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連載小説【正義屋グティ】   第3話・小さな誓い

3.小さな誓い

3年前
「嘘でしょ!」
「きゃぁぁああああああ。誰か正義屋を!」
グティがデパートの屋上から落とされてからすぐのことだ。だんだんと沈んでいく夕日から逃げるように、海から上がってきた水着姿の人間たちがゲテモノを見るような目でその場の悲惨な光景を目に焼き付ける。すると人間たちは、『その光景』に拒絶し他人事のようにその場から立ち去ったり、その場で虫の抜け殻のように硬直したり、『その光景』を見てわんわん泣き叫んだりと現場はまさにカオス状態だった。『その光景』とは車がまばらに停まっている駐車場の端の方に進むと、ずっと続いていたはずの白線が突然朱色に染まり、その上にグティと黒い狼が脈を止めて横たわっているというものだった。
「ねぇちゃん!なんでだよ!おれやだよ!」
海パンを羽織った少年はいまもなお流れ続けている二人の血を手にべっとりと付け、溜まっている濃い赤色を薄めるかのように少年はありったけの涙を費やした。すると少年は何を思ったか、息のないグティに向かって拳を放った。それも一回ではなく何回も、何回も、飽きることなくグティを殴り続けた。
「おい!ガキ」
グティの顔がぐちゃぐちゃになり、周りの大人が四方八方に逃げていく中、少年の前に上下ねずみ色のパジャマのようなものを身に着けた男が現れた。
「…」
少年は血だらけの手をピタッと止めて男の方を向く。男は本当に寝起きのようで、やる気がないのか寝ぐせもはっきりと付け、その上何回もあくびをし涙を流している。身長は185cmくらいだろうか。顔は整っていてかなりのイケメンだ。
「悪い、子供相手に怒鳴るつもりはないんだ。でもこれは遊びじゃ無いんだよ。そこをどいてくれ」
男は死体を見慣れているのか、『その光景』に戸惑いを一切していないように見える。男の静かな警告が少年には響かなかったのか、少年は知らんぷりをしてグティを再び殴り始めた。
「おい!聞こえたはずだぞ!そこをどけ!」
「嫌だ!俺はこいつを許さないんだ!お姉ちゃんをこいつは…」
ボカッ
大きな音と共に少年は男に蹴り上げられた。
「なにすんだ!」
少年は大きく尻もちをつき、血だらけの顔で抗議する。だがそんなことをお構いなしに男はグティを両手で担ぎ上げると、小さな箱をおいてゆっくりと歩き始めた。
「ガキんちょ。最後の警告だ。あの狼には近づかない方がいいぞ」
「なんで?!」
「灰になるからさ」
男がその言葉を発すると大きな爆発音と共に、黄色がかった赤色の炎がその現場を奇麗に焼き尽くした。
「姉ちゃぁぁあああん!」
少年は激しい熱風に顔を焼き尽くされそうになりながらも叫び、その炎を見て立ち尽くした男を鬼のような目つきで睨みつけた。
「恨むならこの子じゃなくて俺を恨め」
その視線を感じたのか男はそう言い残しその場から去っていった。


