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連載小説【正義屋グティ】    第27話・狼命の交換


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前話はコチラ→【第26話・逆寄せ】
重要関連話→【第2話・目覚め】【第4話・小さな誓い】


第三章
27.狼命の交換

3010年
ゲリラ豪雨に襲われた灰色の車窓には細々としずくがくっついている。最初はそのままへばりついていた水滴だったが、アクセルが強く踏み込むにつれて窓の上を走り出した。その様はまるで競争みたいで小さかった水滴が相手をどんどん抜かしていき、その勢いのまま周りのしずくを飲み込み大きくなっていった。
「あ、ついた」
窓の端というゴールについた水滴を指さし無邪気に笑っているこの少年は、10歳のデンたんだ。
「デンちゃん、まだつかないってば~。どんだけ泳ぎたいんだよ、可愛いな~」
そんなデンたんの頬を細い人差し指でつついている少女は、デンたんの姉である16歳のオーリー・ガネーシャだ。ガネーシャは上下青の水着を着ており、その上に薄い黄色のコートを羽織っていた。黒髪のショートヘアにはっきりとした顔つきが彼女のチャームポイントだ。そんな姉にからかわれたデンたんも負けじと応戦する。
「ちげぇよ!窓のしずくを見てたんだよ。それに水着来て、ねぇちゃんの方が泳ぐ気満々じゃん!」
「ごめーん、怒らないでよ。確かにしずく君達も窓の上を泳いでいるもんね~」
「ねぇちゃん、また馬鹿にしたな!」
しかし効果はなく逆にデンたんがしてやられる展開となり、当の本人は不満げな顔を作りそっぽを向いた。
「おい、ガネーシャ。お前は遊びに来ているわけじゃねーんだぞ」
ねずみ色のパジャマのようなものを身にまといハンドルを握るランゲラックは眠そうにくぎを刺した。
「はいはい。分かってるって」
「お前はもう一人のねぇちゃんじゃねぇ。一人のベルヴァ隊員だ」
「なに?ベルヴァって」
デンたんはあまりにも気になったのか、膨らんだ頬をすぐにしぼめランゲラックの方向を向く。すると、ガネーシャは少し寂しそうに口を開けると、
「ううん、何でもないよ」
と続け拳を強く握る。
「ねぇちゃん?」
デンたんは不思議そうに首をかしげるが、聞いちゃいけないような気がしたのか再びしずくに視線を移した。そのままゆっくりと時間は過ぎていき、遠目に美しい海が見えてきた。
「ガキんちょ、海だぞ」
山肌を走るランゲラックは車の窓を開け、下の方に見える波打つ海を眺めた。
「わぁ、これが海なのか。初めて見るな、ねぇちゃん!」
「…そうね」
ねぇちゃんテンション低いな。そんな事を密かに思いながらも、デンたんは車の窓を全開にし身を乗り出した。
「デンちゃん、危ないよ」
「大丈夫だって!ほらなんか不思議な香りがするよ」
デンたんは初めて感じる潮の香りをいっぱい肺に送り込み、目を輝かした。それとは裏腹にガネーシャは少し暗い顔をしているようだった。
数十分後、ランゲラックの車は海辺の巨大デパートの駐車場にあった。海の方からは親子やカップル達の賑やかな声が聞えてくる。
「ねぇちゃん、早く行こう!」
車内で海パンに着替えたデンたんは、無邪気にガネーシャの腕を引っ張る。
「…今行くから、先行っててよ」
ガネーシャは優しくその手をほどき、車の方に戻っていく。
「昔、あの場所で見たヒカルって男の子ね」
「そうだ。本来は別に監視役がいるらしいんだが、あの人が言う事だ。今回は何かが違うらしい」
車のドアを勢いよく閉じたランゲラックはガネーシャを見つめそう答える。ガネーシャは上着を車内に置きデンたんのいる海の方へと走り出そうとした。が、ガネーシャは足を止め背中でランゲラックに声をかける。
「もし、私に何かがあったら…デンちゃんを、オーリー・デンハウスをあなた達に頼むよ」
ガネーシャはいくら返事を待っても、ランゲラックからの返答はなかった。大きく息をついたガネーシャは、遠くで手を振るデンたんのところへと急いだ。
「はぁ、厄介だな」
少し時間がった後、ランゲラック車に戻り胸ポケットに入ったタバコを取り出し、火をつけた。
「すぅーーーはぁ」
一服し終えたランゲラックはかすかに聞こえる男たちの話し声に気づいた。
「何だ?」
ランゲラックは窓のカーテンを閉め、フロントガラスに日差し避け用のシートを被せ気配を消した。
「なぁボス、俺達はさっき海で溺れていたガキの母親を狙えばいいわけだよな?」
サングラス男は拳銃に弾を詰めながら、太っているボスへと問いかけた。
「そうだ、殺す必要はない。それに正義屋以外にも我々の敵対勢力はいる可能性がるらしい、気を付けて行くぞ。ショーンもいいな」
「任せとけよ。全ては家族のため、俺らの正義のため」
ショーンは覆面を被り終えるとそう答え、デパートの裏口から侵入していった。
「そういう事か」
ランゲラックは車のエンジンをかけると、どこかへと走り出して行った。

