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誰も通らない道を、選ぶの。

迷った時はね、ゆきちゃん。
誰も通らない道を選ぶのよ。そしたら、必ず強くなれるから。夢で女の子が私に話しかける。
その言葉を私は知っている。これは、
親友のマナの言葉だ。

マナは私の同期で、大学からの知り合いだ。
卒業後は服飾系の仕事をしていた彼女だが、
半年前に会った時には転職していた。
働き始めてから、自分のやりたい仕事を見つけたそうだ。忙しくも生き生きと働く彼女は、やっと一人暮らしと通勤ラッシュに慣れたらしい。

以前にも増して、楽しそうな笑顔を見せるようになった。以前にも、と、ニコニコ笑っている人のような書き方をしてしまったけれど。

実は、マナは笑顔をあまり見せない。

無理に思ってもないのに笑えないの、と、
ドライな口調でこぼす彼女を見たことがある。
シャープで重めのトーン、彼女の高めの声からは意外だった。ふふ、と笑う彼女。意外?と聞いてくる。
答えに困りあたふたする私。

確かに、にこっというスマイルはたまに見るが、派手な笑い方は1度も見たことがない。
喜怒哀楽を、あからさまに出す騒ぎ方もしない。洗練されているという印象に加えて、真意が見えないミステリアスさを醸し出している。

本人は無自覚というものの、笑う時には本当に、嬉しそうに笑う。以前どこかで「とびきりの笑顔は、どの化粧品にも勝る」というフレーズを目にした。この事かもしれない。

休日は何をしてるの?というと、
一人で黙々と本を読んだり、音楽を聴いたり。
あとは家でペーパークラフトにハマっているのだそうだ。これがね、案外面白くなっちゃって……とマナ。どこか嬉嬉としている。

そして彼女は聴き上手だ。
「うんうん、それは辛かったね」「本当はこう思ってたんだね」「よく話してくれたね」……と、優しく聴いてくれる。しかし、投げやりな同調や迎合はしない。ひとつひとつを丁寧に、かつ真摯に聴くのだ。「和して同せず」なマナの姿は、
どこまでもカッコイイ。

メッセージは、親しくなるにつれて長め・重め・真剣味が増すという楽しさ。
恋人とまではいかないけれど、気持ちの面で関係が深まっているのがわかる。決して返信が速いというわけではない。しかし、必ず返ってくるのだ。信頼感。

マナと知り合った時は、お互いに遠慮していた。
相手の邪魔にならないように……と、手短に会話を終わらせたり、会った時にたくさん話すようにしたりしていた。私たちは無意識のうちに、気を使い合うもの同士でもあった。

さて、話し上手は聞き上手というけど。
彼女はそのタイプだ。まず、他人の意見を真っ向から否定することをしない。そうやって誰かの話を受け入れつつ聞けて、なおかつ深く長く考えるタイプの彼女は、すごい。シンプルに。

彼女と親しい人は、彼女と会って話したら「自分が大事にされている」と感じるだろう。
マナは丁寧に話を聞き、細かく質問もする。
興味津々で、とてもキラキラしている。

分からないところ・分かり合えなかった箇所を
放置せず、伝わるまで話し合う。聞き合う。
彼女はこだわりが強いけれど忍耐強い。辛抱強さや、気持ちを受け止める懐の深さは、強みだと思う。マナは密かに私の憧れだ。

そして、会った日。

「ゆきちゃん〜〜ほんとに会いたかった!」
とマナが駆け寄ってくる。彼女の周りに、小さい花が飛び交うのを想像した。「もっと早く会いたかったけど、忙しくてごめんね。今日はすっごく楽しみ」と続ける彼女。「ええっほんと?嬉しい」と私。実は私の方でテーブルを予約しており時間には余裕がある。

