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『初心者でもわかる知的財産権のビジネス戦略 競争力の源泉を創る知財活用法』第一章・無料全文公開

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特許と発明の深い関係

今、あなたの目の前に同じような使い道の商品AとBの二つがあるとします。Aの商品には「特許取得済」と記載されていて、価格はA商品のほうがB商品よりも少し高いですが、まあまあ許容できる範囲です。見た目や大きさは変わりません。両者の違いは「特許取得済」という記載の有無と少しの価格差だけです。あなたはA商品とB商品では、どちらの商品を購入しますか?

商品のジャンルや用途などにもよりますが、価格の違いが許容範囲内であれば、A商品を購入する人もいるでしょう。
なぜ、価格の安いB商品よりも「特許取得済」と記載されたA商品を購入するのでしょうか。

特許の制度は、所定の要件を満たす「発明」を一定期間保護する制度です。特許取得済とは特許権を受けることができた、ということです。この特許権とは、特許発明を事業として専有することができる権利で、特許権があると発明が勝手に横取り(模倣)された場合に、それを差し止めることができます。
特許商品とは、特許権を受けることができた発明が使われている商品です。では、そもそも特許制度で保護される「発明」とは何でしょうか。

「発明」は、日本の特許法では「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されています(国によって多少定義が異なります)。「自然法則を利用した」とあるので、例えば、金融、経済の仕組みなどの人為的な取り決めや計算方法、暗号など自然法則の利用がないもの、精神活動によるものは「発明」ではありません。
また「技術的思想の創作」とあるので、発見そのもの(例えばニュートンの万有引力の法則のような自然法則の発見)も発明ではありません。発明の定義に当てはまらないものは、いくら素晴らしいアイデアでもそもそも特許制度によって保護されないのです。

さて、この「発明」は大きく二種類に分けられます。
一つは「物」の発明、もう一つは「方法」の発明です。そして「方法」の発明もさらに、単純な「方法」の発明と「物を生産する方法」に分けられます。
「物」の発明とは、技術的思想が物の形として具体的に把握できる状態として創作されたものです。そして「物」にはプログラムのような電子計算機によって処理される情報が含まれ、「~プログラム」、「~処理装置」、「~システム」といったものも「物」の発明になります。
特許庁では、ソフトウェアによる情報処理が、物理的装置としてのコンピュータ、その構成要素であるCPU、メモリ、入力装置、出力装置またはコンピュータに接続された物理的装置ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている場合は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」なので、発明に該当するとしています。ビジネス用コンピュータソフトウエア、ゲーム用コンピュータソフトウエアまたは数式演算用コンピュータソフトウエアというように、全体としてみるとコンピュータを利用するものとして創作されたもので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するものが特許になる条件を満たせば、特許権を取得することができます。

一方「方法」の発明は、ある目的に向かって時間の順に関連性のある複数の行為または現象が集まって成立しています。例えば「~回収方法」、「~分析方法」、「~予測方法」「~監視方法」といったものです。「物を生産する方法」は「~の製造方法」、「~の形成方法」、「~の作り方」といったものです。
特許権で保護されるためには、発明に該当しても産業上利用することができるものに限られます。「自然法則を利用した技術的思想の創作」であっても、日本では人間を手術、治療または診断する方法の発明や、喫煙方法といった個人的にのみ利用される発明、学術的、実験的にのみ利用される発明は、特許によって保護されません。
ここで「高度のもの」とありますが、高度な技術の発明でなくとも特許で保護されることがあります。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

