見出し画像

#ぐるぐる話:第14話【 露天でドテン!?】


「え~なんでぇ…」
そんな柚の声など聞こえていない木綿子は、硝子戸の向こうへ吸い込まれるように消えた。

「露天風呂、あたしだって行きたいのに」
その場に立ち尽くす柚に、
「ゆっくり体を流してから外に行けばいいわ。それにいきなり外に出たらさすがに寒いかもよ」
頭からシャワーをかぶる麻子は、口に入ってくるお湯を下唇で飛ばしながら言った。

「もう…」
ふんふんふん、と鼻息でも聞こえてきそうな勢いでお湯の流れる床を踏みしめながら麻子のもとへ向かう柚。

「ふざけてると転ぶわよ」
入口から見て右手の洗い場にいる麻子から離れ、ひとり反対側の隅の方に陣取って洗顔フォームを泡立てている杏が、こちらを向かずに言った。
小さな苛立ちに任せた柚の足取りは、
「へい、気ぅぉっ…と」
麻子のすぐ後ろで右足を取られるが、堪えた。

「ほら、みなさい」
そう言われる前に杏を振り返り「全然平気!」と語気を強める。

「なにも言ってないけど?」
小声で返す杏。


「もうい~い~?」
とりあえず一度入りなさい…と言われ内風呂に入る柚子だったが、とにかく露天風呂に行きたくて仕方がない。
浅い浴槽の中、両ひざ下を抱え込み、ふぁんふぁん…とうさぎ跳びのように体を浮かせ、円を描くように落ち着きがない。
「そんなことしてるとのぼせるわよ」
「のぼせないうちに外行きたいの…」
「じゃぁもういきなさい」
「ホント?」
言うが早いか素早く立ち上がり、湯船に激しく波が立つ。
「ちょっと…! もう、気をつけなさいよ!」
そんな麻子の声を背中に颯爽と露天風呂へ続く硝子戸をあけた。

もうひとつ奥の硝子戸をあけると、す~っと風が心地よく柚を包んだ。
次の瞬間、秋の景色が大きな絵画のように目に飛び込んでくる。風情の解らない子どもの柚にも、自然のキャンバスの前では言葉を失った。

景色の中に溶け込むように木綿子の姿を捉えると、我に返り、
「木綿子さ~ん」
はしゃいだ声でその名を呼んだ。

露天風呂は段々畑のように三段になっており、下に行くほど浴槽が小さく、上から見るとちょっとしたピラミッドのようだった。
すのこが張られた床は内風呂と違い本当に滑りそうで、柚は慎重に歩を進め、檜の太い柱で組まれている最初の湯船に足を踏み入れた。
「あ、ぬるい」
外にいるせいだけではない、どうやらこのお湯は内風呂よりも温度が低いようだ。
そのまま落ち着くこともなくじゃぶじゃぶじゃぶ…とお湯の中を歩き、次の浴槽を目指す。

「気をつけなさいよ」
手拭いを胸に当て、一番下の浴槽のへりに腰かけている木綿子は、木々をバックに佇む絵画のモデルのようだった。

言われる間もなく反対側に出た柚は、丸太をキノコのようにいくつも縦に並べたような階段を二段、静かに下に下がった。
そしてふたつめのコンクリートでできた浴槽に足を差し込むなり、
「あち…っ」
今度は浴槽の中を歩くのはあきらめ、右側から回り込んで次の階下を目指す。

一番下は岩風呂だった。
幅の広い石段をふたつくだり「ここも熱い?」と問いかける。
「ここはそうでもないよ」
言いながらお湯をかく木綿子。それを確認してから足を湯船に浸す。
「あ、でも一番上よりはあったかい…」
そういって今度は肩まで沈むようにお湯の中にしゃがみ込む。

「面白いね、この中。石がごろごろしてて、青竹踏みみたいになってる…」
言いながら柚は、先ほど内風呂でしていたように、お湯の中で両足を抱えてうさぎ跳びのようにして木綿子の足元に来た。
「気持ちいいでしょう。転ばないでよ…」
「もう、木綿子さんまで。そんなに小さい子じゃないよ」
「はいはい。…でも、のぼせないうちに上がんなさいね。外にいると気づかずに湯あたりすることがあるからね」
「それがね、大丈夫なの。のぼせない方法知ってるから」
そういって柚は膝を抱いた腕を外し木綿子が腰かける岩の隣に手を掛けた。

「あのねぇ…足の裏を出してるとのぼせないんだって」
言いながら柚は不安定な浴槽の底に両手を後ろ手につき、お尻を軸にして左足を岩の上に出して見せる。
「そんなこと言って、危ないからやめなさい」
「だ~いじょうぶだって…。よ…っ」
次に身体を左にひねり右足を出そうとした。…途端、

「と…っ…と!
次の瞬間、平らではないお湯の底の丸い石の上に置いた左手がずるりと滑ると、肘がくの字になって折れバランスを崩した。

「あ…」

言う間もなく、その反動でお尻が浮き上がり、重心を後ろにかけていた柚は、頭の後ろからお湯の中にひっくり返る形になった。
「ちょ…柚!?」
木綿子が手を伸ばしても、柚の身体は膝から下しか出ておらず、掴めるところもなく、見る間に姿を消した。

ば、っしゃ~ん・・・・。ゴンっ・・

「ゆず! ぁ…あ~ぁ~、あさこ~!」

浮いてこない。しかも鈍い音もした。
だが木綿子は気が動転して動けない。

そこをちょうど杏が入口の硝子戸をあけ、
「ゆず! おかあさん!」
ざぶざぶと浴槽の中を歩く音…柚はその音を遠くに聞き夢に引きずられた。


【  つづく  】



こちらはtsumuguitoさん発信の【ぐるぐる話】というリレー小説です
はじめての方はぜひ1話からどうぞ・・・・

#ぐるぐる話

第1話 【木綿子の台所】

第2話 【祖母のスマホの紡ぐ場所】

第3話 【そして、記憶は紡ぐ】

第4話 【探し物】

第5話 【柚の気がかり】

第6話 【ヤンキーとサンバとUFO】

第7話 【裸族】

第8話 【道中の女たち】

第9話 【貝の乳】

第10話 【浴衣】

第11話 【いつものやつ】

第12話 【暁の寺】

第13話 【心づくし】





この記事が参加している募集

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです