見出し画像

文化触変を繰り返すこと

次男の誕生を機に断酒をしてみて気づいたのは、結局「水」が好きだったという事実だ。良い酒は良い水で造られる。酒の味は水と深く繋がっている。実は酒の土台となる水に魅力があるのだという当たり前の事実を知るに至った。酒の代わりに水を飲む日々が続き、それはそれで非常に心地よい。

自宅でバーテンダーの真似事をしていた時期もあり、世界には様々な種類の酒があることを理解しているが、共通項は「水」であり「アルコール」である。その形状が土地固有の材料で異なっていく。ここに個別文化が立ち現れる。個別文化は他の土地の文化と接触し、そして変容を遂げる。欧米から渡来したビールが日本式に味を変えたように、二つの文化が接触するたびに変容が生じていく。

たとえば日本に生きてフランス文学を読み、その影響を抱えながら日常を生きることで、フランス文学の主題は日本的に変容する。その過程はフランス文学に親しんだ日本人作家の諸作品に表出しているし、自分の行動の中すらフランス文学との文化触変に影響を受ける。

他人の人生を生きることはできないし、他人の価値観をなぞって生きることも窮屈だ。だが他人の人生が自分と接触し、自分の内面で変容を遂げ、新たな自分を作り出すことは日常的に起こりうる。言い換えると他者の発見と、他者との対峙による自己の変革だ。それは教育の本質であるとも言えるだろう。文学が極めて教育的だと信じる根拠はそこにある。

フランス語圏文化教育ケースメソッド」はその信念に基づくワークショップだ。他者の日常を描いた「ケース」に自分を投影させ、他者の問題の解決のヒントをフランス語圏文化に探る。自文化の問題に異文化を重ね合わせるとき、参加者は否応なく文化触変に見舞われる。フランス語圏文化を通じた参加者固有の文化が創造される。

オンライン授業では様々な文化触変を体験した。そして今再び「フランス語圏文化教育ケースメソッド」を編み直そうと思っている。プロジェクトは少しずつ動き始める。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?