「コロンブスの卵」という逸話をご存じの方もいらっしゃるでしょう。大西洋を西へ航海してアメリカ大陸を発見したといわれる、あのコロンブスです。その逸話とは、ある宴席で「アメリカ大陸は昔からあるものなので、誰でも西へ航海すればアメリカ大陸に行き当たる。アメリカ大陸の発見は大した業績ではない」と言われたコロンブスが、そういった相手に「このゆで卵を立ててみよ」といったところ、相手が立たせることができずに諦めると、コロンブスはテーブルに卵の端を打ち付けて割って平らにすることで立ててみせた、というものです。本当にこのような事実があったかどうかについては疑念が持たれているようですが、少なくとも一五世紀頃から使われてきた表現のようです。
卵の殻を割ること自体は高度の技術ではありません。しかし、卵を立てる技術を最初に打ち立てることは誰にでもできるものではありません。特許になる発明も同じです。もし、一五世紀に特許制度があれば、卵を立てる方法は特許になり得る発明です。

ところで、発明と似たような用語に「考案」というのがあります。「考案」は、日本では「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義されています(国によって多少定義が異なります)。前述した「発明」の定義とほとんど同じです(考案には「高度のもの」という語句がありません)。この考案のうち、物品の形状、構造または組み合わせに係るものが実用新案権の保護対象となります。
一方、特許権で保護されている「方法」や「物を生産する方法」は、実用新案権では保護されません。
考案は発明とほとんど同じ内容にも関わらず保護対象が限られることから、本書では実用新案制度については細かく触れず、特許ということで扱います。

※参考文献
①特許・実用新案審査基準。

「物」の発明

一つの商品に使用される特許発明の数は一個とは限らず、複雑な商品になるほど使用される特許発明の数も増えます。自動車やスマートフォンのようになると、万単位の特許発明が使われているともいわれます。このような商品では、どこにどんな特許発明が使われているのかわかりづらいので、身近なものから特許発明を使った商品やサービス例をいくつかご紹介します。まずは「物」の発明です。

①ピーラー(特許第五九一九一六六号):株式会社レーベン販売
ののじ株式会社(株式会社レーベン販売)では、根菜などの皮向き用だけでなく、様々な食材用のピーラーを販売しており、このピーラーに特許発明が使われています。
ピーラーはゴボウやレンコンなどの硬い根菜の皮をむく場合に、使うことが多いのではないでしょうか。硬い野菜の皮をむくときには、野菜に食い込む角度や、野菜に対する加圧具合など気にしませんが、例えばトマトのようなやわらかい素材の皮をむこうとしても、このようなピーラーではうまくむけません。
特許第五九一九一六六号によれば、皮むき用の刃が回転できるように取り付けたヘッド部と柄の部分とを垂直方向に接続し、両者を弾性部材からなる屈曲部でつなぐことで、刃を素材へあてたときの作用方向の反対側へ屈曲するピーラーにしたとのことです。弾性部材とは、ばねやゴムのように曲げたり引っ張ったりしても元に戻ることができる材質を指します。この特許発明によれば、屈曲部の弾性部材によって、「使用者が操作する際の過度な力がヘッド部に直接伝わるのを防ぐとともに、野菜表面の微妙な凹凸に合わせてヘッド部が上下でき、野菜表面をなぞるように、ヘッド部を動かすことができ」(特許第五九一九一六六号公報)、やわらかい素材の皮もむけるとのことです。

②オフィスグリコ(特許第三九八六〇五七号):江崎グリコ株式会社
ピーラーは典型的な「物」なのですが、これはプログラムシステムに関する発明です。
「富山の薬売り」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。これは、各家庭にあらかじめ薬の入った薬箱を置いておき、年に一度か二度、家庭訪問し、使用された薬の代金のみを受け取り、そのときに使用分を再度補充する、という薬販売する人やそのビジネスモデルを意味するものです。これをオフィスの置き菓子に応用したのが、オフィスグリコといわれています。
オフィスグリコは、薬箱の代わりにお菓子を入れた「商品ボックス」を各オフィスにおいて、薬ではなくお菓子を補充または入れ替えするビジネスです。ただ、これだけでは単に薬をお菓子に置き換えただけ、となって特許権を取得することはできません。
特許第三九八六〇五七号によれば、「商品ボックス」内の商品の補充または入れ替えを「商品ローテーション計画」および「訪問計画」に従って、コンピュータで計画的に行なうための管理装置やそのためのシステムの発明となっています。この発明によれば、作成される商品配置指示に従って商品ボックスに商品を配置することにより、商品のロスや商品の発注数を低減することができます。ビジネスモデルを、コンピュータを使ってどのように実現するかが工夫された発明です。