数時間後
グティの身柄は現場から少し離れた都会の病院にあった。
「お、おいここに死んだ少年が横たわっているぞ!」
グティは人が通らない都市クリニックの裏口に変わらず血だらけで横たわっているのを一人の看護師によって発見された。看護師の悲鳴に近い報告にクリニックの院長があわあてて駆け付ける。
「……おいらが診るわ」
「本気ですか?!この子はもう死んでるんですよ?!」
呼吸の荒くなった看護師を院長は何も言わず見つめると、そのまま担いでクリニックに入っていった。
「なにあの子?こわっ」
診察待ちの若い患者がそう言葉を漏らす。が、院長はそんな言葉に耳を貸さずグティを担いだままベットに寝かしつけ数分が経過した頃だろうか、グティはむくっと起き上がり固まってきた自分の血を肌で感じ目を丸くした。
「ここはどこ?」
迷宮に迷い込んだヒロインかの様に辺りをグルっと見渡す。だがそこには先ほどまでいたサングラスの男や母の姿が見当たらず、いい年をしたおじさんの姿と強いアルコール消毒液の匂いだけが鼻に嫌がらせの如く入ってきた。
「ヒカル!大丈夫か?」
するとベットのカーテンがシャッと開き、仕事に行っていたはずのグティの父がグティの前に現れた。
「パパ!僕、頑張ったよ」
グティからしてみれば死んだと思いきや突然知らない場所に連れてこられ、血まみれの自分と対面したとほぼ同時に自分の父親に再会しているのだ。この謎の状況で涙を流さない10歳は存在しない。その事をグティの父はしっかりと理解したのかグティの事を強く抱きしめた。
「…えっとぉ。取込み中悪いんだけどよ、ヒカル君に検査のためこの脱脂綿を強く噛んでくれい。いいか?」
院長にそう尋ねられたグティは父の腕を優しくほどき、言われた通りの行動をした。
「ありがとよ。それじゃあ、そいつをよこしてくれ」
院長の優しい声かけにグティは恥ずかしくなったのか、緑色に染まった脱脂綿を渡さずもじもじし始めた。
「何やっているんだ、ヒカル。ホントにお前はシャイボーイだな」
グティの父は少し微笑みその脱脂綿をグティから奪い取り院長に渡した。
「あ、ありがとう」
さっきまでの微笑ましい笑顔が一気に緊張の顔に変わった。
「どうしました?フレディ院長」
不思議に思ったグティの父は見上げるようにフレディ院長の顔を覗き込み尋ねたが、フレディ院長は「いいや、なんでもねぇ」と笑って誤魔化し検査は終了した。
その日の20時、妻を探すため近くの正義屋に立ち寄っている際、フレディ院長からの検査結果を電話で聞いたグティの父は暗い顔をして、公園のブランコに座り込んでいた。
「グティのパパ!どうしたのこんなに遅い時間に僕を呼び出すだなんて」
ブランコからあふれ出る負のオーラを感じつつも、総合分校が同じでグティの親友である10歳のパターソンがグティの父の元に近づいてきた。
「…ヒカルが病気になった」
「えっ!」
パターソンはあまりの小声と内容に耳を疑う。夏だというのにブランコの周りだけやけにひんやりした空気をパターソンは感じた。
「日常生活に大きな支障は無いんだけどな、ヒカルは自分の怒りを制御できなくなってしまう病気にかかったんだ。どうやら今日の事件で開いた傷口から未知のウイルスが入り込んだらしくて特効薬はまだ存在しないんだって」
グティの父がひと段落話し終えるとパターソンは音を立てて膝まづき、ふと思った疑問を投げかける。
「どんな事件かは聞かないでおくけど、その病状については理解したよ。でも何で僕を今呼んだのさ!そんな精神的にも極限状態のはずなのに…」
パターソンが話し終える前にグティの父はパターソンの手をギュッと握り、重なる二つの手にぽつぽつと涙を垂らした。
「こんなことを周りに言うと、皆怖がっちゃうだろ?だから信頼できる君にだけ相談したいんだよ」
「どうゆうこと?」
「グティは多分正義屋養成所に入学する。だから君にはグティが怒らないようにずっとそばに見ててほしいんだ」
間違いなく今までの人生で最大の頼みごとをされパターソンは分かりやすく動揺する。サーッと涼しい風が吹き、緑色の大きな木々が解答をせかすように音を鳴らしてくる。だが、パターソンにとって正義屋に行くという選択肢は無かった。
「ごめん。それは…できない」
パターソンがそう返すと騒がしかった公園が、互いの心臓の音がはっきりと聞こえてしまうくらいまでに突然として静寂に包まれた。すると次の瞬間グティの父は、
「そうか。残念だ」
という言葉を残してブランコから後ろに倒れ込んだ。
「え?どうしたんだよ!ねぇ」
パターソンが呼びかけをしても一切反応をしない。近くに行き、息をしているか確認したがそのそぶりは全く見られなかった。この時初めてパターソンは他人の『死』に立ち会った。
「わかったよ!僕も正義屋養成所に行くから!グティを絶対に守り抜くから、死なないでよ!グティを一人ぼっちにしないであげてよ!」
パターソンは冷たくなり始めているグティの父の手を握って泣きそうな顔で訴えかけたが結果は変わらなかった。
「誓うよ。僕の命にかけてでも。何もかも失ったグティを僕は絶対に見捨てないから!」
再び公園に音が戻ってくる。さっきまでの会話が何時間にも感じるし、ほんの数秒にも感じる。そんな不思議な体験をした少年を公園の木々達は、心地よい風と協力し最高の合唱で見守った。一人の人間の謎の『死』と引き換えに…。
              To be continued…
    【第4話・カタルシスの民】


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