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サッカーにおける『ペダゴジー(指導/教育学)』とは

サウスウェールズ大学院での授業が始まった。この夏、サウスウェールズ大学を卒業したばかりなので、また授業と課題の日々が戻ってきたなという感覚と新たなことを学べる喜びが溢れていた。

講義の様子

大学院では3〜4日間の集中講義が1ヶ月に1回程度ある。そして、今回の講義でサッカーの観点から『ペダゴジー(指導/教育学)』について学んだので、自身の復習も兼ねてまとめていく。

ペダゴジーとは

まずはペダゴジーの語源と意味から。

「ペダゴジー」とは、ギリシャ語で子どもを意味するpaidと、指導を意味するagogus の合成語で、子どもを指導する教育学のことを意味します。 「子どもを対象に物事を教える」というのが最大の特徴で、他者依存的な教育体系となります。

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簡単に言い換えるとペダゴジーとは指導/教育学のことを意味する。

サッカーの指導者にとってコーチングの目的を「選手を成長、育成させる」という視点で捉えた時にコーチングはまさに『ペダゴジー』そのものだと考えることができる。

指導vs教育

では、指導(coaching:コーチング)と教育(teaching:ティーチング)で違いがあるだろうか。

1番わかりやすい比較がサッカーのコーチと教員だ。世間一般ではコーチは指導をする人、教員は教育をする人と捉えられているはずだ。

従来の考えでは指導と教育は別物だと考えられていた。指導は「練習などを通じてアスリートの物理的なスキルを伸ばすこと」、教育は「個人の総合的な成長」と捉えられてきた。

しかし、近年では指導も「教える環境が異なるだけで、指導を通じて個々を学習させるという点で違いはないと捉えることができるのではないか」という見方が広がっている。

例えば、数学の教員が生徒たちに数学の知識やスキルを学習させるのと同様に、サッカーのコーチであれば、サッカーの知識やスキルを選手たちに学習させる。更に言えば、体育の教員とサッカーのコーチを比較すると、環境からくる違い以外は学習プロセスに違いはほぼない。教科や環境が違うだけであり、1人ひとりに知識やスキルを学習させるという意味では違いがないのではないだろうか。

従って、コーチ(指導者)を単なる仕事や役職として捉えるのではなく、エデュケーター(教育者)として捉えることができるという視点が広がっている。

3つのペダゴジースタイル

指導を教育と同様に捉えることができると、ペダゴジーのセオリーやコンセプトを現場でも使うことができる。

ペダゴジー(指導/教育学)には大きく3つのスタイルがあり、学習者(選手)の成熟度に合わせて使い分けるとより効果的なコーチングになると言われている。

3つのペダゴジースタイル
ペダゴジー: 子ども向け
アンドラゴジー: 青年向け
ヒュータゴジー: 大人向け

ペダゴジー

少しややこしいのだが、指導/教育学のことを指す『ペダゴジー』と、ここでいう"ペダゴジー"は意味が異なる。ここでいう"ペダゴジー"は学習者(選手)に教育(指導)する際の1つのスタイルである。

"ペダゴジー"は主に教育者、指導者が中心となって学習を進める従来の教育方法だ。学校で先生が生徒たちに「○○をしてください」、「ここはこうです」と言って、学ばせたい知識やスキルに引っ張っていくように、教育者→学習者の一方的な関係性である。

"ペダゴジー"は特に子どものように自分で考え行動することが難しい年代に対して効果的で、教育者が学習プロセスをコントロールしてあげることで学習の成果を高めることができる。

例えば、サッカーの1vs1の練習で小学2年生の選手に対して、「ドリブルする時に相手DFとの間合いが近いすぎるから、もう少し早いタイミング(相手との距離が十分な時)で方向変換をしよう」と言ったコーチングが"ペダゴジー"だ。指導者が練習のメニューやオーガナイズを決めて、選手たちにプレーさせながらコーチングによって1vs1の学習をさせる。

