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VERBE〜動詞的な日常

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「動詞としての文化」とは何かの考察
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2020年6月の記事一覧

制約が物語を生む

制約が物語を生む

長男が急に高熱を出した。休日や深夜など、小児科が簡単に使えない状況での体調不良は「慣れ」を一気に揺さぶる。イレギュラーな動きでとりあえずのベストを尽くす。

仕事に熱を入れても、結局は子供や家族の予想不可能な出来事がスケジュールに侵食してくる。仕事ベースの社会生活はつねに微妙なバランスの上にある。ゆえに育児を生活の中心に据え、不確実性に対応できる心の準備をしておく。だがそれは「仕事」の優先度を下げ

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「遠く」と「近く」のあいだに存在するもの

「遠く」と「近く」のあいだに存在するもの

とりたてて理由もなく、陳舜臣の『中国の歴史』をめくっている。この本に限らないが、中国文化を扱う作品に関心が向く。思春期には定番ではあるが吉川英治の『三国志』を夢中で読んだ。情景描写、漢詩の引用、書き下し文などに心が奪われる。

そもそもフランス文学を研究対象としている。ヨーロッパという「遠い」世界は、若い頃の自分にとって完全なる未知の世界であり、ファンタジー小説のような風景には強い憧れを持った。そ

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命題に囚われぬように

命題に囚われぬように

フリック入力が得意だが、noteを始めてからは執筆のペースを遅くするために物理キーボードを使用することにした。「キーボードよりもフリック入力の方が早い」という自負があり、自慢げに話していたこともあるが、一度習慣を変えるとすぐにキーボードの方が得意となる。今さっき物理キーボードが壊れたので、久しぶりにフリック入力で文章を書いてみる。iPhoneの感度が悪くなっており、ストレスが強くなる。

「キーボ

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ジャーナリズムの後を歩く

ジャーナリズムの後を歩く

それなりに忙しいと何かを切り捨てでばならない。忙しい中で、本当に必要なことを選び取る。情報のアップデートは僕のような人間には必須だが、新聞を読む暇も限られてくる。

数日ほど新聞を読まず、気分転換の片手間にiPhoneを動かし、SNSのタイムラインを眺める。日々新しい情報が発信され、多くの人が社会や政治にメンションを飛ばす。それは時として怒りを帯びており、冷笑が加えられ、大喜利のような笑いに転換さ

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適応のために物語を紡ぐ

適応のために物語を紡ぐ

基礎ゼミのグループプレゼンを終えた。ZOOMを使用しての共同発表だったが、非常に興味深いものだった。いつもながら、スポーツ推薦生の基礎ゼミを担当していることに幸福感を覚える。

学生たちは大学の学びに関しては「初心者」だが、新たに教えでばならないことは多くない。彼らが「経験」を蓄積しているからだ。スポーツという僕にはあり得ない圧倒的な経験の中に、おそらく人生の様々なものが詰まっている。僕の役割はそ

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古い酒、新しい皮袋

古い酒、新しい皮袋

息子が「逃走中」に夢中になっている。以前のテレビ放送を見て心を奪われたようで、ニンテンドースイッチのソフトを買い、大人顔負けの技術で進んでいっている。

「逃走中」は確かに面白い。そして(もう終わってしまったのだろうか)「戦闘中」という姉妹番組もあった。ともに良くできた番組だが、中身は至ってシンプルだ。言ってみれば「おにごっこ」と「ドッジボール」である。その単純な遊びに「ファンタジー性」を加味し、

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「他」なるものを注視する

「他」なるものを注視する

オンライン授業に追われているが、仮にオフラインだと想定してみても同様に追い込まれる時期だ。それならばあえて研究上の目標を作り、教育と研究の両輪を回してみる。学会の延期を受けて中断していた論考のテーマは、本来であれば来年度のシンポジウムに取っておくべきかもしれないが、この段階で言えることは言っておきたい。

