とあるバンドマンの官能夜話~第十二夜~
ーバンドマンがライブバーのオーナーになるの巻ーその2ー
ライブバーを引き継ぐことになった私は、相手の意思が変わらないうちに経営権譲渡の契約書を作成して取り交わしました。何事も押さえる部分は押さえておかなければと言うのが独立起業してから身に染みついた物事の進め方でした。無事契約を交わし、居抜きで清掃業者だけ入れて、古くなって痛んだ椅子だけは新調して、それ以外はそのままお店を始める予定でした。ところが予定通りに物事は進みませんでした。
契約した引き渡し日に店を訪れましたが、ご覧の通りまだ荷物が残っていて、「前夜まで営業していてまだ片づいていないので明日来てくれ」と言われている図です(苦笑)。まぁ、ここまで来ると焦っても仕方ないと腹をくくっていましたが、引き渡し日に引き渡してもらえないと言うところからのスタートに、これから先の困難さを予想させられました。
そして翌日昼間の明るい時間帯にカミさんと二人で店に入って店内をチェックしました。客としてお店に行っている時にはあまり気にしていませんでしたが、食器などを洗う流し台がカウンターの内側ではなく、カウンターの背面の壁の裏、つまりバックヤードにしかありませんでした。カウンターの内側には小型の冷蔵庫が2台とビールサーバーがあるだけで、バックヤードに流し台があり、更にそのバックヤードの一番奥に業務用冷蔵庫が置かれていて、とても動線が悪くてまともなサービスは出来そうにない環境でした。
流し台の上にはカウンター側の壁に作られた棚の背面の張り出しがあり、流し台を使おうとすると顔の前にその張り出しが来るので、普通に洗い物をするのも困難な構造になっていました。更に流し台の排水は全く機能しておらず、バックヤードの足元には溢れた排水が行き場を失って溜まっている状態で、保健所の検査を通過することは困難だと言うことが素人の私にもわかりました。
バックヤードはただの物置に近い状態で、「飲食店」としては使えないと判断せざるを得ない状態で、これにはカミさんも絶句していましたが、「ライブバーを経営する」と言う部分で二人の意思に変化がないことを確認しましたので、すぐに店内を改装をする方向で進めることにしました。
とは言っても全く予定に無かった改装費用が幾ら掛かるかもわかりませんし、その費用の捻出をどうするかと言う部分も非常に重要な問題としてありましたので、「最低限の投資で最大限の改善が出来る」ように優先順位を付けて改装案を検討することにして、図面を自分で作って改装案を複数業者に見積もりしてもらい、安い所に発注すると言う順序で進めることにして、とりあえずその場で小型のレーザー測長器をAmazonに発注しました。
翌日、届いたばかりのレーザー測長機で寸法を計り、現状の図面をCADで描いて二人でレイアウトを検討することにしました。以前のお店はカウンターのみで営業するスタイルで、カウンターが7~8席と補助椅子を使って合計15人程度のキャパのお店でした。これは前オーナーが自分独りで営業出来る範囲のお店にすると言うことで、カウンターの後ろに仕切りの壁を作って「狭い店」にして営業していたのです。客として通っていた時の客単価と客の平均人数を考えると、オーナー独りで営業していたとしても、家賃と仕入原価、水光熱費等、最低限の経費を差し引いてもマイナスになる計算で、狭い店のままでは経営として成り立つとは考えられませんでした。
飲食店経営の基本を考えると「席数」x「回転率」x「客単価」で売上が決まるので、「狭い店」を少しでも広く使って席数を増やすことにしました。ライブバーと言う性格を考えると必然的に回転率は低い業態になりますし、高い料金を取って無理矢理客単価を上げることは、趣味が高じて始めたお店の経営者としては本意ではありませんので、当初の出費の予定には全く入っていなかった改装費を掛けてでも席数を現状より確保して営業として成り立つお店を目指すことにしました。
