見出し画像

#ぐるぐる話:第5話【柚の気がかり】 第4話までお読みの方はこちらをどうぞ!

「おや、柚が持ってたのかい?ずっと探してたんだよ。ほら、今からみんなで塩原まで行くだろう?車で3時間はかかるし、今日は仏滅だ。無事に着くように、切り火をしてもらおうと思ってたんだよ、おじいちゃんに。」

それを聞いた柚は、名残惜しそうに、木綿子の手のひらに置いた火打石を見た。

「光ちゃーーーん。火打石、柚が持ってたって。出かける前に、ここはひとつ切り火をしてもらえないかい?」

木綿子は、頭にのせたハンチング帽を鏡の前で微調整する、光太郎の背中に声をかける。

“あーあ。あの火打石、やっぱり持っておけばよかったな。お姉ちゃんにお守りだよって言って、こっそり渡せばよかった。だって最近のお姉ちゃん、元気ないんだもん。どうしちゃったんだろう。昨日だって、お母さんの手作りコロッケほとんど食べなかったし。お姉ちゃん、大好物なのに。”

そう思いながら柚は、玄関で立ったままの杏にちらっと視線を送る。

柚は小さなころから、年の離れた姉、杏のことが大好きだ。ひと回り以上も年が離れているせいか、杏は笑顔で柚の話を聞いてくれる。穏やかで優しい姉だ。

友達とけんかしたこと、お母さんに叱られたこと、隣のクラスのちょっと気になる男子のことも。ほかの誰にも話せなくても、姉の杏になら話せる。うんうんと頷きながら、時には背中をさすりながら聞いてくれる。おしゃべりした後、杏は必ずこう言ってくれる。

「柚は、ひまわりみたいだね。」

それを聞くと、柚はいっぺんに元気になる。これは魔法の言葉なの、お姉ちゃんがくれる魔法の言葉。

“だから今度は、柚が魔法をかけてあげたいな、お姉ちゃんに。火打石のチカラを借りて、心配ごとをなくしてあげたいな、お姉ちゃんの。”

縁側には旅行用のボストンバックが置かれ、荷物を詰め終えた木綿子がシューッとファスナーを締めた。玄関からその様子を眺める杏は、これから旅行だというのに浮かない表情。

“あ、お姉ちゃんがため息ついた。どうしたのかな、お姉ちゃん。お母さん、なにか知ってるかな。”

視線を杏から母の麻子に移す。母はいつもと変わりないように、柚には見える。

“お姉ちゃんのために、なにかできないかな?車に乗ったら、とっておきのおやつ、お姉ちゃんにあげよう・・・そうだ!お姉ちゃんと一緒に温泉に入れば、なにか聞けるかもしれない。お姉ちゃんの背中を洗うときに聞いてみよう。”

「さて、そろそろ出発するかい?塩原に。玄関でおじいちゃんに切り火をしてもらおう。」

木綿子の一言で、その場にいる全員が動きだす。

「あぁ、また。いつもそう、昔から。家族を仕切るのはいつだって母さん。私の家族さえも、ああやって仕切るのよね、母さんは。」

木綿子の娘、つまり、杏と柚の母である麻子は、玄関で靴を履きながらそうひとりごちた。

その言葉が聞こえたはずなのに、杏は聞こえないふりをして麻子に背を向ける。

この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。