発達障害とカサンドラのヤバイ関係

2017年7月、私はカサンドラの魔女と出会ってしまった──

注意:この記事はトータルで5000字超あります。読み切るのに10~15分くらいはかかります。熱量高めなのでお疲れのカサンドラ当事者や発達障害当事者は、気持ちや時間に余裕のある時にご覧ください。あるいはフォローしておいて後で読んでくださいね。通勤途中の電車内や就寝前の15分、昼休みでトイレの個室にこもっている不毛な時間あたりに読むのがオススメです。

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カサンドラとは「カサンドラ症候群」のことで、発達障害者のパートナーなどを持つ人間が、パートナーの特性により心身を病んだ状態をいいます。私は鬱状態やトラウマによるフラッシュバックに悩まされていますが、パニック障害や過呼吸、急に涙が出てくる──など、症状は人によってさまざまです。

わかりにくいですよね。

わからないんですよ、カサンドラって。なってみないと。

いじめ被害者でないと、いじめや引きこもりや不登校の本質が見えないのと同じで「なってみないとわからない類」かと思います。多くがそうでしょう。離婚、DV、病気、破産、障害、いじめ、パワハラセクハラ、犯罪被害まで含め、当事者にしか真がわからないディテールがあると思います。

私はまず「カサンドラがどういうものなのか」を、現実論と併せ比喩やユーモアを交えながらカサンドラ当事者としてできるだけわかりやすくお伝えしたい。併せて発達障害の深刻さや当事者の苦悩にまで思いを馳せ、さまざまな立場の人の事情を根源的に周知したり理解したりの一助になればと思い、こうしてキーボードをパチパチ打っております。

さて、これを書いている2020年8月現在、私がカサンドラを自覚してからちょうど3年がたちました。3年です。発達障害の弟と仕事でかかわって1年でカサンドラになり、回復に3年もかかったのです。それもまだ全快ではありません。

割りが合わんわい!

すいませんちょっと取り乱しましたが、割りが合わないのですよ。1年かけて病んだら1年で取り戻したいのが本音。それでトントンならまだ話はわかります。

ところが現状は、100個生産したら1,000個返品がきたみたいなことになっているわけです。

心の病はこの通り、回復に多くの時間がかかります。そんな赤字経営、できれば避けたいですよね……。

もし5年かけてカサンドラになったら?回復に15年を費やすことになるかもしれない。いや冗談じゃないでしょ。発達障害者をパートナーに持つ人などにとって決して他人事ではないはずです。

カサンドラはなぜ狂ってしまうのか?

健全だった人がカサンドラになってしまう主な原因は「発達障害者の特性」にあります。典型的には「当たり前(とされている)のコミュニケーションができない」など。

彼らの特性の一例(ごく一例です)として「ありがとうの概念がない」があります。

「ありがとう」と口で言うことはできるかもしれません。ですがそれは「お中元」と書かれた空っぽの化粧箱みたいなものです。中身がないのですよ。そんなお中元いただいたらどう思います?面喰いますわ。「え、これどういう意味?」と困惑するのが普通かと思います。「え?皮肉?それとも嫌がらせ?」って。これをバンバンぶち込まれたら、京都の人だってさすがにはんなりやり過ごせないでしょう。

これは弟が持つ発達障害の中でもASD(自閉症スペクトラム)の特性のようです。

彼にはまたADHD(注意欠如多動性障害)もありました。発達障害の中でもいわゆる複合型(ADHD+ASD)。珍しくないそうです。

発達障害についてよく知らない方にすれば、「ADHD?ASD?なんのこっちゃ?」かもしれません。これから少しずつその辺りについてもお話ししていきますね。大枠はそんなに難しい話ではないですし、できるだけわかりやすくお伝えします。

話を戻しまして、たとえば私の場合、仕事で弟に指示を出しても、彼はそのほとんどで成果をあげることができませんでした。仕事ができないとか能力が低いとか、そういうレベルではありません。「あそこのゴミを拾って捨てておいて」と指示するとなぜかゴミが増えている──といった具合なのです。

最初のうちはそれをフォローするのも自分の仕事と思い前向きに対応していましたが、3ヶ月もたつと「おかしいな?なぜ成長しない?なぜ学ばない?」という疑問が徐々に大きくなります。三歳児だってもう少し成長率や学習能力が高いのに。

半年もたつころに私は既にカサンドラ化していました。なぜならこの間、私は自分の仕事をこなしながら彼の仕事もほとんど代行し、さらには彼の家賃まで負担しながら彼にとって快適な環境を維持する作業に追われていたからです。