人と会う時間は、この瞬間からもう楽しい。
お店を探して、待ち合わせをして、少し歩いてからバイバイするまでの数時間。ともすれば
あっという間に過ぎてしまうその時間と濃さは、大切な人と過ごすからこそ。ふわっと、彼女の着けたゼラニウムの香水が香る。

自分で塗ったという赤とオレンジ色のネイル。
細くて丸っこい指にはめた、ゴールドの大きめのリング。ゆるっと手首に着けたシャンパンゴールドの細長い時計。ぱりっと着こなしたオーバーサイズの白シャツは清潔感を出しながらも、マナのシルエットを柔らかく飾っている。

「これね、肩が丸く見えるの!そこが好きなのよ」とマナ。スポーツをしていた彼女は、肩幅があるのがコンプレックスだったらしい。意外だ。マナはワンピースやニット、ジーンズ、セットアップと様々な服を着る。オシャレさんだ。

おしぼりを手に、メニューを覗く私たち2人。

どれにしようか、と迷った末に王道のサラダ。
マナがシーザードレッシングがダメなのを知っていたので、ベーコンの入ったフレンチ風のサラダにする。覚えててくれたのね、とマナ。
そうだよーと言いつつ、なんか照れくさい。

飲み物は2人とも白ワインをチョイス。
柑橘系のカクテルも良いね、食後のデザートまで美味しそう!と、2人できゃっきゃする時間が楽しい。
その間にサラダが運ばれてくる。

取り分ける私と、「わたし、普段こういうのする側だから嬉しい」と言うマナ。心地よい軽やかなジャズが流れるレストランの中で、そこだけ透き通って見えた。私は誰かと、こういう風に食事をするのが大好きなのだ。

ちらっと彼女の服に目線を戻す。
そこまでこだわりは無い、と言うものの、どこか統一されたトーンで着こなされる服たち。
何だか服が楽しそうだ、と思ったのは生まれて 初めてだった。そんな彼女に見とれていると、
ふと仕事の話になった。

サラダの次は、スペアリブが運ばれてくる。
「わあ、5本も!半分こ出来るかな?」と私。
「半分こしよう!私切っちゃうね」とマナ。

くすくす。にこにこ。乾杯、とグラスが鳴る。

赤みがかった照り色が鮮やかな5本の骨付き肉は、ほかほかと上がる湯気に、ローズマリーとガーリックの香りを運んでくる。控えめに添えられたクレソンの緑と、トマトのビビットな赤色が、映画の中で見るような輝きを放っている。

そして仕事の話の続きに戻る。
私は現在、職を探しつつも「仕事を探す前に欲しい資格を取得する」か、「ひとまず何かしらの職に就く」かの2択で迷っている。現状としては、どちらも来年以降まで長引くだろうし、なにより体力の問題もある。
真剣に迷っている。そう明かした。

実は悩み抜いて体調を崩すほどだった、というのはまだ伏せておいた。

マナはナイフとフォークの位置を整えつつ、少し考えている。目がじっとこちらを見る。真剣だ。「大丈夫よ、ゆきちゃん続けて?」とマナ。

「私はどちらのやり方にも自信がなくって。
それでも、可能なら資格を取ってから動きたい。ただ、反対される可能性も高いし、周りに理解されないかもしれない。私は一人で戦えるのかが、まだ自信がないの。」と、ひと息で吐き出してしまう。

「うん。分かるよ。私も、仕事を辞めて他を見つけるって言った時の周りの驚き方を覚えてる笑
それで、ゆきちゃんはどう思っているの?」とマナ。
「うん、正直なところ、やっぱり怖いの。
前例がないことをすることが怖い。それに、挑戦するには少し腰が引けてる自分も好きじゃないから、、、」と続けた。本音だ。

親にも、恋人にも、言えずにいる本音だ。

マナは少し黙った。引かれただろうか?
もしかしたら、反対されるかもしれない。
怖いなんて甘えたことを言うなと。もしくは、
安全な方を取れと。マナも、他の人と同じだろうか。打ち明けた私は……正解だっただろうか。

