認知症治療をあきらめない社会づくりに貢献。医療法人愛成会 理事長・井上慶子の物語【誰かの物語vol.5】
商品やサービスには、必ず物語がある。現在地に至る紆余曲折や叶えたい未来を知れば、もっと好きになったり、もっとおいしく感じたり、五感が刺激されて、ともすれば人生さえも変えてしまうかもしれない。そして、また新しい物語が巡り生まれ、世代を紡ぐ。『誰かの物語』は、誰かを救う力に満ちている。そんな、誰かの想いが詰まった素敵な物語の数々をご紹介します。
今回は、医療法人愛成会 理事長・井上慶子先生の物語。
「患者さんが元気になっていく姿を見るのが、治療者としての最大の喜び」。認知症治療に注力
井上慶子先生が理事長を務める医療法人愛成会は、1972年に大阪府枚方市で開業した老舗のクリニックです。開業以来、健康診断や人間ドックなどに対応し、地域社会の健康増進に貢献してきました。現在は、婦人科診療にも力を入れる一方で、総合内科として高齢者に対して医療を提供しています。
中でも、特に注力しているのが認知症治療。「往診患者の9割が認知症を患っている」と井上先生はいいます。
「高齢者医療において、認知症治療は避けて通れないものです。認知症の原因はさまざまで、例えば、たんぱく質や鉄分といった栄養が足りていないケースも。そういった場合には栄養療法も併用するのですが、施設のベッドから動けなかった人が徐々に元気を取り戻し、フロアに出てカラオケを歌い始めたりもします」(井上先生)
井上先生は「どんな疾患でも当てはまるが、認知症を治療するには、患者の全体像を把握しなければならない」と指摘しました。患者本人や家族とコミュニケーションを通じて心を交わし、また、その人に合った適切な治療を施すため、薬や栄養に関する勉強に今なお邁進しています。それは「身体の本来の機能と修復力を十分に生かし、改善させることで、その人の身体の最高の状態を導き出せる」と考えているため。あくまで医療者を徹底的なサポート役と位置付けて患者と向き合い、可能な限り根本的な解決を目指して治療に励んでいるのです。
「たくさんの認知症患者さんを観察しながら知見を深めていくと、どのような薬を使わないといけないのか、いわゆる『キードラッグ』を見抜けるようになっていきました。鍵穴に合う鍵のように『キードラッグ』を探し出して投与すれば、表情が生き生きとしたり、歩けるようになったりします」(井上先生)
治療の成果が現れると、患者本人や家族と手を取り合って喜び合うと話す井上先生は「患者さんが元気になっていく姿を見ることが、治療者としての最大の喜び」と断言。認知症に真摯に対峙する姿勢が高く支持され、外来診療には市外・府外からも多くの認知症患者や栄養障害によるメンタル障害の若年や中高年層が足を運んでいます。また、在宅医療や看取りにも積極的に取り組み、そのエリアは法人全体で北河内~北摂地域から尼崎市にまで及びます。
人体への飽くなき探究心は幼少期から。医師として順風満帆の毎日を過ごすも……
そんな井上先生が医師を志したのは、小学生だった頃に遡ります。
「ちょうど勉強がイヤになった時期で、大学生まで続けなければいけないことに絶望しました(笑)『何の勉強なら続けられるだろう』と考えたとき、医学だったらできそうな気がしたんです」(井上先生)
「人体」をテーマにした本が大好きで、絵本『ちのはなし』を図書館で借りて何度も読んでいたそうです。「他にも『じごくのそうべえ』という絵本に惹かれていて、地獄に落ちた3人が腹の中で暴れるシーンにとても興味津々でした」と、井上先生。人体への飽くなき探究心の源泉は、幼少期に培われたものなのかもしれません。
「家族が病気がちだったので、よく大学病院に行っていたのですが、そこには白衣を着たお医者さんがいっぱい。『こんなにお医者さんがいるなら、私もなれるだろう』と信じてやまかったですね(笑)」(井上先生)
長年の勉強が実を結び、医学部に見事合格。卒業後は大阪の病院に就職しました。それから数年して、現在の法人で勤務し始めます。
「大阪市内の病院に勤めていましたが、縁故で土曜日だけ胃カメラ検査を担当するようになったのがきっかけです。最初は非常勤だったんですよ」(井上先生)
その後、非常勤から常勤医師に変わって高齢者医療に携わるうち、認知症治療にフォーカスしていきました。
「訪問する高齢患者さんのほとんどが認知症を患っている現状に直面し、自分の力でどうにかしたいと思うようになりました。あまりにも良くならないので、当時の一般的な治療にも違和感を抱いていましたので」(井上先生)
井上先生が手がける認知症治療の評判は口コミで広まり、患者が殺到。数多くの介護施設から「訪問診療をお願いしたい」と声がかかったそうです。若くして理事に就任し、まさに順風満帆。しかし、医師として充実した毎日を送っていたある日、とんでもない事件に巻き込まれます。
内部の不祥事で民事再生へ。新理事長就任を引き受け、病院再建を決断
それは晴天の霹靂でした。内部で資金の不適切な操作が長年にわたり行われていたことが発覚。負債は連帯含め、到底普通の方法では支払えない状況になっていたのです。
「理事ではありましたが、私はひとりの勤務医として患者さんを治療することに精一杯。経営には無頓着でしたので、事態を知って衝撃を受けました」(井上先生)
