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#ぐるぐる話 第2話 【祖母のスマホの紡ぐ場所】

前回までの木綿子はこちら


すっきりした顔で柚が帰った。思春期特有の悩み、そんなことを色々抱えるようになったのだろう。そんなことを思うと笑みがこぼれた。

木綿子は庭の見える部屋に置かれた藤の椅子に腰をかけ、ダージリン・ティーの香りを深呼吸するように楽しむ。小さい頃の柚が埋めた枇杷の種は今はそこそこ立派な木になって、バランス悪く申し訳なさそうに庭の中心に立っている。

ふと思いつく。そうだ、銭湯と言わず、これを機に3人で温泉旅行なんていいわね。

木綿子は、ビデオ通話のために娘から渡されただいぶ古くなったスマホをadidasのポーチから取り出し、検索を始めた。時々麻子のスマホから柚がビデオ通話をかけてくれる、離れて暮らす家族にとっての大事な連絡ツールだ。

【旅館】と入れるとあまりに多くの情報が錯綜しだしたので、条件を絞っていく。

【関東】【貸切温泉】【料理が美味しい】【芸能人御用達】


ゆっくりではあるが、目を細め慣れない手つきでいくつかの良さそうな旅館を見つけた。

【秘宝館】ちょっといかがわしい感じだが、プライベート感溢れる印象的な写真が並ぶ。これは2人部屋しかなさそうだったので却下。

【ヴィッラ・梁山泊】だいぶ離れた山奥にあるようだが、強制的についてくる修行のようなツアーが煩わしい。

【つむぎ荘】。群馬にある小さな旅館。川魚や山菜のお料理の写真がおいしそうだ。いくつかの芸能人のブログにも紹介されている。なにより、芸能人の着ている浴衣がかわいく、これを柚に着せてあげたい。


気づいたら電話をして週末に予約を入れていた。もし予定が合わなければ、夫と行けばいい。なるようになる。


ボストンバッグを出して、庭ではたいた。芝の芽をついばんでいたスズメたちがパッと浮いて少し距離を取り、またついばみ始める。そのかわいい声が聞こえる。いつ以来の旅行か。久しぶりにウキウキとした気持ちが心地よい。

藤の椅子を離れ、ガラス越しに大きな空を見る。

ある晴れた日のことだった。


【続く】


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