③いきなりステーキ(特許第五九四六四九一号):株式会社ペッパーフードサービス
「システム」という名称の発明ですが、コンピュータを使っていない発明の例です。
いきなりステーキのお店では、お客が要望する量のステーキをブロックからカットして提供されています。特許第五九四六四九一号によれば、お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップを含むステーキの提供方法に対して、お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別するしるしとを備えるステーキの提供システムが、特許発明の内容です。

この特許発明は、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するのかどうかが裁判で争われました。「札」、「計量機」、「しるし」及び「シール」という物を利用していますが、それらの物は単に道具として用いられているだけではないか、というものです。しかし裁判では、「札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する」(平成二九年(行ケ)第一〇二三二号)とされました。
コンピュータを使わなくても、システムという名称で特許権を取得できる場合もあります。

「方法」の発明

さて、次は「方法」の発明をご紹介いたします。

①葬儀方法(特許第五八〇六五七五号):株式会社公益社
特許第五八〇六五七五号によれば、葬儀の際に、近年では遺体の腐敗の進行を効果的に防止するとともに、遺体を生前に近い状態で長期間保持するエンバーミングという特殊な遺体処置がされています。そのため、遺族や会葬者が棺の中に長い時間眼を向けていると、棺の中の遺体が過度に鮮明に映り過ぎて、必ずしも好ましくない印象を受ける場合があるようです。そうはいっても、最後のお別れのために顔を見たい。そこで、宗教上の目的などで顔や頭部を覆うために用いられている、透けた布やネットからできているベールを天井に取り付けて、それを垂らして棺の全部または一部を覆って、視覚的に棺の内部の様子が過度に鮮明に映らないようにするやり方が特許になりました。
ベールを使った装飾方法であっても、技術的な特徴があるとされて特許権を取得できる場合もあります。

②水平に開くノート(特許第五七四三三六二号):有限会社中村印刷所
次は「製造方法」の発明です。
本やノートの製本方式には無線綴じ(くるみ綴じ)、中綴じ(針金綴じ)、平綴じ(ホッチキス留め)などの方法があります。特許第五七四三三六二号によれば、無線綴じの方法では、紙材を所定枚数揃えて重ね束ねた状態の背面に接着剤を塗布して表紙材を貼り付けるため、塗付後の接着剤層に対し本文の各紙材の背側の端部は垂直に配置固定されることになります。そのため、冊子の任意の頁を開いた場合に、それぞれの紙材が特に背部近傍にて盛り上がり、左右の紙材が一八〇度開いた状態とならず、見開きが良好とはいえない問題がありました。そこで、接着剤の塗り方や紙の折り方などを工夫して、左右の紙材が一八〇度開いた状態となるノートの製本方法が発明されました。

③焼きカレー(特許第二六九一二一三号):元祖焼きカレー店「伽哩本舗」
最後にご紹介するのは、「焼きカレー」という料理の作り方の発明です。料理レシピで特許権を取得しました。この特許発明の発明者は、福岡県門司市にある焼きカレー店「伽哩本舗」のご主人です。
特許第二六九一二一三号によれば、多くの人においしいカレーを味わってもらうために作られたレシピのようで、カレールーをかけ、その上に卵黄が中心になるように全卵を落とし、さらにチーズを全体に降りかけた鍋ものを、オーブンにて全体を焼き上げた、という内容の焼きカレーの作り方の発明です。
カレールーやチーズの量については何も触れられていません。つまり、どのような量であっても、このような方法で作られた焼きカレーは特許発明によって作られたものです。製造方法の発明なので、この方法で作られた焼きカレーそのものも特許権で保護されます。

