのアルブレイクへとパスが出た時にRSBの酒井がプレス。酒井が釣り出されたことで酒井の背後にスペースが生まれ、そのスペースに走り込んだLWGのアルハムダンがアルブレイクからボールを受けたが、RCBショルツが素晴らしいカバーで対応した。

8:40のアルヒラルの攻撃

浦和からするとCB-SB間へのチャンネルランはかなり厄介で、特にCBがカバーに行かないといけない状況になるとゴール前が手薄になるので、チャンネルランを使った攻撃を続けられると厳しくなっただろう。しかし、アルヒラルの前線はチャンネルランでPAのポケットを取りに行くような攻撃があまり見られなかった。特にCFのイガロ、ハーフレーンに立ち位置をとるカンノとアルハムダンは背後を取る意識が低く、浦和の守備陣にダメージを与える攻撃にはならなかった。

最終ラインでは2枚や3枚に形を変えながらビルドアップを行うのに対して前線は5レーン各選手が立ち位置を取るだけでそこからの流動性は見られなかった。その結果、アルヒラルは最初の10分以降、あまり深い位置への侵入ができなくなり攻撃が停滞していった。

2人だけの関係

アルヒラルの攻撃は主にサイドを中心に行われた。しかし、右サイドではミシャエウが大外に張り出して、RSBのアブドゥルハミドがアンダーラップ(インナーラップ)を仕掛けるだけだった。従って、浦和は明本と関根のダブルチームでミシャエウのドリブルを対応し、アブドゥルハミドに対しては岩尾がスペースの管理だけしていれば問題なかった。25:56のようにミシャエウがパスの出しどころに困ってドリブルで突っ込まざるおえない状況まで追い込み、明本と関根で奪い取るというような良い守備ができた。

25:56の浦和のダブルチーム

攻撃がどんどん停滞していくアルヒラルはビルドアップでも引っかかる場面が出始める。27:20では下の図のように浦和の2トップが上手くプレスをかけてパスコースを限定、オタイフが苦し紛れに出した縦パスを伊藤がインターセプトしてカウンターへと繋げた。

27:20の浦和のプレス

アルヒラルはアルファラジ不在の影響が大きく、ビルドアップではカリージョが加わらないとボールを前に進められないような状況だった。

浦和にとって危険な場面といえばアルヒラルがサイドチェンジしたことで1stディフェンダーが遅れて出て行き対応が後手を踏んだ状況のみ。20分の左右に振られた後にクリアが中途半端になってミシャエウにシュートを打たれた場面や、34分の左のバイタルエリアでボールを持ったカリージョからのフワッとした背後へのボールにRSBのアブドゥルハミドが飛び込んだプレイ、そして41分に右サイドのカンノから中央からやや左にいたカリージョへと横パスが渡り、強烈なシュートをお見舞いされた場面くらいか。組織が崩されて人が足らずに危険という場面はほとんどなかった。

カリージョやオタイフが入ったことでサイドチェンジの回数は1stレグに比べて2ndレグの方が多くなったはずだ。もっとアルヒラルが徹底して左右に振るような攻撃してきていたら浦和の守備陣にもっとダメージを与えられていたかもしれない。

相手にダメージを与える攻撃

矢印が前のアルヒラルの守備

アルヒラルは守備時には矢印が前に向いていることが多い。彼らの選手の質や戦力を考えれば、相手からなるべく早くボールを取り上げて自分達のボール保持の時間を増やそうとするのは理解できる。

1stレグでもアルヒラルは浦和にハイプレスをかけてきたが、この試合ではシステムを4-3-3に変更したこともあり、プレスのかけ方は変わっていた。前半の立ち上がりこそは下の図のようにイガロがGKの西川までプレスに出てきたが、それ以降はCBからプレスをかけ始めた。

前半立ち上がりのアルヒラルのプレス

浦和はそもそもボール保持することにこだわっていないのだが、8分の場面では少し淡白な攻撃となった。下の図ようにホイブラーテンがボールを持った時に浦和は興梠が偽9番で中盤に下りてきて菱形を形成、両SHが背後を狙う形に。このシフトは浦和がよく見せる形でアルヒラルも背後の警戒を強めていた。浦和にとって強い向かい風があったことも考えると、小泉や岩尾のところから逆サイドの酒井まで展開したかった場面だったが、リスクを取らないでロングボールを蹴ったことで再び相手ボールとなった。

