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プレスにおける解明度

0-1
最下位で勝点を何としてでも積み上げたい湘南と、優勝争いに喰らいつくために勝点3が欲しい浦和の対戦は、ホセカンテの芸術的なゴールで浦和がアウェイで貴重な3ポイントを得た。

この試合のチャンスシーンは両チーム合わせてもさほど多くはなかった。これは両チームが相手の良さを消したとも捉えることができると共に、良さを出せなかったと捉えることもできる。今回はなぜそういった試合になったのかまとめていく。


プレス時のタスクとトリガー

湘南はプレス時には5-3-2からIHのプレスによってWBとワイドCBがスライドするやり方を採用した。

プレスのタスク

下の図のように2トップのタリクと大橋のどちらかがアンカーの位置にいる岩尾をマーク、もう1人がCBへと出ていくことで片方のサイドへと誘導する役割。CB間の横パスに対してFWが出れる場合は出て行くが、間に合わなければIHが前に飛び出してプレスをかける(図ではRIHの池田)。そしてサイドへと更に追い込みをかけてCBから大外のSBやSHへのパスに対してWBやワイドCBがスライドしてボールを奪う。

湘南のプレス

興味深いのがIHの守備時のタスクだ。RIHの池田はハーフレーンの管理で浦和の左サイドのハーフレーンには基本的にショルツだけ(安居が下りてくることもあるが、田中が捕まえる)なので池田が直線的に前に飛び出してショルツまでプレスに出ていくことが多かった。

一方でLIHの平岡は伊藤のマークと低い位置の大外にいる選手へのプレスがメインのタスクとなった。浦和の伊藤はアンカーに岩尾が入るため右のハーフレーンを主戦場にする。従って伊藤のマークが基本タスクとなり、更にRSBの酒井や伊藤が大外のレーンの低い位置にいる時にもしもWBが前に出てこれない場合は、平岡が大外まで出ていくことも求められていた。浦和のビルドアップ時の各選手の立ち位置によって湘南のIHのタスクが異なるのは興味深い。

プレスのトリガー

湘南のプレスのトリガーは浦和のCBからサイドへと出されるパスでWBを押し出してボールを奪う形が多かった。

もちろんハメに行く時は人を捕まえるのだが、湘南のプレスの原則はタスクで決まる。基本的にそれぞれの選手に守備を担当のエリアがありそこに入ってきた選手を捕まえてボールハントを狙うというものだ。ただし、局面において自分のマーカーに付いていくことや、他の選手のカバーでマーカーを変えることもある。例えば下の図のように外側に流れたボランチの伊藤に対してはLIHの平岡が付いていき杉岡と共に2v1の局面を作った。

サイドへと誘導してボールサイドに圧縮をかける

ハーフレーンでボールを受けようとする選手に対してはワイドCBが飛び出して対応するか、あるいはアンカーの田中がスライドして穴を埋める。45:57の場面では上手く中盤でボールを奪い良い状態でショートカウンターに移行することができた。残念ながらスルーパスの質が低くシュートまで持っていくことができなかったが、プレスから良いボール奪取は何回か見られたので、今後はショートカウンターの精度を上げていきたいところだ。

湘南のボール奪取からのショートカウンター

不透明な基準

そんな湘南のプレスに対して浦和はホセカンテや大久保の個の能力を活かした質的優位を使って前進するか、プレスの基準を曖昧にさせることによってフリーの選手を作り、前進していくやり方だった。

1:57はこの試合でRCBに入った岩波のロングフィードからRSBの酒井が背後を取り一気にアタッキングサードへと侵入した。

1:57の浦和のロングフィードを使った攻撃

湘南はWBが積極的に前に飛び出してスライドしてくるので、WBの背後のスペースへボールを送りひっくり返すことは非常に有効だった。特に浦和の最終ラインではショルツ+岩波+岩尾vs大橋+タリクの3対2の構造になっているので2CBは余裕を持ってボールを持つことができた。従ってノープレッシャーの中で繰り出さられる岩波のロングフィードは非常に質の高いものとなった。

