文学の語りの意義
オンライン授業に慣れてくると、授業日と週末でメリハリができてくる。このようなイレギュラーな状況にも人間は慣れることができる。そのようなときに思い出すのは2011年の震災後の日常だ。ライフラインが止まり、店が閉まる。電気と水が戻り、ガスは1ヶ月止まった状態の中、営業している小さな個人商店を狙うように食料を調達し続けた。その生活にも次第に慣れていったことを思い出す。
週末に仕事をする習慣は薄れていたが、今日は「あの日から遠のく日常、刻まれた記憶-SDGs・ESDと防災・減災 2020」という催しに招待され、討論者を務めた。毎月どこかで発表やワークショップをやっていた去年の習慣は身から離れていき、子供の世話に追われながら週末を過ごすことに慣れきっていた中で、久しぶりの研究の要件だ。
本フォーラムでは「みがくSD研」でお世話になっている方々のディスカッションが行われた。内容は阪神大震災と東日本大震災の記憶を辿り、持続可能な社会および教育の可能性を実例に即して考えるものである。僕の役割は被災した東北人の立場からコメントを施すといったものだった。
このような機会は少なくないが、「何を語るか」ではなく「どう語るか」ということを常に悩む。
震災を受けた個人としての自分がいる。その自分は、主観的な感想を如何様にも語ることが可能だ。だがそれは厳密には学問とはいえず、「経験者」の自分語りに終始する。いわば中年の酒場談義と変わらない。これは授業などにおいても同様であり、「人間としての自分」が経験に基づいた再現性のないことを語りたがる。
あくまで語りは研究の根拠に基づいて行うべきだろう。だがSDGsという自分の専門と直接関係しないテーマをどう語ればいいのか……
おそらく、そこにこそ文学の意味がある。名状し難い個の想念を、解決しないままに語る言説を研究することが、経験に基づいた自分語りを抽象化していくことを実感する。
震災はすでに「日本人の記憶」となっているが、それを構成するのは当然ながら個々の人間だ。その観点は人間の数だけ存在し、同じ数の膨大な物語が紡がれる。日本人としての記憶、あるいは東北人としての記憶を語るときに、こぼれ落ちる「個の記憶」が存在する。それをどのように拾い上げるか。
ディスカッションでは参加者から胸を打つ回答が寄せられた。「マルチホルダー」、すなわち「個」を一つの領域に繋ぎ止めることなく、様々な領域と関わり、自分の多重的なアイデンティティを創造することを意味する。言い換えるとそれは「個」の壁を超え、複数の「自分」が存在することを意識することかもしれない。
個人はどのように他者の立場に身を置くか……そこでこそ「他者の世界」が語られる文学的語りが意味を持つのではないだろうか。僕の自分語りが文学研究の視点から抽象化されるように、他者の文学的な語りもまた固有の経験を超えて抽象化される。その一つ一つの抽象化を束ねていくことが、多くの人々との間に聳える壁を超えていくことを可能とするだろう。
震災の記憶が薄れる自分がいる。コロナ社会に慣れる自分がいる。他方で震災を終えることができず、コロナに翻弄される他者がいる。この「壁」を文学でつなぐことが「誰一人置き去りにしない社会」の実現につながると信じている。
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