【凡人が自伝を書いたら 94.組織人として】
こんなことを書いていると、何だか店がゴタゴタしていそうな雰囲気を持たれるかもしれないが、全くそんなことはない。
新人も順調に成長し、元からいたスタッフたちも確実に力をつけ、頼り甲斐のある存在になっていた。
元は店長とチーフが全てを請け負っていた、管理的な仕事も多くのスタッフたちに分担され、運営的にも非常に楽になっていた。
いつ売上が戻って来ても問題ない。以前より確実に店が回る自信があるから、さらに売上をとる自信もある。
そんな状況だった。
そんな日々が過ぎる中、約束の地区長と直接話をする日がやってきた。
僕の会社の上役たちは、一概には言えないが、どちらかといえば、昔ワルでした。力でのし上がって来ました感のある人間が比較的多かったが、この地区長は違った。
どちらかといえば、物腰が柔らかく、堅実な感じで、公務員とか学校の先生にいそうな感じだった。
軽く挨拶を交わした後、地区長は店を見てみたいとのことだったので、とりあえず見てもらうことにした。
30分ほど経ったろうか。地区長は店を見るというよりは、スタッフと盛んに会話をしているようだった。
僕のもとにやって来た地区長に、客席で話したいと言われ、2人で席に着いた。
地区長は開口一番、「この店は、いいお店だねぇ〜。」
そう言ってニコニコしていた。
何だかとても嬉しそうで、この店を気に入ってくれているようだった。
一体スタッフたちとどんな話をしたのだろうか。スタッフたちは何と言ったのかわからないが、店の状態、スタッフたちの状態、僕とスタッフたちの関係性を高く評価してくれているようだった。
「スタッフたちを見ると、そして話をしてみると、普段、君がどんな教育をしているのか、どんなコミュニケーションをとっているのかよくわかる。」
そんなことを言っていた。
そして、「今日来てみて、この店があんなに良い成績をとっている理由がよくわかった。」
そんなことも言っていた。
それから少しの間、「僕が今までどんな社員人生を送ってきたのか。」「働く上で、店をやる上でどんなことを大切にしているのか。」いわゆる「面談」と言った内容の話をした。
そこからこの地区長は、「部下の価値観を知った上で、それに合わせたコミュニケーションをしようとするスタイルなのだな。」そんなことがうかがえた。
そしていよいよ本題に入る。
僕の店の「24時間営業継続」についての話である。
その時も、僕自身は世の中の状況や、流れ、店の利益のことを考えたら、やはり「やめた方がいい」という意見は変わっていなかった。
「私も、個人としては、君の意見に賛同する。おそらくそうした方が、このお店のためになるかもしれない。」
これはなかなか意外な答えだった。
ただ、もちろん続きがある。
「ただ、組織として、それはあながち正解だとは言い切れない。もちろん会社としては、利益を追求することはとても重要なことだ。ただ、僕たちは組織人として、それを指示の中、ルールの中で追求していくことが求められる。いくら儲かるからといって、僕ら飲食の人間が、ある日突然、全く別の仕事を始めることは、なんか違うということはわかるだろう?」
それは確かにおっしゃる通りである。
さらに続く。
「かといって、今、君がやっていることを否定するつもりは全くない。この店は大変素晴らしい。スタッフたちを見るに、おそらく君の仕事ぶりも大変素晴らしい。それは僕だけじゃなくて、他の人間もよく知っている。ただ、社長がNOと言っている以上、僕らは社長の判断の中で、やっていくしかない。もしかするとその判断が間違っていることもあるかもしれない。ただそれは、社長の仕事であり、社長の責任だ。」
ふむふむ。なるほど。確かに筋は通っている。
組織の中で生きていくことを学べた感じがしたし、同時に、「あぁ、こういう人が組織の中では出世していくのだろうな。」
そんなことを思った。
僕の中では、割とこの意見には納得できたし、そもそも動機としては、「過剰な人件費削減をするくらいなら、24時間やめた方がよくね?」くらいのものだったので、ひとまずこの論争はここで幕引きとした。
地区長はその後、店で普通に食事を取り、「これからもよろしく頼む。」と言って、何やら満足げな様子で店を後にした。
僕は店の裏で1人タバコをふかしながら、物想いにふけっていた。
地区長の話には、正直に納得していた。間違いなく正しくて、道理も通っていた。
ただ、うまく言葉では説明できないが、そんな「レール」の上に乗れるかと言えば、そうは思えなかった。
これは、単に僕が「ワガママなだけ」なのか、あらゆる意味で「経験不足」でものが分からないだけなのか、変なプライドで「意固地になっているだけ」なのか、それとも全く別のものなのか。
おそらくすぐには解決できない「モヤっとしたもの」が、心に小さく残っていた。
つづく
お金はエネルギーである。(うさんくさい)