ただ、決裁権者のひとりだったため責任は免れず、順風満帆だったはずの人生に訪れた危機。しかし、井上先生は火中の栗を拾う覚悟で新理事長就任を引き受け、愛成会の再建に乗り出す決断をしたのです。
「民事再生するには、誰かが新しい理事長に就任しなければなりませんでした。もちろん、病院を去る選択肢もありましたが、今後も自分が描く理想の医療を提供し続けていくには、私自身がトップに立たなければ実現できないと考えたんです。どっちにしろ荊(いばら)の道が待っているのなら、ここを再建しようと腹をくくりました」(井上先生)
民事再生に入っても患者の足が遠のくことはなかったそうですが、それは信頼関係を築いてきたからこそ。「井上先生に診てほしい」と言って新しい患者を紹介する介護施設がいくつもありました。「こういう人たちを裏切れない」。病気で苦しむ患者やその家族のためにも病院を守りたいと、決心はより強固になっていったそうです。
「とはいえ、メンタルをキープするのは相当大変でした。『本当に再建できるのか』と何度も心が折れかけましたね」(井上先生)
家族やスタッフの前では気丈に振る舞いながらも、ひとり涙を流したこともあったのだとか。知り合いの経営者に相談したり、本を読んだりしながら折れそうな心を立て直していったそうですが、最終的には「いかに自分を信じ抜けるかどうか」という境地に辿り着いたと明かします。
「自分自身を褒めたり労わったり、肯定したりするのは苦手だったのですが、自分を信じられないと乗り越えられないと気づきました」(井上先生)
「本気になれば、必ず再建できる」。そう信じた先に見えたのが、使命でした。「世の中のために存在する、消えては困ると思われる医療法人を作りたい」。そう思えた瞬間、ふっと心が軽くなり、目の前の霧が晴れるような感覚を覚えたと振り返ります。
「降りかかった難題に意味を見出し、その答えが自分なりにわかったときに扉が開くんだろうと思います。無くしたものに執着して挫けてしまっていたら、閉ざされた空間で私という人間は終わっていたかもしれません。でも、『使命を果たせる場所を作れるんだ』と、これから得られるものをイメージできたことで、前向きになれました」(井上先生)
思い悩んだ日々は長かったものの、決して無駄ではありませんでした。「究極の修行」と井上先生は表現しますが、大きな成功体験となり、自信につながったと語ります。
「民事再生が承認され、まだまだ試練は続きます。けれど、やり遂げられると信じています」(井上先生)
再生前も業績的には黒字だったとはいえ、井上先生が理事長に就任してからも、病院の業績は右肩上がりに成長。愛成会が生まれ変わり、世の中の人々に喜ばれる医療を提供している証といえるでしょう。
認知症治療はライフワーク。風邪を診療するように認知症を診る医者を増やしたい
井上先生が患者やその家族から厚く信頼されているのは、治療の成果に加えて、深いコミュニケーションを徹底しているからに他なりません。
「特に高齢者医療では看取り直前であることも多く、患者さんが最期まで有意義に過ごせるように、ご家族も含めて気持ちを汲み取る必要があります。そのためには、コミュニケーションが不可欠。医学的に正しい治療が常に正しいとは限らず、常に最適な方法を模索するようにしています」(井上先生)
こうして積み上げてきた認知症治療の症例は枚挙にいとまがなく、それらを講演会や勉強会を通して惜しげもなく伝えています。
「町のお医者さんたちが、風邪を診療するように認知症を診るようになれば、助かる患者さんは少なくありません。『認知症は治らないのが当たり前』という先入観を変えていきたいですね」(井上先生)
最近では、認知症から端を発して、栄養治療にも注力しています。産後、あるいは更年期や老年期において、栄養が足りないことで、精神状態に異変をきたしたり、慢性的な疲労感に悩まされたりする人が少なくありません。幹細胞培養上清液などの自費治療も駆使し、その人の身体に合った、オーダーメイド治療を提供。「治ることならなんでもします」というスタンスは、大阪府外からも口コミで評判が広がりつつあります。
新理事長に就任して病院再建に乗り出した際、ある人から「愛成会に人格があるのならば、君を選んだとしか思えない」といわれたそうですが、まさしく社会に求められて井上先生は使命に立ち返りました。認知症治療をはじめ、「人が治る」をライフワークと自負する情熱は、ますます高まるばかりです。
・医療法人 愛成会 愛成クリニック(本部)
所在地:大阪府枚方市山之上西町32-15
診療科目:内科、婦人科、精神科(認知症・物忘れ外来)
外来受付時間:(午前)8:30~11:30 (午後)13:00~15:30
休診日:土曜日の午後、日曜日、祝日
・医療法人 愛成会 めぐみクリニック
所在地:大阪府吹田市山手町2丁目7番25号ドミニオン豊津2階 線路側
診療科目:内科、精神科(認知症・物忘れ外来)
※予約制
◆他の物語は、こちらからお読みください。
◆インタビュー特集『誰かの物語』掲載ご希望の方は、こちらをご確認ください。
よろしければ、サポートお願いいたします!頂戴しましたサポートは、PR支援や創作活動の費用として大切に使わせていただきます。