アンドラゴジー

アンドラゴジーは青年向けのスタイルだ。先程の"ペダゴジー"とは違い、学習者(選手)自らが考えてトライするプロセスが入ってくる。教育者は学習者に対して学習のゴールに向かわせるようにガイドすることがメインの働きとなってくる。従って、教育者⇔学習者の相互的関係性となる。

アンドラゴジーは学習者が自ら考えて答えを探すことになるので、学習者にある程度の自主性が求められる。教育者は質問や問いを学習者に与えながらゴールへと導くことが重要になってくる。

先程の1vs1の例で考えると指導者は選手にたいして「どうやったら相手DFを抜けるかな?」、「何が問題で相手DFにボールを奪われてしまっているか?」というような問いを投げかけて選手に答えを見つけ出させるやり方になる。

ヒュータゴジー

ヒュータゴジーは学習者の主体性が十分にあり、学習者の自主性を求めるスタイルだ。教育者がいた"ペダゴジー"やアンドラゴジーとは違い、学習者の自習がメインの学習プロセスとなる。従って、学習者自らに矢印を向けさせるスタイルだ。

アンドラゴジーでは教育者が学習者に学びをデザインさせて、自らが学習の中心とさせる。教育者の学習のコントロールは"ペダゴジー"やアンドラゴジーに比べると少なくなり、学習のフレームワークも学習者が見つけ出す。

サッカーで例えると、コーチが選手たちに「1vs1の練習をするから自分たちでメニューをプランして、どうやったら1vs1が上手くなるか考えてみよう」と選手たちが自らが1vs1を学習するやり方を模索させる。

3つのペダゴジースタイルを比較した表が下の図だ。左に行けば行くほど、教育者のコントロールや学習するストラクチャーが必要になるが、学習者の自主性や主体性は必要なくなる。逆に右に行けば行くほど教育者のコントロールや学習するストラクチャーが必要なくなるが、学習者の自主性や主体性は必要になってくる。

3つのペダゴジースタイル

指導者は学習者の主体性や自主性を考慮して最適な学習方法を見つけ出したい。

ペダゴジー、アンドラゴジー、ヒュータゴジーのそれぞれの特徴が説明してあるので興味がある方は英語にはなりますが見てみてください。

成長/学習の性質

普段選手たちを指導している方ならわかると思うが、選手の成長/学習が予想通りにいくとは限らない。むしろ予想通りにいかないことがほとんどである。

これは成長/学習は一直線に右肩上がりに伸びていくわけではなくて、ジェットコースターのように曲がったり、落ちたり、上がったりしながら伸びていく複雑なものであるからだ。

サッカーで言えば、指導者が教えたことを選手・チームがすぐに表現することが難しいのと同じである。また、昨日できていたことが、次の日にはできなくなっていることや、新しいことを教えたら以前に教えていたことが失われてしまったなんていうこともあるだろう。

だからこそ、指導者には忍耐力が必要で選手が成長/学習するまで根気強くサポートしてあげることが必要だ。

コーチングに欠かせないスカッフォールディング(足場)

建設現場などで見る『足場』。英語ではScaffold(スカッフォールド)と呼ぶ。

イギリスの足場

足場は何のために作られるのだろうか。

様々な目的があるだろうが、基本的には「安全」と「高い建物を建てるため」であるはずだ。

ここで唐突だが、何か建物を造る時のプロセスを考えてみてほしい。

専門分野ではないので間違っていたら申し訳ないが、建物を建てる時のプロセスは大まかに見ると以下のような流れなはず。

1.情報収集(どこに建てようか、土地の面積、ロケーション)
2.プラン(いくら必要、どのくらいの材料、建物の構造/設計、期間、etc)
3.土台造り
4.足場を立てる
5.建物を造る(下から上へ)

そして、「選手の成長も建築と同じようなプロセスではないか」というのが、ペダゴジーのコンセプトである。

1.情報収集→選手の特徴を理解する(長所短所など)
2.プラン→トレーニングプラン(どんな練習をするのか、どこを伸ばすのか、どれくらいの時間
、etc)
3.土台造り→成長に必要な基礎技術/スキルを習得させる
4.足場を立てる→トライ&エラー
5.建物を造る(下から上へ)→成長