そして何よりも、流し台や業務用冷蔵庫への動線が確保されたレイアウトにすることと、排水などに問題が発生しないような清潔な店内にすると言うのが改装案の優先順位の上位に位置する項目となりました。この点は自分達が快適に仕事をすると言う部分でも重要なことですし、何よりも食中毒を出したりと言うことがあってお客様に迷惑を掛ける可能性があるようなお店はやりたくないと言うことが前提としてありました。
部屋を仕切っていた壁と古いカウンターは撤去して、物の配置を考えるだけでしたが、換気扇とバックヤードに前のお店の更に先のお店から有った作り付けの食器棚の位置が固定されていたのと、バックヤードの壁の足元にはこれも元から有った段差がありましたので、全くの白紙状態ではなく、これを固定した状態でレイアウトを考えなければなりませんでした。
昼の仕事が終わって帰宅してから夫婦でレイアウトの相談を何度もして、何枚も図面を描きました。それを現場に持って行き、マスキングテープで床にレイアウト図面のイメージが湧くようにマーキングをして、図面に修正を加えると言う作業を何度か繰り返しました。そうして作った図面で知り合いの業者さんとネットで見つけた別の業者の2社に見積もりをお願いしました。
見積もり金額の安い方の、昔からの知り合いの業者さんにお願いすることにしましたが、それでも当初の予定にはない出費となりますので、取引のある信用金庫からの借入と、不足分は私が愛用していたデイトナをコメ兵に売り飛ばして補填することにしました(笑)。もちろん開業後の運転資金も必要になりますが、そちらはわずかな定期預金を解約して充てることにしました。開業後は現金商売ですので、お客さんが入れば運転資金自体が不足することはあまりないと想像は出来ました。
工事は古いカウンターを撤去して、部屋を仕切っている壁をブチ抜くことから始まりました。工事の進行に合わせて必要な備品類や音響機器、店内に置く楽器類などの選定や購入を進めて行きました。音響機器類は自分のバンドの出張ライブ用に購入していた大きすぎるPAスピーカーやミキサー類などを所有していましたので、ほとんど新規購入したものはありませんでしたが、楽器類は自分の楽器はお客さんに使ってもらうには抵抗がありましたのでセカンドストリートや良品買館などを回って程度の良い中古品のギターやベースを何本かと、新品で電子ドラムや小物類を購入、キーボードはこれも自分のバンド用に買ったものを持ち込むことにしました。
下の写真は内装工事がほぼ完了した状態です。以前の店内はカウンターも壁紙も赤が基調のお店でしたが、もう少し落ち着いた雰囲気にしたいと言うことでをブルーグレーと黒を基調にして、雰囲気のある一枚板のカウンターにすることにしました。
カウンターはオイルステインかブライワックスで仕上げて欲しいと依頼しましたが、カウンターを入れてくれた業者さんは「良い一枚板のカウンターなので色を塗らずに使って欲しい」と言うことで頑固にオイル仕上げを拒絶しましたが、木の色が明るすぎるのでブライワックスを塗って、カウンターチェアとテーブルと床の色味を合わせてDIYで自分達のイメージする色に調整することにしました。
ここまで来るまでに2ヶ月以上の日数が必要でした。実は工事を開始した頃に発生した大阪北部地震やその後の7月豪雨などの影響で工事関係者の人出が足らず工事がなかなか進まなかったので、予定より1ヶ月以上も工期が掛かてしまったのです。当然家賃は発生していますし、電気代や水道代などの経費も同じくなので焦る気持ちもありましたが、何とか工事も終わりやっとプレオープンの日を迎えることが出来ました。
内装は業者さんでないと出来ない部分は業者さんにお願いしましたが、LEDのライン照明や、カウンターや床のオイル仕上げは好みの色合いに調整したかったので素人ながら二人でDIYでやりました。小さなお店ですが自分達の「秘密基地的」なお店がやっと完成しました。
(第拾弐夜-完-)