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ぐるぐる話:第4話【探し物】@2258


「おい!俺のハンチングどこやった?おい?木綿子!おーーーーーーーい!木綿子やーーーーーい!俺のハンチングがねんだよ!おーーーーーーーい!
木綿子おーーーーーーーーーー!どこにいんだ?!木綿子?!あれ?なんだよ?!どこいっちゃったんだよ!もう!俺の大事な木綿子とハンチングったらよ、一体どこへ行っちまったんだ?!」


大声で喚く光太郎のもとへ、半ば呆れ顔でやってきた木綿子の手には光太郎が探しているハンチングがあった。


「おお!それそれ!出かけるときは忘れずに!ってな!これがねえと、イマイチ締まらねぇからよ!ありがとな!木綿子・・・おっ!?なんだ?!なんでそんなしかめっ面してんだよ?!今日はみんなで温泉行くんじゃねえかよ!そんなしみったれた顔しちゃ、みんなで行く久しぶりの旅行が台無しになっちまうってもんだぜ!なんだよ?!木綿子・・・どうかしたのか?」


そう言われても木綿子は黙ったままだった。


「なんだよ?!どしたんだよ?!木綿子!!!具合でも悪いのか?まさか・・・どっか痛いのか?手術のとこが痛いとかか?おい?どした?」


ハンチングを手に暗い顔をして居間にやってきた木綿子が、重たそうな口をやっと開く。


「ハンチングは納戸の横に置いてありました!もうっ!なんでもかんでもその辺に置きっぱなしにするのおよしなさいよ!子どもじゃあるまいし・・・。そんなことより・・・アレがないのよ!光ちゃん知らない?」


「え?なんだよ?!あれって?!何がねえんだ?!」


「火打ち石がないのよ!昨日ね・・・光ちゃんが仕事いくときに切り火したでしょ?そのあと下駄箱の久谷の器の中に確かに入れといたのよ!なのにないの!なんだか狐につままれたみたい・・・それともアタシぼけちゃったのかしら・・・」


首をかしげながら木綿子はあたりを見回している。


「え?!なんだ!!!そんなことかよ!おいおい!驚かすなよな!俺はまたてっきりどっか具合でも悪いのかと思って、心底心配したぞ?いいよ!今日は・・・放っとけばいいよ!ないならないで切らないで出かけるからよ!」


そんな他愛のないことでおおげさな・・・と言いたげに光太郎が言った。


「何をいってるのよ?今日は仏滅だよ?高速道路使って、はるばる塩原まで行くって言うのに、切り火もしないで出かけられるもんかね!アタシはイヤだよ・・・もしも何かあったら、後悔のしようがないじゃないか・・・」


光太郎の家は何代も続く植木屋で、主に盆栽を扱う小さな商いをしていた。江戸の頃から続く植木屋だから、その頃からの名残で仕事に出かけるときには火打石をつかって切り火をする習慣が代々ずっと続いている。
木綿子はその習慣をとてもたいせつにしていて、たとえ自分の具合が悪くて寝込んでいたとしても光太郎が出かける時には、起き上がって玄関先で切り火をした。


それが、木綿子にできるただひとつのことだと思い込んでいるような節があった。まさかそんなはずはないのに、いつか切り火をしないで出かけた光太郎が、梯子から足を滑らせたのも因果だと思っていて、どうにもこうにも切り火をすることに対する執着心が歳をとるたびに大きくなっていくようだった。


「なんだよ・・・大げさだよ・・・たかが切り火だぜ!仏滅ったってよ・・・明日は大安だろ?おまえさんはいつだって心配しすぎなんだよ・・・そんなに心配ばっかりしてたら、起こる筈がない悪いことだって呼ばれて来ちまうってもんだろ?ほら・・・大丈夫だから・・・もうそろそろ麻子たちも来るし・・・な!玄関に荷物運んであいつら来るの待ち構えてやろうさ!」


久しぶりにまじまじと木綿子を見つめて光太郎が言ったそのとき・・・急に木綿子が噴き出した。


「おいおいなんだよ?!何をそんなに笑ってんだ?!俺・・・なんかオカシナこと言ったかよ?!」

「ふふふ・・・ちがうのよ・・・なんだか・・・アタシ達ってほら、もう夜の目を合わさなくなってからずいぶんと時間がたってるじゃない?そんなにまじまじと光ちゃんに顔を見つめられたりするの、久しぶりだったからさ、朝っぱらだっていうのに、なんだか妙に色っぽい気持ちになっちまってさ、自分でも可笑しくなっちゃったの!」


「なんだよ・・・そっか!いやさ・・・おれもな・・・気にはなってたんだよ・・・?でもよ!ほら・・・お前さ・・・手術しただろ?だから・・・その・・・なんだ・・・もうさ・・・あんまりそゆことしちゃいけねぇんじゃないかってさ・・・これでも遠慮してんだぜ・・・」


「へえ・・・そうだったの?アタシはてっきり他に女でもできたのかと思っていたんだけど・・・違うのかい?」

「何をいってんだよ!?俺がそんなチンケな男に見えるか?俺ら植木職人ってのはな・・・モノ言わない緑をいじって食ってんだ。こころの中にそんな下卑たまねする悪いもんがあったら、いい盆栽なんざ作れねんだよ・・・お前・・・俺のこと見損なうなよ!!!」


ふたりが久しぶりにやさしく見つめ合っているところへ、麻子たち家族がやってきた・・・。


柚が開口一番に言う。


「木綿子さん・・・昨日来たとき、なんかわからないけどついおうちに持って帰っちゃったの・・・朝起きたら、いちばんに持って来ようと思っていたんだけど・・・なんかお腹の調子が悪くてトイレこもってたら時間なくなっちゃって・・・これ・・・ごめんね・・・もしかしたら木綿子さんこれ探してた?」

そう言いながらさっきまで大騒ぎしていた木綿子の手に、柚はそっと火打石を乗せてにっこりと笑った。



【 第5話へつづく 】2252文字


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