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連載小説【正義屋グティ】  第2話・出来損ない(大型リニューアル済)

ー本編ー2.出来損ない

「ヒカル、何おじいちゃんみたいなこと言ってんのよ。そんなのじゃろくな大人にならないわよ?」
「なんだよ!じいちゃんの事を馬鹿にするのか!」
グティは母に憧れである祖父の嫌味を言われたような気がし、頬を大きく膨らます。
「もー、困った子ね。じゃあママは上でお買い物するからヒカルはこの階でおもちゃでも見てなさい」
母はグティの面倒なスイッチを入れてしまった事に気づき、【おもちゃ売り場 八階】と書かれた案内板を指差し、エレベータのボタンをもう一つ光らせた。
「ママは九階に行っているから、大人しくしときなさいよ!」
クラッシーはエレベーターから飛び出すグティに聞こえるほどの大声で呼びかけると、『閉』のボタンに指をかけた。
「ママっていうなー!」
こちらも負けじと雄たけびを上げたが、既にエレベーターの扉は締まり切り九階のランプに明かりが灯っていた。グティは母にうまく言いくるめられた事に気づき小腹が立ったが、目の前に広がったおもちゃの山を前にしたらそんな感情はすぐにどこかへと飛んでいき、お目当ての商品を探す小さな冒険が始まった。
 