※参考文献
①特許庁編:特許行政年次報告書〈統計・資料編〉
②ののじ株式会社ホームページ
https://www.nonoji.jp/products/search.html?p1=category&s1=kitchen&t1=%3D&p2=tag&s2=peeler
③特許第五九一九一六六号公報
④オフィスグリコ公式ホームページ
https://www.glico.com/jp/enjoy/service/officeglico/
⑤特許第三九八六〇五七号公報
⑥いきなりステーキ公式ホームページ
http://ikinaristeak.com/home/
⑦特許第五九四六四九一号公報
⑧平成二九年(行ケ)第一〇二三二号 特許取消決定取消請求事件 知的財産高等裁判所判決
⑨特許第五七四三三六二号公報
⑩特許第二六九一二一三号公報

特許権取得に必要な三条件

ここで、特許権を取得するために必要な条件について見てみましょう。
特許権を取得するためには、発明の内容を決められた書式に則って書面に記載して特許庁に「特許出願」という申請手続きをします。出願した内容は、出願から一年半経過すると特許権になろうとなかろうと「特許公開公報」として出願内容が公開されます。
出願した内容は、さらに審査請求という手続きをすることによって特許庁で審査が行われます。審査では発明内容が特許権に必要な条件を備えているかどうかがチェックされます。条件はいくつかあるのですが、主な条件は次の三つです。

一つ目は、公知になっていない発明であること、という条件(新規性)です。
公知とは、公然と知られることです。公然とは秘密ではなくなった状態をいい、「不特定の人たちが知っている状態」です。コロンブスの卵のように、どんなにすばらしいアイデアであっても不特定多数の人が知ってしまった後は、そのアイデアを知っている、という価値が下がってしまいます。特許も同じように、不特定多数の人に知れ渡った発明には、今さらわざわざ特許権として保護する価値はない、と判断されます。公知となった原因が、自分自身が営業や展示会などで公知にしたからであろうと、他人が情報を盗んで公知にされてしまったからであろうと同じです。しかも公知の基準は国内だけでなく全世界が対象です。日本国内で知られていない発明でも海外で知られていれば、残念ながら日本で特許権を取得することができません。

二つ目の条件は、容易に創作できない発明であること(容易想到性)です。
公知になっていない発明であっても、すでに公知になった発明同士を容易に組み合わせて思いついてしまうものにまで特許権を与えていたら、特許権であふれてしまいます。そうなると特許権の価値がなくなってしまうので、公知発明を容易に組み合わせただけのものは特許権を取得できないようにハードルを設けています。他にも、複数のものから単にいくつか選択しただけ、同じような機能を発揮することが可能な別のものに置き換えただけ、といったのものは容易に思いつくこととして、特許権にはなりません。

例えば、特許商品のところで紹介したピーラーの発明ですが、実は、特許庁の審査では一度特許性が否定されています。皮むき用の刃を取り付けたヘッド部と柄の部分と接続したものはすでに既存のピーラーとして存在しているだけでなく、ヘッド部と柄の部分とを屈曲部でつなぐアイデアもすでに公知となっていて、今回の発明は単にそれらを足しただけではないか、と判断されたからです。
しかし、ヘッド部が柄に対して回転するだけでなく、屈曲部が伸び縮みする弾性部材でできていることや、屈曲する向きまで指定した点を追加することによって、これらのことまではなかなか思いつかないことだ、ということで特許権になりました。

公知技術であっても容易には思いつかないような組み合わせや、プラスアルファの要素があったり、単にそのまま組み合わせることが難しかったりするものは、容易に想到することはできない発明になります。