8:00の浦和のビルドアップ

アルヒラルも意図的にLCBのホイブラーテンにボールを持たせて、浦和が右サイドへとボールを展開できないようにサイド圧縮をかけてきた。1stレグでは基本的に前から人を捕まえにくるようなプレスだったが、この試合ではシステム変更もありサイドへ押し込んでボールに圧力をかける守備となった。

前半の23分くらいまではアルヒラルのプレスに上手くボールを保持する時間を作れなかった。

浦和のストロングポイントとアルヒラルのウィークポイント

アルヒラルのハイプレスをようやく掻い潜ることができたのは23:37の場面。CFのイガロが意図的にショルツへのパスコースを切りながらホイブラーテンのサイドへ誘導しながらプレス。LWGのアルハムダンが内側へ絞り、サイド圧縮することで伊藤を監視してきた。それに対して、小泉が下りてきて瞬間的にフリーになりフリーになっている酒井へと展開してアルヒラルのハイプレスを攻略した。

浦和のビルドアップとアルヒラルのハイプレス

最終的に酒井からライン間の興梠を経由して左サイドの関根がシュートまで持っていった場面だった。

前述したようにアルヒラルは守備時には矢印が前に向いているので、プレスを剥がすことができると一気に浦和のチャンスになることが多い。この試合はカリージョがIHに入っていたこともあり、アルヒラルの左サイドの守備の強度やプレスバックは緩かったので、如何にアルヒラルの1列目や2列目を超えて右サイドへ展開するかが鍵となった。

29:12のビルドアップでは下の図のように岩尾が2CBの間に下りて最終ラインを3枚に。その結果、これまでビルドアップ時にボールを持たせて貰えなかったショルツがいる右サイドへとボールを展開することができた。ショルツから2列目を越えるボールが大久保へと渡り、大久保からライン間にいる興梠へとパスが繰り出された。大久保にボールが入った瞬間に伊藤がハーフスペースへ顔を出す。この伊藤の3列目から前線へ飛び出していくのはマッチアップがカリージョだったこともあり、非常に有効だった。この場面でも大久保から興梠へのパスは通らなかったがセカンドをすぐに回収することに成功。

29:12の浦和のビルドアップ

この場面の後に興梠の決定機が生まれるが、特筆すべき点は酒井が興梠へクロスを入れる前にカリージョとの1vs1の場面が生まれているということ。これは浦和のビルドアップ時に伊藤が前に飛び出したことでマークに付いていたカリージョも戻らざるおえなくなった流れで酒井との1vs1の局面へと繋がっている。

39:50も同様にアルヒラルは浦和の左サイドへとボールを誘導したのだが、明本がドリブルで中央へと持ち運び右サイドへと展開。ショルツから酒井へと繋ぎ、伊藤が再び3列目から前に飛び出してボールを受けた。その瞬間に大久保のマークが外れて、伊藤から背後へのパスが出たがLCBのアルブライヒがカバーして対応。

39:50の浦和の攻撃

この場面ではシュートまで持っていくことはできなかったが、アルヒラルは確実に浦和の右サイドからの攻撃に手を焼いていた。特に浦和のストロングである右サイドからの攻撃とカリージョが伊藤についていかなければいけない状況には問題を抱えていることは明らかだった。

相手の急所を突く

後半に入っても浦和の狙いは明確だった。アンカーのオタイフは小泉にタイトに付く傾向があり、オタイフの両脇には大きなスペースが生まれる。そのスペースに伊藤が飛び出す形は後半の頭から見られた。

46:16の場面ではショルツから大久保へパスが出た瞬間に伊藤がスプリントして飛び出していく。するとアルヒラルは中盤で人を捕まえているはずなのに、伊藤がフリーでボール受けることができた。