37:55では岩波から明本への対角のロングフィードで決定機を作り出した。

岩波のボールにアウト回転をかけて体の向きとは逆方向にロングパスを出す技術は類稀なるものでこの試合でも存在感を示していた。

浦和のサリーダとIHのプレスの基準

湘南のプレスの構造は浦和が左右非対称の立ち位置を取るために湘南の選手のタスクも異なる。LIHの平岡は基本的にハーフレーンを埋めたところ(伊藤のマーク)から、必要に応じて外側に飛び出して圧力をかける。浦和はその構造を利用して平岡を外側へ釣り出してハーフレーンを空けることで縦パスを打ち込んでいた。

4:40では伊藤がハーフレーンから外側に流れることで平岡を外側へ釣り出してハーフレーンを空ける。そして岩波からハーフスペースに顔を出した大久保へと縦パスを打ち込んだ。大野が前に出して対応するが、大久保はフリックでホセカンテとのコンビネーションで剥がそうと試みた面白い局面だった。残念ながら少しズレてしまいキムミンテがカットしたが面白いチャレンジだった。

4:40の浦和のハーフレーンを使ったビルドアップ

5:50はRSBの酒井からハーフレーンに下りてきたCFのホセカンテへの楔から3人目の動きで伊藤が前向きでボールを受けることができた。意図的にホセカンテが伊藤に落としたか、ただのコントロールミスかは定かではないが、平岡が酒井へのプレスで外側へと釣り出されていることで湘南のハーフレーンの対応が曖昧になり、遅れて大野と田中がホセカンテへとプレスをかけた。しかし、ホセカンテがワンタッチでフリーになった伊藤に繋げたことで浦和は良い形で逆サイドの関根まで展開することができた場面だった。

5:50の浦和のハーフレーン攻略

個人的に特に強調したい局面が10:40の浦和のビルドアップだ。試合開始から10分の間にLIHの平岡に外側へのプレスを意識付けさせることができたので、平岡のハーフレーン(伊藤へのマーク)への意識が弱まっていた。そこで岩波が平岡の裏をかいて伊藤へと縦パスを指し込み、伊藤がシンプルに落として前向きの岩尾(3人目)を使うことで前進+逆サイドへと展開することができた局面だった。

浦和の3人目を使ったビルドアップ

試合の立ち上がり10分過ぎた辺りまでは浦和が背後と手前を上手く使い分けて前進することができていた印象を受けた。特に湘南の左サイドで「平岡が外に釣り出された時にハーフレーンを誰が管理するのか」という問題を突いて湘南のプレスの基準の解明度を下げさせたことが浦和が前進することができた要因だろう。

チグハグな狙い

前半10分過ぎた辺りから湘南がWBを起点に浦和陣内への攻め込む時間が10分くらい続いた。そこで浦和はゲームをコントロールするためにボール保持を安定させようと岩尾をCB間に下ろしたサリーダの動きで最終ラインを3枚にしてビルドアップを行った。しかし、この変化によって平岡のハーフレーンの立ち位置から直線的にプレスに出て来れるようになったため、湘南のプレスの基準が明確になりプレスのスイッチを入れられるようになった。22:10では平岡が飛び出して岩波へとプレス、岩波は酒井へと縦パスを入れるがパスコースが限定されているために大野もしっかりと飛び出して対応してボールを奪った。

浦和のサリーダでのビルドアップと湘南のプレス

そもそも2CB+岩尾のビルドアップでショルツと岩波には十分余裕が確保されていたのだが、逆に岩尾が下りてくることで湘南のプレスの型にハマりにいく形となり、浦和は自らを苦しめてしまった。

例えば、66:12のように岩尾が下りてくることで3vs2の状況を作り、空いているCBから前進するという狙いがあるのならこの岩尾のサリーダは納得がいく。

66:12のサリーダを活かしたビルドアップ

しかし、先程の局面では空いているCBから前進するでもなく、ただただ湘南にプレスのトリガーを与えてハマりに行ってしまっていた。「どういった狙いで岩尾を最終ラインに下ろしてプレーさせているのか」がいまいちピンとこないところが浦和のビルドアップでの不可解な点である。

また、浦和の得点に繋がる前のプレーでも浦和は後ろを2枚でボールを保持して、CBとSB(WGポジション)の間に小泉が流れてきてボールを受けてサイドチェンジしたところからゴールに迫っていった。

ホセカンテのゴールに繋がる起点となったプレー

ビルドアップ時の後ろの枚数調整も大切なのだが、それ以前に2列目や3列目の立ち位置や連動したユニット戦術があれば最終ラインへの皺寄せがないのではないかと思ってしまった場面だった。ユニット戦術の部分で3人目の動きを使って前向きの選手を作るやフリーの選手を作るといったことがあまり上手くいっていないことの方が問題なのかもしれない。

対4-4-2ブロックにおけるWBの優位性

湘南は攻撃時にはWBが積極的に前に出ていき高い位置で幅を取る。4-4-2のブロックで守る浦和の守備に対してWBの幅を活かして攻め込むのは有効な手段であった。しかし、湘南の課題はWBの優位性がなかなか出せないことだ。

4:53では湘南がこの試合で数少ないPA内のポケットへと侵入できた場面だった。LCBの大野からLWBへの杉岡へのパスで酒井を釣り出して、背後のスペースに中央から斜めの動きで平岡がボールを受けた。杉岡は更にオーバーラップでPA内へと侵入してチャンスになりそうな場面を作り出した。

4:53の湘南の左サイドからの攻撃

この場面は中央のレーンから平岡が飛び出したことで浦和の対応が後手に回ったことでチャンスになりかけた。更に杉岡がオーバーラップで数的優位を作ったことも大きい。このようなダイナミズムが湘南のアタッキングサードでなかなか見られないことが1つの大きな課題である。

19:46の場面では湘南の右サイドで似たような状況になった。RWBの畑とRIHの池田がワンツーでサイド攻略を試みるが、この局面では先程のようなダイナミズムはなく、2人とも同じレーン内でのプレーの連続となっている。これでは浦和のDFが次に起こるプレーを予測して対応することができるためサイド攻略することが難しくなる。

19:46の湘南の右サイドの攻撃

また、ダイナミズムに加えて局面の変化も少なく、同サイドでの攻撃が多くなってしまうのが湘南の攻撃時の課題の1つだ。WBがいるので幅を最大限使いながら攻め込みたいところだがこの試合でサイドチェンジからの攻撃はさほど多くなかった印象を受けた。浦和陣内に押し込むことができていた時間帯が少なからずあったので、もう少し左右に揺さぶって浦和の4-4-2のコンパクトな守備陣形を広げてギャップを突いていきたいところだった。

例えば、56:57の場面では大橋のキープで上手く前進することができ、大橋から逆サイドの杉岡へのサイドチェンジが通った。サイドチェンジが起こるとDFは身体の向きを反転させるためにマークが疎かになりがちで、そのタイミングでクロスは非常に有効となる。良いタイミングで杉岡はクロスを試みたのだが、クロスの質が伴わずボールはそのままゴールラインを割ってしまった。

56:57の湘南の攻撃

74:32も同様にRCBの岡本から杉岡へと大きなサイドチェンジが通り、LCBの大野が上がってきて数的優位を作り出す。大野がフリーの状態でアーリークロスを入れて最後はゴール前に飛び込んだ大橋に合えばという場面を作った。

74:32の湘南の大きなサイドチェンジからのチャンス

WBの優位性である幅を上手く使い、横への揺さぶりをかけるだけで、ゴール迫れる確率はグーンと高くなる。しかしながら、この試合の湘南はWBの優位性を最大限に活かすことができずに不完全燃焼で終わってしまうもったいない攻撃が多かった。浦和の組織的な守備によって同サイドでのプレーを迫られたこともあり、最終的に決定機はおろか、PA内に侵入することにも手を焼き、厳しい戦いとなってしまった。

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