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タメルと久しぶりの旅感覚

【海外写真放浪記】  Nepal 2    カトマンズ

話を進める前にネパールについて少し話しておこうと思う。ネパールはザックリ言うとインドの上でヒマラヤがある国だが、93の異なる言語や地域語を持つ100以上の民族が暮らしている。人口は約2649万人。首都はカトマンズ。

宗教的にはヒンドゥー教徒が大半だそうで意外だった。なにせ今回の第一目的地ルンピニは釈迦誕生の地だし、仏教に関する物はネパールには散見できるからである。


元々ネパールは2008年まで国王が居るネパール王国だった。この王室がヒンドゥー教と癒着していたため国教がヒンドゥー教になったそうな。この王室がなかなかドラマチックと言うか骨肉の争い感が面白そうなので今度ちゃんと調べて見ようと思う。


カトマンズに滞在中は雨季と大気汚染が重なってあまりスッキリと晴れることはなかった。


タメルの街は日本の田舎の商店街が何本も入り組んである様な面白い作りになっている。所狭しとお土産屋や工芸品屋が連なり、建物はレンガで作られている。道は未舗装でスコールが降ると泥だらけになり最悪だった。ヒマラヤトレッキングが有名なのでノースフェースやマムートなどのアウトドアのお店が3件に1件位の確率で在るのだがほぼ全て偽物でゴアテックスが日本円で3000円位で売られていた。


旅人やトレッカーがタメルをネパールの旅のベースに使っているため、欧米向けのカフェやレストラン、旅行代理店、日本食屋さんなんかもあり凄く便利になっている。


まずは旅の感覚を取り戻すのと次のインド行きのチケットを探すため、僕は1週間ほどタメル周辺で散策と写真を撮って過ごしたが、実際久しぶりの海外でポートレートを撮るのには苦労した。まずカメラ出しっ放しで歩いて大丈夫か?と思うくらい警戒していたので在る。

場所や時間帯によるが大丈夫な事は確かに在る。が、やっぱり旅中に引ったくりや強盗に会う人は深夜そのまま出歩いたり、クラブや飲み屋に首から下げている様な人だったりするのだ。


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タメルの近くにあったストゥーパ

インド行きのチケットも安く購入でき、よいよネパール国内を回るのだが、ネパールは意外と見所が多い。

割と迷った末にポカラ→ルンピニ→バクタプル→カトマンズと言うルートを決めた。特にこだわりがあったのがルンピニで他はフライトまでの時間潰しの様な感覚だ。

ポカラ行きのバスチケットを購入し、宿に帰る途中でずっと気になっていた道端でトランプをしてるおじさん達に声をかけてみると、彼らは仕事がないから賭けトランプをやっているのだと言う。途上国の道端には大体働いていない人が居る。間違いなくどの国にも居たのだが、その度に日本の生活とどちらが良いのだろうかと考えていた。仕事と学が無く、自由な時間があるがお金がない生活と、仕事ばかりして自由が無く、稼いだお金は税金で持っていかれる生活と。結局どちらも先が見えないけど、多分どちらも努力するしかないが唯一出せた答えだった。



おじさん僕らも大変なんだぜ。


ポカラ


ポカラ行きのバスはタメルから直接出発できた。朝から雨がしとしとと降っていたのだが、この雨がネパールの軟弱な道路をみるみる侵食する。雨季のネパールではバスが川に落ちる事が良くある。らしい。あってはいけないのだが地盤が緩いのと川沿いの谷に道が作られている為良く落ちるらしいのだ。

道すがら1台バスが本当に川に落ちていた。これはシャレにならん。

3時間ほどバスに揺られてうとうとしていると急ブレーキで前の席の持ち手に顔面をぶつけ、おっ!これはとうとう落ちるのか俺も。と思ったら、なんと乗っていたバスがバイクごと人をひいていた。

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バスにひかれた人の救出を見守る人達


落ちなかったのは良かったが、2時間ここで足止めを食らうことになる。バイクの運転手は無事?搬送されて行き、バスは何事もなかったかの様にまた走り出した。待っている間ネパリーの子供と仲良くなり写真を撮らせてもらっていた。

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予定より4時間遅れてようやくポカラにたどり着き、宿のオヤジにMoMoの美味しい店を教えてもらいネパールビールのエべレストで流し込んで就寝する。



次回 ネパール3




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