私が貧乏になったワケ

カサンドラ症候群について考察していると、どうしてもジェンダー問題とぶつかります。というのも「カサンドラ症候群の多くは女性であること」と、「発達障害者のパートナーと離婚できない主な原因が女性の経済力」という現実を鑑みて。

今回はそんなカサンドラ女性に勇気を持っていただきたいと思い、貧乏な私のお話しをさせていただきます。

※この記事は3005文字です。

カサンドラ問題における男女の差

私は男性カサンドラです。世帯主、妻帯者で子どもがいます。仕事をともにした発達弟に起因してカサンドラになりましたので、発達障害者のパートナーを持つ一般的なカサンドラとはやや異なります(詳しくはこちら)。

決定的な違いは「パートナーとの関係が良好」ということでしょう。これはつまり「家事・育児の負担を一身に負う身ではない」ということです。

一方、私は家計を支える身です。私の収入で我が家を経営しています。これも一般的な女性カサンドラとは異なる面かと思います。

というわけで、ケースによりいろいろと事情は変わると思いますが、ここにカサンドラの男女の差があらわになります。やはり主な違いは仕事つまり経済力でしょう。私のケースにはあてはまりませんが、男性カサンドラの場合は発達妻が家事や育児を放棄するケースもあるはず。抽象的には以下のようなケースが多数と予想できます。

男性カサンドラ
・経済的に自立している
・家事、育児の負担が大きい

女性カサンドラ
・経済的に自立していない
・家事、育児の負担が大きい

さて、男性・女性カサンドラについて考察するにあたり、家事・育児の負担の重さが双方同程度なら、この項目は相殺として除外します。すると残るのは経済的な問題です。

経済的に自立しているか否か。この違いは実はとても大きいものです。なぜなら、経済的に自立していればパートナーとの離婚をためらう理由はないはずだからです。男性カサンドラの場合、経済的に自立しているため離婚に伴う負担はそれほど大きくないでしょう。その分、働きながら家事育児までこなさなければならないケースがあるとすれば、もしかするとそれがカサンドラとして最悪なケースかもしれません。

一方女性カサンドラは、離婚したくてもその後の暮らしの見通しが立たないため、どうしても踏み出すことができないという方が多いようです。結果、いつまでも心を病むような環境に留まらざるを得ないのでしょう。

さて、経済的に自立している男性カサンドラが心を病んで仕事を辞めてしまったらどうでしょうか?それは経済的に自立しているといえるのでしょうか?経済力がなくなった男性カサンドラは、世の多くの女性カサンドラと条件は同じではないでしょうか?

発達弟に心を病み仕事を辞めた私が、まさにそのケースです。

今の私の生活状況

現在の私の経済状況は、シングルで働いている貧困家庭とさほど変わらないかと思います。決定的に違うのはシングルでないということ。つまり労働、家事、育児の負担がシングルよりも断然少ないということです(妻は専業主婦です)。逆に家族がいますからその分支出は多く、経済的な負担は大きいといえます。

私は発達弟を自立支援し、自分の役目を終えるとほぼ同時に仕事を辞めました。当時の手記を公開しているので、興味があればご覧ください。

https://note.com/goodbyecassandra/m/m642d3c3d45ef

家族がいる身で仕事を辞めるというのは勇気がいるものです。発達パートナーを抱えるカサンドラの方とはまた違った苦悩かと思います。しかしそれでも私は発達弟ときれいに別れるために、そして自分自身の心を救うためにそうしました。お陰でずいぶんと貧乏になりましたが、それでも後悔するどころか「正しい決断ができてよかった」と思っています。

貧乏は、健全な心、健全な家族関係、健全な人生を取り戻すために必要な代償でした。

私は貧乏になるのが悪いこととは思いませんが、貧乏でい続けるのはよくないことだと考えています。今回、希望を見失いつつあるカサンドラ方々に伝えたい私のメッセージの核心はここです。

「貧乏でもいい。それを受け入れ続けるな」

私が貧乏になったワケ

私が貧乏になった理由について、単刀直入に結論から言います。

それは「いつでも貧乏を脱出する自信があるから」です。

ですからほとんどためらわずに収入源を切り捨てられました。

言い換えれば「お金を稼ぐノウハウを知っている」ということでもあります。

ではなぜ今、貧乏なのか。

それは先にお話ししたように療養が必要だったから。しかしこの療養期間でさえ、私は最低限の出力で家族が暮らすのに困らないだけの収入を得ています。私の暮らしのほとんどは家族との時間であり、働く時間はごくわずかです。

私には特別なキャリアや人脈や学歴があるわけではありません。ビジネスというのは誰でも何歳からでも挑戦できますし、年齢や性別がハンデにならない超公平な世界でもあります。

おまけにネットインフラがこれだけ発達した情報化社会ですから、インターネット一つで営業をかけられるし発注もかけられるし顧客も確保できるしおまけに勉強や情報収集までできてしまいます。

今や経済的に自立するのに専門的な知識は必要ありません。やるかやらないかだけです。

もし世の中のカサンドラママの多くが商売についてもっとよく知り、それが自分にもできるものだと感じられるほど身近になれば、カサンドラ症候群に悩む人も減るのではないかなと思うのです。

私がもっとも大切にしていること

お金を稼ぐために私がもっとも大切にしていること。それは「やりたくない仕事はやらない」こと、そして「利益率の高い仕事をする」こと、最後に「ちゃんと実行する」ことです。

私は今、好きな仕事しかしていません。以前やっていた仕事はPTSD的な症状からできなくなってしまいました。それ以降、私は「もう好きなことしかしない」と決めています。

これからまだやりたいことがあります。

そろそろ療養期間から次のステップへ進んでもいいくらいに回復してきたので、ぼちぼち動き始めています。貧乏を脱するためのステップです。

もちろん実行するからには大成を目指しますが、私はもともと野心がある人間ではありませんし、必要以上にお金を稼ぐことのめんどくささも体験として知っているので、本分を忘れず自分のペースを大切に進んでいきたいと思っています。そしてできれば、発達障害やカサンドラに悩む方々の力になれるような活動も無理のない程度に、地道にしていきたいと思っています。

ビジネスにおいては、以前は東アジア、東南アジア、ヨーロッパを中心にそこそこ攻めたので、次の標的はアメリカとカナダ。自分の手掛けた商品やサービスで現地の人に幸せをお届けしたいと思っています。

これはビジネスの話や貧困の話ではありません。

まさにカサンドラそのものの話です。

要するに何事もあきらめたらお終いなのですよ。

人はパンのみにて生くるわけではありません。

生命活動の維持に食事や睡眠が必要だとすれば、心の活動を維持するのに必要なのが希望です。

貧乏でも希望があれば大丈夫。

カサンドラでも希望があれば大丈夫。

人生誰でも何歳からでもやり直せます。

希望を生む想像力やイメージこそ、私たちがもっとも失ってはいけないものです。

そしてただ一つ運命の分かれ道があるとすれば、それは「やるかやらないか」だけ。

いつかあなたが希望の実現に向け一歩を踏み出すその瞬間まで、一日一日を大切に歩みましょう。

今日もよい一日をお過ごしください。



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