今回のテーマではプルーストのラスキン批評に目を向け、それを堀辰雄の諸作品と繋ぎ直す。ジョン・

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未知のストレスと慣れの獲得

未知のストレスと慣れの獲得

市の田植えイベントの募集に申し込み、長男と体験してきた。

以前から農業体験を「不真面目な仕事」と捉え、重視している。ここでの「不真面目な」とはネガティヴさを意味していない。本来、知識・体力・マーケティング力などを必要とされる農業は極めてテクニカルなものであり、素人に手出しできるものではない。我々は農業体験施設で収穫などを楽しむが、これは「いいとこどり」だ。

我々は極めて不真面目に、遊びの一環で

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手段と目的が溶け合う時に

手段と目的が溶け合う時に

0歳と五歳の息子との時間が生活の中心となっている。この状況は研究にとっては「負担」ではあるが、何事も「捉え直し」が意味を持つ。

若い頃に河合塾で小論文の添削の仕事をしていた。医療系小論の担当教員がメルロ=ポンティ研究者であり、身体を軸にした考察によって「基準」を作成していたことを思い出す。身体の障害を、別の部位によるサポートで克服していくことが可能であり、「欠損」は「新たな能力」の獲得の可能性と

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目の前に現れたものに飛び込む

目の前に現れたものに飛び込む

学生サークルの議論の場に呼ばれ、刑法についての発表を聞いた。

法学部に所属していながら、法律を学んだことがない。フランス語を中心とする基礎教育の担当なので、法学とは専門がズレるが、ほぼ勉強したことがない。学生の方が僕よりもはるかに知識があるため、会話は非常に興味深い。

だが、そのような「異分野の話題」を前に「何も言えない」ということはない。刑法を構成するテーマの中に、自分の専門領域と重なり合う

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選択と排除

選択と排除

忙しさは得てして主観的なものであり、多忙を嘆くと「そんなのはまだ甘い」などと「マウンティング」を受ける。そのような批判の影には、忙しさに対する「客観的な」比較があるのだろうが、客観性が主観性に勝ることのメリットとデメリットはつねに抑えておきたい。「目の回るほどの忙しさ」が客観的にどのレベルなのかは知らないが、少なくとも僕は忙しくて目が回っている。

この状況で「選択できること」などたかが知れている

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宇宙を想像し、心中に思い描く

宇宙を想像し、心中に思い描く

次男のミルクタイムにNetflixを見ることが習慣だが、ノーランの『インターステラー』を久しぶりに鑑賞した。『2001年宇宙の旅』へのオマージュのような部分もあり、ぶっ飛んだSFという感はあるが、「重力」「時間」をテーマにした物語は非常に興味深い。

ロケットや宇宙というものになぜあそこまで心が奪われるのか、整理がつかない。

知人が宮城のJAXAに勤めていたため、一般公開のときに宇宙センターの見

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文化触変を繰り返すこと

文化触変を繰り返すこと

次男の誕生を機に断酒をしてみて気づいたのは、結局「水」が好きだったという事実だ。良い酒は良い水で造られる。酒の味は水と深く繋がっている。実は酒の土台となる水に魅力があるのだという当たり前の事実を知るに至った。酒の代わりに水を飲む日々が続き、それはそれで非常に心地よい。

自宅でバーテンダーの真似事をしていた時期もあり、世界には様々な種類の酒があることを理解しているが、共通項は「水」であり「アルコー

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文学の語りの意義

文学の語りの意義

オンライン授業に慣れてくると、授業日と週末でメリハリができてくる。このようなイレギュラーな状況にも人間は慣れることができる。そのようなときに思い出すのは2011年の震災後の日常だ。ライフラインが止まり、店が閉まる。電気と水が戻り、ガスは1ヶ月止まった状態の中、営業している小さな個人商店を狙うように食料を調達し続けた。その生活にも次第に慣れていったことを思い出す。

週末に仕事をする習慣は薄れていた

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