伊藤の3人目の動き

要はマンマーク気味に付かれてたとしても、動き出しの早さで瞬間的に浮くことはできるので、伊藤が度々見せていた3人目の動きは有効だった。しかも、伊藤のマークがカリージョだったこともあり、プレスバックの意識が低かったことも浦和の計算済みだろう。結局、得点に繋がったFKはこのプレーの流れから小泉がファウルを獲得して生まれたものだった。緻密に相手の急所を攻撃し続けた結果、値千金のゴールへと結びついた。

54:41では前半と同様に左から右へとボールを運んで酒井にボールが入った際には伊藤が前に抜けてフリーでボールを受けた。残念ながら走り込んだ小泉へのパスは合わなかったが、オタイフが人に食い付くことでハーフレーンには広大なスペースが生まれていた。

54:41の浦和のプレス回避からの攻撃

後ろからタイミングよく選手が飛び出してくるという点に関してはアルヒラルに欠けてたものであり、浦和がゲームをものにする要因となった。

『カオス』を作れなかったアルヒラル

現代サッカーはどんどん進化し続けており、今では5レーンに人を立たせてパスを要求するだけでは攻撃は停滞するようになってしまった。この辺のアップデートがアルヒラルはされてなかったので、高いクオリティーを持つアルヒラルが多くのチャンスを作れなかった原因だろう。

綺麗すぎる立ち位置

例えば、61分の場面ではアルヒラルはしっかりと5レーンを埋めて幅も取れている。しかし、5レーンにいる前線の選手たちは浦和の4-4-2のブロックに隠されてしまっており、パスが受けられない状況となっている。また、浦和は後半からRSHの大久保を浦和の2トップの脇からボールを運ぼうとするアルヒラルの選手に迎撃するプレスも行いはじめた。

61:29のアルヒラルのボール保持と浦和の4-4-2ブロック

アルヒラルにとって「どうやって浦和のブロック内に侵入するのか」という工夫は2試合を通じて見つからないまま終わったのではないだろうか。1つ言えることは、アルヒラルの前線の選手は浦和の選手たちのマークを混乱させるような動きが全くないということだ。綺麗過ぎる立ち位置は浦和の守備のやりやすさに繋がるので、もっと瞬間的にごちゃごちゃした『カオス』を作り出さなければいけない。

レーンを移動したり、選手がローテーションをしてマークを外したり、背後を取る選手とライン間で受ける選手を作り、最終ラインで段差を作るようなアクションはアルヒラルにはなかった。

『カオス』を作りだせる選手

そして、その『カオス』を作り出せるアルヒラルの選手はアルドサリとミシャエウなのだが、アルドサリは1stレグの退場で出場停止。ミシャエウのみとなり、浦和は警戒する場所が定められるので守りやすくなった。

72分のアルヒラルの攻撃はナーセルアルドサリからアルブレイクへ浮き球のパスが出た際にミシャエウが3人目の動きでサポートに入ってボールを受けたところからアルヒラルのチャンスが生まれた。

72:35のアルヒラルの攻撃

これまではボールの出し手と受け手の2人の関係性だったのが、ミシャエウが機転を利かせて3人目のサポートに入ったことで浦和の守備ブロック内に侵入することができた。

しかしながら、67分のアルヒラルの4-3-3から4-4-2へのシステム変更によって前線の停滞が顕著になる。2トップのイガロとアルシャフリは前線にどっしりと構えるタイプでオフザボールの動きの質はそれほど高くはない。その結果、アルヒラルの攻撃はSBとSHで攻略することを強いられた。

それでもアルヒラルは個のクオリティーはあるので80:35のような、ミシャエウが1人でカットインでマークを剥がしてシンプルなクロスからチャンスを演出することできるのはアルヒラルの恐さだった。

80:35のミシャエウのカットインクロス

90分にはラフにゴール前に送られたボールからイガロが決定機を迎えるが西川のセーブで凌ぎ、最後まで集中力を切らさずに強固な守備を貫いた浦和の勝利となった。

進化が続く現代サッカーにおいて常にアップデートを求められる厳しい世界。2019年の時は手も足も出なかった力関係が戦術のアップデートだけでひっくり返ってしまうことがあるということだろう。もちろん、各チームの所属選手も入れ替わりがあるので一概に比較することができないが、浦和の優勝はアップデートを絶やさなかった努力の成果なのではないだろうか。

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