ぐるぐると不安が頭を占領して、スペアリブの味が舌で迷子になる。

ゆきちゃん、と呼ばれ、その声に顔を上げる。
「迷った時はね、ゆきちゃん。誰も通らない道を選ぶのよ。今までに誰も足跡をつけなかったところには、今以上にとても素敵なものが待っているから。もちろん私も、アドバイスするような経験値は持ってないけど、」とマナは続ける。

「もちろん怖いよね、挑戦するってこと自体。
でも前に進むのは素敵だし、自分がしたいことがハッキリした証じゃない?それにゆきちゃん、
とりあえず職に就くって話してた時、嫌そうだったんだもの笑」
……わあ、見抜かれている。その通りだった。
私が顔に出やすいのかも。

「それに、誰がどう言おうとゆきちゃんの魅力は変わらないよ。そこで離れていく人は仕方ないってことにしよ。怖かったよね。」
ドライに、ただ温かく言葉を続けるマナ。

「ひとりで動くことは、自由よ。それにゆきちゃん、あなたって思ってる以上に友達が居るんだから安心して。リスクは避けられないけど、悩んだらそこはもう私に頼って。」バシッと言われた。

「うんうん、私の言いたいことを言う前に伝わっちゃった笑」と私。私は、彼女が真剣なことも、口が堅いことも、寄り添ってくれることも、全てひっくるめて好きだ。そのうえ以心伝心ときて、じんわりと嬉しくなる。
だからこの話をするのに、彼女を選んだのだ。

彼女の言葉遣いは魅力だ。
なんて優しい言葉だと思った。
そして、なんて飾らない言葉だろうと思った。
見たままを話す。本当のことを話す。
ただ、そこにはさり気ない配慮がある。

彼女の鋭い洞察力は、優しさベースなのだ。
彼女は(シーザードレッシングと)嘘が嫌いで、
話す言葉は「量より質」のイメージがある。
心の底から助けたいと思うからこそ、より真摯になる。
それはそのまま、彼女の人付き合いにも反映されているのだろう。私は、そんな彼女からの友情と信頼に足りる友でいられるだろうか。

そんなの友達だから当然よ、とマナは笑うかもしれない。

最後のデザートが運ばれてきた。
フォンダンショコラとガトーショコラ。
チョコレートにチョコレートの組み合わせだ。
私たち2人の、どこか似ているようで違うような、2つのケーキ。さっそくフォークを手にする。

ガトーショコラは私の。
上に乗った粉砂糖とソースが滴らないように、
そっと口に運ぶ。ラム酒の香りが広がり、口の中でケーキがほろり。これは好きな食感だ。
マナはというと、フォンダンショコラなんて久しぶりに口にするな〜とはしゃぎながら舌鼓を打っている。
「あ、写真撮るの忘れちゃったね笑」と2人。

その後は帰りに少し服を見て周り、散歩をしてから解散することになった。駅の改札でマナとバイバイをする。

「今日すっごく楽しかった。それに話せて良かったんだ、仕事のこと。」と私。
「大事なことだもの。私こそ、ゆきちゃんから話をしてくれて本当に良かったよ。いつも話を聞いてもらってるから。少しでもお返しになればと思って」とマナ。
いやいや、いやいや、と私たち。

なんだか2人して照れてしまった。

今度は私が相談に乗るね、と約束をしつつ彼女を見送った。階段を降りるギリギリまで手を振る。
出会う時と別れ際、とても大切だ。
いつ最後の別れになってもいいように、いつでも最高のバイバイをする。

次遊ぶ時には、彼女の言葉通りに実現出来るようにと、私は意気込む。

その日に夢を見た。そう、彼女だった。
同じ言葉を私にくれた。
誰にでも、記憶の中で反芻して考える言葉というものがある。これはそのひとつになった。
どうか彼女にも、幸多からんことを。

終わり。

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