三つ目は、発明を実現できる可能性があるという条件(実施可能性)です。
特許制度は、新しい技術を開発してそれを公開した者に対し、一定期間、一定条件下に特許権という独占権を付与することにより発明の保護を図る制度です。他方、第三者に対しては、発明を公開することにより発明の技術内容を知らせて、その発明を利用(応用も)する機会を与えるという側面ももっています。
第三者とは、制度上、その発明の属する技術の分野で通常の知識を有する者(当業者と呼ばれています)であって、研究開発(文献解析、実験、分析、製造などを含む)のための通常の技術的な手段を用いることができ、必要な材料の選択や、設計変更などの通常の創作能力を発揮できる者とされています。
特許権を取得するためには、発明に触れた当業者が実際に発明内容を実施できるようなものでなければならないのです。

例えば「物」の発明の場合には、当業者が物としての構造を理解でき、作ろうと思えば作れるだけでなく、それを使用することができるくらいに内容が明確に記載されている必要があります。先ほどの特許第五九一九一六六号によれば、皮むき用の刃が回転できるように取り付けたヘッド部と柄の部分とを垂直方向に接続し、両者を弾性部材からなる屈曲部でつなぐことで、刃を素材へあてたときの作用方向の反対側へ屈曲するピーラー、との記載は、ピーラーを製造する会社であれば実施可能な記載になっているので、特許権になっています。

「方法」の発明の場合には、当業者がその方法を使うことができたり、生産方法の発明の場合には、その物を生産することができたりする必要があります。
こうした条件をクリアすることによって特許権が成立します。

※参考文献
①特許・実用新案審査基準

特許権が持つ強さと弱さ

特許権の理解を深めるために、特許権の強さと弱さについて触れてみましょう。特許制度は、新しい技術を開発してそれを公開した者に対し、一定期間、一定条件下に特許権という独占権を付与することにより発明の保護を図る、というものです。
この「独占権」であることは特許権が持つ最大の強さです。特許法では、特許権の効力を「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」と規定しています。専有する、とあるところから「独占権」といわれます。

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特許権の保護対象である発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」です。この発明を権利内容としてできるだけ明確に伝える必要があるため、特許権の権利範囲は文字で表現されます。先に特許商品として紹介した焼きカレーの作り方(特許第二六九一二一三号)の特許権の権利範囲は、「カレールーをかけ、その上に卵黄が中心になるように全卵を落とし、さらにチーズを全体に降りかけた鍋ものを、オーブンにて全体を焼き上げた」という内容でした。
この内容をすべて含むものが、この特許権の権利範囲になります。特許権の権利内容は、特許権が成立すると公開される「特許公報」と呼ばれる公報で確認することができます。

一方、特許発明の一部しか含まないものは権利範囲から外れてしまいます。例えば「カレールーをかけ、その上に全卵を隅のほうに落とした鍋ものを、オーブンにて全体を焼き上げた」という焼きカレーの作り方は、卵黄が中心になく、チーズを全体に振りかけていないので、作り方も出来上がった焼きカレーも、先ほどご紹介した焼きカレーの特許権侵害にはなりません。ただし、特許発明の実施を専有できるのは、業として実施する場合に限られます。商売や事業としてではなく、人が家庭内で実施する場合は、特許権の効力が及びません。焼きカレーの作り方(特許第二六九一二一三号)も、家庭内で個人がこの焼きカレーを作っても権利侵害にはなりません。

さて「実施」については特許法で定義されていますが、物(プログラムなどを含む)の発明と方法の発明では少し意味が異なります。
物の発明の場合の実施とは、発明された物を「生産、使用、譲渡、輸出若しくは輸入」することです。譲渡のために展示する行為も含みます。それぞれの行為は独立しているので、単に使用するだけだったり、輸入するだけだったりしても「実施」になります。

方法の発明の場合の実施とは、「その方法の使用をする行為」です。物を生産する方法の発明の場合、生産方法の使用だけでなく、「その方法により生産した物の使用、譲渡、輸出若しくは輸入」、譲渡のために展示する行為も実施に含まれます。
このような独占権としての特許権をもっている場合、その特許発明が第三者に勝手に実施されたことに対して、権利者は何ができるのでしょうか。

