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ぐるぐる話:第13話【心づくし】@1550


女湯の前には牡丹色の大きな暖簾が、真反対の男湯の前には瑠璃色の大きな暖簾が、それぞれ白く抜かれた文字が「姫」「殿」と流れるように浮かび上がっていた。


暖簾の上には組子欄間がお湯に足を運ぶ客達を見下ろしている。
その奥にはよく磨きこまれた檜の格子戸があり、格子戸を開け中に入ると、大きな浅めの花器には体よく活け花がしつらえてある。


しなりながら天に向かって伸びて行くように見える細い枝には、緑色の大きなカエデの葉が連なり、ナナカマドの赤い実はくるくるとまるまった茎にくっついてまるで内緒話をしているよう・・・たったそれだけの花材を見事に生けた浅い花器は、おそらく手びねりで作られた備前焼だろう。
葉と実の色を深みのある茶色が、ぐっと引き締めて、あたりの空気を清めているようにさえ見える。


木綿子は思わずため息をもらす。


宿には、どこを切り取ってみても、こころの奥深くにスッと染み込んでくる、ちょっとした小さな思いやりがちりばめられていて、自然と目を細めたくなるような心づくしがあった。おそらくは、浴衣をあちこちの呉服屋から取り寄せている女将のもてなしに対するこだわりなのだろう。


訪れる客はみな、その緻密に計算されつくされたあれこれを目にするたびに、自然とほんのりとした気持ちで満たされ、こころの中で普段はピンと張っているなにかが、なめらかにほぐされていくのだった。


籐のマットが敷いてある脱衣所には、一家族だけ。
2歳くらいの小さな女の子を連れた若い母親は、歌を歌いながら娘の服を脱がせようとしているところだった。


娘のほうはされるがまま・・・母親の髪の毛を小さな手でもしゃもしゃといじりながら、母親の歌に合わせてニコニコと舌ったらずに大きな瞳をクルクルさせながら「ハオハオ」を歌っていた。


木綿子はここでもまた懐かしさを感じ、その小さな女の子から目が離せなくなった。


ちょうど杏が生まれた年、子ども向けテレビの番組では毎日のようにこの「ハオハオ」が流れていた。



木綿子が懐かしさに浸っていると、麻子も同じようにあの頃を思い出したようで「なつかしい・・・この歌・・・大好きだけど、大嫌いだったな!」と言いながら小さく笑った。


小さな女の子と母親はリフレインしながら同じところを歌っていて、いつまでたってもハオハオのお母さんは現れない・・・それがまた微笑ましく思えた。


女の子と母親を横目に見ながら、木綿子たち一行はひとかたまりになっていちばん奥の棚の前を陣取った。


脱衣所の壁にある棚の中には、柳の枝で編んだ大きな籠がきちんと並んでいる。脱いだ服をしまうと、各々にタオルを手にガラスの引き戸をあけ大浴場へ・・・ざらざらとした大きな石がしきつめられた大浴場に、他の客の姿はみあたらなかった。


眼下には白い小さな泡、高い音を立てながら川が流れていて、正面には紅や黄色や緑や紫の色とりどりの楓の葉が、やさしく吹く風にゆれている。


目を洗われるような、美しい景色だった。
11月9日10日・・・
ちょうど紅葉にはもってこいの日程で宿をおさえた木綿子は、子どものような表情を浮かべ自分の勘のよさを自慢気に話しながら、しゃがんでシャワーを浴びるとすぐに立ちあがり露天風呂につづくドアに手を伸ばす。


「ちょっと待って!木綿子さん!柚も行く!」



そう言いながら柚があとに続こうとするのを手で制しながら言う。


「いや・・・ここからは各々好きなように過ごしておくれ・・・私もゆっくり何も考えずにお湯を楽しみたいからね・・・。」


そう言うと、木綿子はひとり露天風呂へつながる硝子戸をあけ、外へ出て行った。



【  つづく  】


次回はこちら・・・
たゆ・たうひとが物語を紡いでくれます。
どうぞお楽しみに!

たゆ・たうひと さん
バトンタッチです。
どうぞよろしくお願いします♪



おしまい



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