彼の気持ちに配慮しながら給料を払い家賃を払い、ドジっても「ええよ仕方ない」と寛容に振る舞う。育児のきつさと少し似ているのですが、相手は成人した男性なのです。

「どうしてお前は何の進歩もなくぬくぬくと変わらない日々を過ごし、俺だけこんな努力を強いられつらい思いをしなければならない?どうして俺がお前を養い、奴隷のような暮らしを続けなければならない?」

事業者として決して口にしてはいけないこの言葉を私はついに口にすることはありませんでしたが、いまだその悔しさや惨めさ、自分の中の悲痛な声が蘇ります。意味のわからない嫌がらせに全責任を負わされるつらさったら。

当時はカサンドラの魔女に魅入られていたのでしょうね。今ならその毒牙をもっとうまくかわせるかもしれません。ですが当時の私にとって、それはまるで未知なる世界でした。一般論でしか対応できない。知識がない。経験もない。ひのきのぼうを装備したまま中ボスに挑むくらいの心境です。おまけに村人は何のヒントも与えてくれないし寄り添ってもくれないわけですから、これはもうたけしの挑戦状以来の困惑。いきなり草原に放り出されるマイクラのスティーブよろしく、「と、とりあえず家を作ろう……!」となる。経験値を得た今なら「まずは羊を探そう」となるんですが……。

そうこうしている間にも、弟は事業の信用にダメージを与え、隠蔽し、私を欺き、事業を内部から着実に破壊していく。やがて私は自分の仕事をこなすリソースさえ失い、彼のフォローに追われるばかりになりました。

もちろん「やり方がまずい」「教育の仕方が悪い」と、何度も手を変え品を変え事態の建て直しを図りましたが、何をしても暖簾に腕押し。プリンターが必要な時になぜかプリンターの電源が抜かれていたり、当日必要になる道具を壊されたり……。納期を守らない、できていないのに「できてます」は日常茶飯事。嘘をつかれちゃこちらも対応のしようがない。それでも私は彼の自信喪失や自責を助長しないよう、「そういうこともある。何とかするから引き続き頼むね」と表向きは温和に、裏側で顧客に頭を下げ消耗しながら彼をサポートしました。

まぁ無理。

いや無理なんですよ。

私の能力が足りないのだと何度も踏ん張りましたけど、物理的にも精神的にもミッションの達成が困難でした。

「彼は悪意をもってやっているのかもしれない。何か私に恨みがあるのかもしれない」と考えたこともあります。このころから私は「なぜ彼はこんなことをするのか」と考え始めました。可能性として考えられたのは「悪意、怠慢、病気」の三つです。

この三つに可能性が絞られる時点でなかなかヤバめなんですが、とにかく私はそうしました。冷静な考察だったと思います。

結論からいうとこれが発達障害の特性(つまり三つ目の病気(障害))だったわけですが、原因がわかったからといって事業における問題点が即座に改善するわけではありません。

彼と仕事を始めてからちょうど1年後、私の心は限界を迎えました。色々ありました。色々ありましたがとりあえず省略しまして、最終的に私は彼との契約解除を言い渡し、同時に「君は発達障害の可能性が高い」と告げたのです。

契約解除と発達障害疑惑のダブルパンチ。彼からすれば衝撃的な通告でしょう。しかし私には「発達障害」の確信がありました。でなければ説明できないことがあまりに多いし、そのころは発達障害についてずいぶん勉強していました。自分の通告が軽率でないように、そして彼の未来を奪うものにならないように書籍や情報を漁りまくって答え合わせをしていたのです。通告の前の晩、鏡の前で夜中遅くまで発言挙動の練習をしたのも、今となってはいい思い出──いえ嫌な思い出千万だわい。つらいですよ、そんなことを通告しなきゃならないのって。

2016年7月から弟と働きはじめ、その1年後の2017年7月に契約解除。妻は当時の私を「動く肉の塊」と比喩しました。それほど生気に欠け、打ちひしがれていたのだと思います。たった1年で人はこうも変わってしまうのかと、いまだ戦慄を覚えます。

弟との契約解除を言い渡しましたが、それで終わりではありません。私はこの時、事業を建て直すか、それとも彼の自立支援を行うか二者択一の選択に迫られました。資金的にも精神的にも状況的にも両立が困難だったからです。

結論としてこの時、私は10年かけて育て上げた事業を捨て、彼の自立支援にフルコミットすることを決断したのです。彼が支援を望んだのが大きな理由でした。

当時の手記について

実はこの2017年7月以降から、当時の苦悩や私の考え、思うことを手記として残していました。既にどっぷりカサンドラにやられた状態の手記です。書くことで頭や心を整理する必要があったのです。