不動産を例に考えてみます。自分の所有する土地に、知らない第三者が勝手に建物を建てることはできません。土地の所有者(権利者)は、その不動産に建物を建てることができる権利を独占できるので、第三者が勝手に建物を建てることができないからです。もし、このような勝手な人がいたら、不動産の所有者はそのような行為を止めさせることができます。特許権も同様に、特許発明を勝手に実施した者に対して実施を止めさせることができ、損害が発生した場合には相手に損害を賠償させることができます。

また、不動産の場合、自分が所有する土地や建物を人に貸して家賃や使用料を得ることができます。特許権も同様に、人に特許発明の実施を許可することができ、見返りとして実施料を得ることが可能です。そして、不動産を売却できるように特許権を売却することもできます。このようなところは特許権も共通したことが可能です。

一方、弱さとしては、特許発明の実施を専有できるのは一定期間、一定条件下に限られてしまうことです。
特許権の存続期間は特許出願日から最長で二〇年と決まっています。例外的に二五年まで認められる場合がありますが、通常は二〇年です。しかも、特許権を取得したら何もしなくても二〇年間存続するのではありません。権利を維持させるためには、決まった期限までに特許庁に維持費用を支払う必要があります。支払期限までに支払うことができなかった場合のために半年間の猶予期間があるのですが、猶予期間を過ぎても支払うことができない場合には、支払期限の時点で特許権が消滅してしまうのです。不動産は税金を滞納すれば差し押さえられてしまいますが、不動産が消えてなくなることはありません。特許権が消滅した後の特許発明は、誰でも使えるパブリックドメインと呼ばれる公共のものになってしまいます。

また、一度特許権が成立してきちんと維持費を支払っていても、権利が消滅してしまうことがあります。特許権があると、権利者以外はその発明の実施ができませんので、実施したい人にとっては邪魔です。そこで、どうしてもその発明を実施したい人は、その特許権が本当に特許要件を満たしているのかどうかあら捜しをします。もし、特許要件を満たしていない証拠が見つかれば、それをネタに権利を消滅させることができます。

他にも、日本国内を単に通過するだけの飛行機や船などの乗り物内での実施や試験や研究のみの実施に対しても権利は及びません。ただし、試験や研究の結果物を販売すれば、実施になって権利侵害になってしまいます。

ここで、日本で取得された特許権は日本国内でのみ通用します。日本以外の地域でも発明を模倣から守るためには、それぞれの地域で特許権を取得する必要があります。
そして、特許権が保護できるものは発明に限られるため、発明の定義から外れるもの、例えば、経済法則やゲームのルール、デザイン、ネーミング、音楽などのような技術的思想の創作ではないものは、特許権で保護してもらえません。

特許権でできることはあまり多くない、と思われたかもしれません。でも、弱点を考慮しつつ、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」という強さを上手に活用すれば、大きな力を発揮します。
次章では、デザイン、ネーミング、音楽のような、発明以外の知的財産を保護する手段について説明します。

※参考文献:
①工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第二一版〕。

【著者プロフィール】

深澤 潔

明立特許事務所 所長/企業の持続的な成長に寄り添うサステナブルパートナー
メーカーにて宇宙ステーションに搭載する機器の開発に取り組み、技術士(航空宇宙)の資格を取得する。その後、国際特許事務所に転職、特許などの業務に従事しながら弁理士の資格を取得する。弁理士資格取得後、特許事務所を開設、以来十五年近く中小企業の方々をご支援する中、中小企業診断士の資格を習得、現在に至る。
お客様と持続的に伴走するサステナブルパートナーとして自社製品やサービスの独自性創作支援や、独自製品の模倣防止に向けた知的財産の作りこみ支援、特許権を取得した後の活用支援など、代理人としてだけでなくコンサルティングや各種セミナー・研修を通じてこれまでのべ四00社以上の方々のサポートを行う。

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