そして、先程も説明したように選手の成長/学習は直線系ではないため、指導者が選手の成長/学習をサポートしてあげることが必要になる。そこで選手の成長のために指導者がスカッフォールド(足場)を作ってあげることが重要となる。なぜなら足場がなければ選手は安全に高みを目指すことができないからだ。

もし成長しようと何かにトライした時に失敗したとしよう。足場がなければ選手は高いところから落ちてしまい、その失敗から立ち上がれないかもしれない。そして地面に落とされた時にには目標とするところの高さに絶望を感じて高みを目指すことを諦めてしまうかもしれない。

しかし、足場があれば落ちたとしても受け止められるので、地面に叩きつけられることもなく、またすぐに再トライすることができる。

3つのゾーンで捉える成長

基本的に選手が成長する際に3つのゾーンで成長を捉えることができる。下の図のように中央の青い部分が「選手がサポート無しでできるゾーン」。その外側の中間ゾーンが「選手がサポートありならできるゾーン」、そして、更にその外側が「選手がまだできないゾーン」。

成長はこの丸のゾーンを徐々に大きくしていく作業

そして、この中間ゾーンである「選手がサポートありならできるゾーン」が選手の成長には不可欠である。

例えば、『リフティング連続10回』が選手の目標だとする。その選手は連続2回は自力でできるが、それ以上はできないとする。そこで指導者が選手にリフティングのコツ(ボールの中心を捉える、インステップでボールを蹴るなど)を教えると連続5回できたとする。この3回〜5回のゾーンが「選手がサポートありならできるゾーン」になる。そして、徐々にコツを掴んでいって連続5回は自力でできるようになる。すると、今度は〜5回が「選手ができるゾーン」、6回〜10回が「サポートありならできるゾーン」、そして11〜15回が「まだできないゾーン」となるわけだ。このように徐々にできるゾーンを広げていく作業がまさに成長のプロセスなのだ。

しかし、この成長のプロセスは複雑なので、リフティングが10回できたあとに、5回しかできなくなることもあるだろう。だからこそ、その時々に合わせて指導者は選手がトライ&エラーできるようにスカッフォールド(足場)を作って選手が自信を無くしたり、モチベーションが下がらないように受け止められる状態を作っておくことが大切だ。

チャレンジ×サポート

では、選手が成長するために指導者はどのような環境を作るべきなのか。

選手が成長することができる最適な環境には『チャレンジ×サポートの法則』が関わってくる。下のグラフが『チャレンジ×サポートの法則』である。

『チャレンジ×サポートの法則』

選手にとってチャレンジ性が低くサポートも少なければ、ほぼ現状維持で成長は期待できない。

チャレンジ性が高く、サポートが足りないと選手にとっては成長へのモチベーションを維持することが難しく、バーンアウトや失敗から立ち直れないといった状態に陥ってしまい成長が難しい。いわゆる足場のない挑戦になってしまう。

逆にチャレンジ性が低く、サポートが手厚い環境では選手にとっては心地良すぎる環境であり、挑戦する機会が少ないため選手の成長が望めない。

従って、指導者は選手にとってチャレンジ性が高く、サポートも十分に受けられる環境を日頃から提供することができると最大限の成長が見込めるはずだ。

最後に作家のAlexander den Heijerの名言でこの記事を締めようと思う。

「花が咲かない時に、あなたは花を直そうとするのではなく、花が咲く環境を整える」

Alexander den Heijer

花が咲かない時に花自体に何かをする人はいないはずだ。花が咲くように花にあった土や肥料を入れて、日当たりを調整し、水をあげて、咲かせる。また、すぐに花は咲くものではなく、手入れをしながら時間をかけて花を咲かせる。つまり、指導者は選手が成長できる環境を整えて、忍耐強く選手の成長をサポートしてあげることが重要だということだ。

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