ですが、その後その手記を読み返すことはありませんでした。読み返そうとしたことはあります。しかし動悸が激しくなり当時の感覚が蘇って吐き気を覚えるため、どうしてもできませんでした。

昨夜、ついに私は当時の手記をすべて読み返しました。多少気分が悪くなり頭痛も覚えましたが、実際に洗面所へ駆け込むほどではありませんでした。比較的ちゃんと読み返せたと思います。どうやらずいぶんとよくなったようです。この手記をこの場で「ぐっばいカサンドラ」として公開し、どなたかのお役に立てられればと思いnoteを始めました。

この後、noteのマガジン機能を利用し、当時の手記を随時公開します。マガジンは、一つのテーマをまとめられる機能です。Youtubeでいうところの再生リストに近い機能でしょうか。

マガジンは途中から有料設定いたします。

「結局は金かよ」と不快に思われる方もいるかもしれません。これが私の懸念するところです。

当時の手記は今の私と精神状態が随分と異なります。動く肉の塊が青ざめながら、何とか心を整理しようと嗚咽とともに書き出した「血の手記」です。

手記はそのまま公開しますが、今思うところを注釈あるいは解説として追記しなければ誤解を招く可能性がある表現もあると思います。読み返し、考察し、追記する。つわりのようなこの決して楽でない編集作業には「対価がある」と割り切らせてください。ほんの数百円でいいのです。私には割り切りが必要です。

(注:ぐっばいカサンドラ、無事に最終話まで公開いたしました。結局有料設定はしませんでした。興味のある方はこちらからどうぞ)

使命感や義務感などたいそうな志があるわけではありません。ですが、何かしらの決断はカサンドラで悩む人がいずれ通る道なのだと思います(ずっとカサンドラでい続けるつもりでなければ)。

併せて今、発達障害やその他諸々について思うことは、都度公開&更新していきたいと思います。

最後に、カサンドラ&発達障害当事者へ

手記の中で私は「発達障害者とそれ以外は棲み分ける以外に方法はない」と結論しています。言い切っています。それは当時の体験による本音中の本音です。なぜ棲み分ける必要があるか、その理由についても詳しく記述しています。

今も私はそう思っています。棲み分けが大切。

ですが、当時と今では少しニュアンスが違うのです。

棲み分けは確かに必要ですが、「棲み分けながらも共存する方法があるんじゃないか?」というのが今の私が思うところ。以前の「棲み分け」は「分断」に近いニュアンスがありました。

当時は「絶対ムリ!」だったのが、今は「いや?特性とか対策とかわかってきたし、方法変えればいけるんじゃない?」と考えるようになったのです。

カサンドラで病んで絶望し、発達弟に仕事や住まいを壊され家族関係までをも破壊されそうになりながら(確かに私の力量不足もあるのですが)、それでも今こうして「いや方法はあるでしょ」と考えられるようになった自分自身の変化に、少し戸惑うところはあります。

ですが私は「無理」と、発達障害者を一蹴したくないのですよ。

その理由は、彼に悪意がなかったことがわかったからです(途中まで本気で悪意があるように感じていました)。

それに彼は私の弟なのです。

弟が発達障害で苦しんでいる。こいつのせいで──という気持ちはいまだにあります。ですがそれとは別次元なんですよ。弟やその周りの人間には幸せであって欲しい。

私自身、カサンドラを回復できそうなステージにきているから──というのもあると思います。

一度失敗しました。

「だから二度目はない」じゃ発展しませんでしょう。

私はもう草原に放り出されたスティーブではありませんし、ひのきのぼうを片手に背伸びをする勇者でもありません。苦しみながら傷つきながら経験値を積んで、ようやく中ボスに相応しい装備が整ったように思います。

まだ後遺症はあります。でもここまで回復した。

今まさにカサンドラに悩む方々(私自身を含め)や発達障害当事者に可能性の大切さを伝えるには、発達障害を攻略するしかないと思っています。障害という中ボスを倒さなきゃ。それで初めて当事者のパーソナリティや個々の生き方、社会問題に切り込めます。

私の苦しみ、悲しみ、やるせなさ、空虚、奪われた心、時間、吐いて栄養摂取の機会を損失した食物、私だけでなく妻の苦労、ストレス、不安、それらを取り戻すには発達障害を拒絶するのでなく、それを心から肯定できるようになって「むしろありがとう!」と言えるようにならないと、カサンドラの魔女は成仏してくれない気がするのです。

悪しき魔法を解くために、そろそろ失われたものを悔やむのではなくしっかり前を向きたい。

noteありがとう。

そしてこれから私の稚拙な文にお目を通してくださるすべての方にまずは「ありがとう」を言わせてください。

カサンドラ、発達障害者、私達にはまだ可能性があるはず。


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