浜辺
「ねぇちゃん、早く来てって」
「早いよ、デンちゃん。一人で行くと危ないぞ~」
灼熱の太陽が砂浜を焼きビーチサンダルを忘れてしまったデンたんは、たまらず波打つビーチへと足を付ける。海でぬれた砂たちを手に持つと、不思議な感触がしてすぐに離してしまった。
「なぁ、ねぇちゃん」
デンたんは目を輝かせ遅れてやって来たガネーシャを見つめた。
「どうしたの?」
ガネーシャはその輝きに思わずにっこりと笑いデンたんの身長に合うようにかがんだ。デンたんも頬を上げると
「連れてきてくれてありがとう。俺母さんや父さんがいなくても、ねぇちゃんさえいればずっと幸せな気がする!」
と言い切り、ガネーシャに飛びついた。突然の言葉にガネーシャは潤んだ目を腕で拭き、水平線に向けてデンたんと歩き出した、その時だった。デパートの屋上から銃声が鳴り響いた。
バーーーン
「えっ」
ガネーシャは思わず後ろを振り返りじっと固まる。
「どうしたのさ?早く行こう」
デンたんには聞こえてなかったのか、ガネーシャの腕は海の方向へと引っ張られていく。
「やだ、行きたくない」
「え、行きたくないの?」
デンたんはガネーシャの口からこぼれた独り言を拾い困惑する。
「いや、海の方じゃなくて…」
ガネーシャが口ごもると、目線の先のデパートの頂上から人影が写った。
「グティレス・ヒカル…」
ガネーシャは固唾を飲んだ。そしてサングラスをかけた男が屋上の柵を乗り越えた時、ガネーシャの不安は絶望へと変わり全身に襲い掛かって来た。
「ねぇちゃん、今日変だよ!知らない人間の名前を呼んだり、車を運転していた人だって俺知らないよ。親戚のおじさんじゃなかったの⁈」
デンたんはガネーシャの後ろ姿を見つめると、ガネーシャが荒い息を立てながら見据える先の光景にも気づいてしまった。
「ねぇちゃん、あれって」
「行かなきゃ。私があの子を救うんだ」
ガネーシャはゆっくりとデパートに向けて歩き出し始めた。そして何かを決心したような面影を作ると、その場にしゃがみ込み、右手を地面につけると何故か逆立ちを始めたのだ。
「ウルフ」
そう呟き少し経つと、ガネーシャは再び地面に足をつける。デンたんはすかさずガネーシャの腕をまたつかみハッとした。その腕は小刻みに震えており、見たこともないような黒い毛皮がゆっくりと生えてきていたのだ。
「ねぇちゃん?何その毛、まるで獣みたいだよ…」
デンたんはそうつぶやくと、同時にガネーシャはデンたんの腕を振り払い目をつむった。
「何に対してかわからない、でも私の身をこの状況に置き、私にこの使命へと導いたすべての人と物事に強い怒りが湧いてくるの。私が10歳の時、両親が異国の地で謎の死を遂げてから全ての歯車が狂った。それでも私のそばにいてくれたデンちゃんとバリトンにだけは感謝している。」
「…ねぇちゃん?」
遂にガネーシャの体中から黒く長い毛皮が生え、口からは鋭く丸みを帯びた牙が、おまけにあの優しそうな面影が一切ない恐ろしく冷たい目をして一匹の狼はその場に立っていた。
「お別れかもね。デンちゃん」
「い、嫌だよ、絶対にそんなの嫌だよ。だってあの子のためにねぇちゃんが危険な行動に出る必要なんて...」
デンたんが必死に引き留めていると、黒い狼は鋭くとがった爪を持つ人差し指をデンたんの口の前に立て
「ひどい、ねぇちゃんだったね。だって、君をまた一人にするんだから」
と囁いた。
「ひどくなんかない。だから、お願い行かないで!狼になっちゃうねぇちゃんでもいいから、俺の大好きなねぇちゃんでいて」
デンたんは涙を流しながら狼の顔に焦点を合わせる。そして、黒い狼は優しい毛皮の手でデンたんの頭を撫で、デパートへと走り出した。
「ありがとう」
という言葉を残して、ガネーシャ完全に黒い狼へと姿を変わってしまった。
黒い狼は人の波を搔き分け、空中に投げ出されたグティの首めがけて思いっきり噛みついた。
「ヒカルゥゥゥウウウウウウウ!!!」
そんな女性の叫び声に耳を包まれながら、黒い狼はものすごい速度で落下していくグティの下敷きとなり命を絶った。

「ねぇちゃん!なんでだよ!おれやだよ!」
海パンを羽織った少年はいまもなお流れ続けている二人の血を手にべっとりと付け、溜まっている濃い赤色を薄めようとしているかのように少年はありったけの涙を費やした。すると少年は何を思ったか、息のないグティに向かって拳を放った。それも一回ではなく何回も、何回も、飽きることなくグティを殴り続けた。この光景を何も知らず見る者は、なんと狂った恐ろしい少年だと感じるであろう。だが、全てを見ていたランゲラックはそれを止めることを躊躇した。そして一滴涙を流してから、心を鬼にしデパートの角から現れた。
「おい!ガキ」
そう叫んだこの男の手の中には、白い小さな箱が出番を待ち遠しそうにしてその光景を眺めていた。
 

   To be continued…   第28話・華の所長
巨大伏線回収。そして物語は新たなステージへ… 2023年1月22日午後8時投稿予定!!
第三章も遂に始まりました!今回もスキやコメントなどよろしくお願いします!!


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