30分ほどたった頃、グティはお目当ての商品をねだろうとおもちゃの剣を片手に九階に向かおうとしていた。
「きゃぁぁぁあああああああ」
それは突然の事だった。グティの真上のフロアから慌ただしい足音と女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「なんだ?!」
グティは未だに三階で停止しているエレベーターに背に向けると、少し離れた位置にある階段を急いだ。段数を重ねるにつれて、大きくなっていく大人たちのうろたえる声々にグティの足はズンと重くなる。怖いのだろう。そうは自分でもわかっていたが、母のいる九階から自分だけ逃げる事なんてできなかった。グティは両耳を塞ぎながらなんとか九階へとたどり着くと、思わず息を飲んだ。そこにはレジコーナーで覆面の男に銃口をこめかみに付けられ、がくがくと震えているクラッシーの姿があったからだ。
「あ、あ、あ」
グティは足を止め、餌を待つ金魚のように口をパクパクさせる。
「逃げて、ヒカル!」
グティの存在にいち早く気づいたクラッシーは決死の思いで言葉を絞りだした。
「誰が、喋っていいといった?死ぬぞてめぇ!」
丸眼鏡をかけた小太りの男はクラッシーの胸倉をつかみ悪魔の形相で脅迫をする。グティは操り人形さながらに母の言いなりになり、非常階段で一階まで下ろうと懸命に走る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
このまま逃げてはいけないという正義感が、降り注ぐ恐怖の雨に圧倒されていた。
『自分がこの世界の主人公だと意識しろ』
「え?」
フラッシュバックだ。ちょうど三階を過ぎたあたりでグティの視界は突如、夢に出てきた赤い狼によって奪われ、階段を踏み外しそのまま踊り場まで転げ落ちてしまった。
「うわぁあああああ」
そして真っ先に両手を地面に付けたグティは自分の体を丸めこむと、その衝撃でずり剥け朱色に染まった自分の両手をまじまじと見つめた。
『その正義を全うしろ』
ドクンと心臓が高ぶるのがわかった。するとグティは天井の点滅している蛍光灯を見上げ、血まみれの手を顔にこすりつけると、パチンと一発両頬を痛めつけたのだ。
「僕の正義を全うしてやるよ!」
グティは立ち上がり拳を天高く掲げると、今さっき自分が下ってきていた階段を上り始めた。自分でも何が起きたのかわからない。でも後悔だけはしたくないという一心でただひたすらに無限に続くように感じる階段を駆け上がった。その原動力は『正義』という大きな疑問を解消するためだったかもしれないが。
「ママは?さっきの女性はどこですか?」
グティは階段を上り終えるとすぐさま近くの男性に尋ねた。
「あの人なら……ってそんな血だらけでどうしたんだよ?今すぐ正義屋を」
「そんなんどうでもいいから、早く場所を教えてくれ!」
グティは目を血走らせ狩人のような目で男を睨みつける。
「あ、あぁ、あの人なら今さっき覆面の人に連れられて屋上に行ったよ」
突然生意気な子供に怒鳴られ困惑した男はエレベータを指差しグティに返答した。グティは礼の一つもせずに、封鎖されている黄色いテープの隙間をくぐり屋上への非常階段を上り切ると、錆びれた鉄のドアを思いっきり押し込み少し強いくらいの潮風に身をさらされた。
「わっ!」
真っ白な太陽の光に思わず目をつむった。そしてどういうわけか30mほど上空にはヘリコプターがけたたましい音を立てて浮かんでおり、グティの動きを黙って観察しているようだった。グティはゆっくりと歩き出し、Ⓗのマークの中心に立ち止まると、美しいビーチ一面を総覧し、首元にたまった汗を着ていた服の裾で拭き取った。
ピーンポーン
きたか。グティはRと書かれたエレベーターの文字がオレンジ色に光ったことを確認すると、やったこともないファイティングポーズなんかをして一丁前に身構えた。しかしそんなグティもまだたったの十つ。冷静に今自分が立たされている局面を考えてみると、体の震えが止まらなくなってきた。が、そんなグティの小さな心など露知らぬエレベーターはゆっくりと低い音を立てながら扉を開け、クラッシーを人質にとった屈強な三人組とグティを対面させた。
「ヒ、ヒカル……?」
未だに状況を飲み込めていないクラッシーは目に涙を溜め、瞬きもせずグティを直視した。
「ボス、あいつは?」
「さぁ」
サングラス男と丸眼鏡男が互いに顔を合わせ首をかしげると、決心をつけたグティは走り出し、「このやろぉお!!!」と声を張り上げると小さな拳に力を籠め、サングラス男の横顔を力いっぱい殴りつけた。
ボコッ
案外いい音がした。それと共に屋上へと足を出していたサングラス男の体はエレベーターの中へと再び押し込まれ、無様にも尻もちまでついた。
「いでえ!何しやがるんだ、このクソガキ!」
振動を感知したエレベーターへと通信を繋げた管理会社の女がその雷声に思わず甲高い声を上げる。サングラス男はエレベーターの外へと目を移すと再びグティが飛びかかってきている事に気づき、慌てて手に持った拳銃を構え引き金を引いた。
バンッ
グティの威勢の良い声はたった一つの銃弾によってプツリと途切れ、クラッシーの悲鳴へと変貌した。
「きゃぁぁぁあああああああ!ヒカル!しっかりして!」
その鉛玉はグティの右ひざに命中し、倒れたグティの周りの地面に血が溜まっていく。遂に我慢の限界を迎えたクラッシーは涙を頬に流したまま、背中に拳銃を突きつけるガスマスク男に殴りかかった。が、無情にも男二人の力には敵わず、クラッシーは丸眼鏡男によってグティの隣で膝間づかされた。その足元に流れ着く冷たいグティの血が、この現実を嘘だと思い込みたいクラッシーの心を破壊していく。
「おい、くそ女!俺らの目的はこのガキじゃなくてめぇの親父だ。分かってんのか?!……これはこのガキが俺を殴った報いだ。よく見とけ!」
しかしながらそんな事など気にも留めないこの男は飛んだサングラスを定位置に戻し、グティを抱きかかえ屋上の隅までのそのそと歩を進める。
「ヒカルに何するの?!」
クラッシーは目を見張り、男に怒鳴る。が、サングラス男は知らんふりをして屋上に設けられた低い鉄製の柵をグティをおぶりながら乗り越えた。
「おい、ガキ。お前の最後の言葉をあの女に聞かせてやれよ。」
クラッシーを押さえている男たちは大声で笑い、やれ!やれ!とヤジを飛ばす。クラッシーは体の全ての力が抜けたかのように地面に横たわり、何も言わなくなった。
「僕の正義を見つけました」
穴の開いた無気力な太ももを一瞥し、空と海のはざまを端から端までゆっくりと見渡すと、グティはかすれた声を絞り出した。
「ほう。正義屋が来たら厄介だ。早く済ませろよ」
グティを担いだサングラス男のその声は笑いに震えているように感じられるも、それに怒る体力はもう残っていなかった。辺りは謎のヘリコプターのプロペラ音のみになり、架空のスポットライトがグティに当たった。
「それは……ママの救出と、この事件にかかわった奴ら全員への復讐だ。僕はテメェらみたいな『間違った人間』を許さない!絶対に、許すわけにはいかない!!それが……僕の正義だ!」
グティの怒りに満ちたその目がサングラス男に注がれた。残された僅かの体力を命乞いや、母への感謝を伝えることにでも使うのかと考えていたサングラス男は、予想だにしなかったこの展開に顔を引きつらせる。これが十年しか生きてない子供の迫力かよ。サングラス男は顔を自分へと向けるグティから目をそらすと、動揺を必死で隠し「負け犬の遠吠えか」と鼻で笑うと、グティを屋上から勢いよく投げ捨てた。
「ヒカルゥゥゥウウウウウウウ!!!」
風を切るグティが落下中に感じたのはクラッシーの悲鳴に対する複雑な感情と、首に感じた強い痛みだけだった。
 
                ♢
 
「う……頭がくらくらする」
一年前の出来事が瞼の裏で再生し終わると、グティはようやく目を開けた。きっと気絶していたのだ。グティは反響する自分の声以外の音を探すべく、ひんやりとした暗闇の中で足を付き、立ち上がった。が、その足はすぐによろけ、再び腰から崩れ落ちる。
「……人?」
そう。グティの足元には、横たわり動かなくなった大人の体が転がっており、それが自分とクロムを庇った正義屋の職員だという事はすぐに分かった。では、今自分のいる場所は?その考えうる答えは、この宮殿の地面が衝撃で割れその地下にいる。というものしかグティには考え付かなかった。グティは薄く地面に張っている雨水に濡れ、水を吸った靴を脱ぎ捨てると、瓦礫に塞がれた天井を見上げた。何も見えやしない。グティは頭を抱え、小さな水しぶきを上げながらその場に座り込むと、それとは別の何かの音が奥から聞こえてくることに気が付いた。    (3989文字) 

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