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血圧65まで急降下…慌ただしい医療スタッフと茫然の娘【大学病院ER11日目】

私はオットと共に事業を営んでいる。著しく大きな成長を遂げてきたわけではなく、やれお金だ、やれトラブルだ、と勤めていた頃に比べるといっろんなことが襲いかかってはくるけれど、ありがたいことに仕事をいただき、スタッフもいてくれて、もう5年近く続けることができている。

何より、時間に融通が効く。父が急に倒れた…となってすぐに駆けつけることができるのも、毎日面会に行けるのも、この仕事形態とオットやスタッフの協力のおかげなのだ。本当にありがたい…といつも思っている。

それでも面会時間終了1時間前になってようやく面会に行ける時もある。この日はまさにそんな感じだった。

救急病棟の面会は、面会の受付を済ませると看護師さんが呼びにきてくださるまで待合室で待機しなくちゃいけない。タイミングによっては検査や処置中で、中に入れるまで1時間近く待つこともたびたびある、そういうところだった。

あと1時間しかない面会時間。待ち時間が長ければちょっとしか父に会えない。「今日は早く呼ばれるといいなぁ」と思っていると、10分ほどで看護師さんがお出ましに。こういう時ってまさに看護師さんが「白衣の(いまカラフルだけどさ)天使」に見えるんだよなぁ。これは男性でも女性でもおなじ。

『ハムサンド…大好きなんだよね』

病室に行くと、ベッドの前に用意してもらったテレビを観ている父がいる。おそらくERに入院中の患者さんでテレビを観れる意識状態の方は少ない。父も転院して1週間ほどは意識が混濁していたから、病室内は他の患者さんと同じく心拍等のモニター音しかしなかったのだけど、ここ数日は比較的調子が良くテレビを観る余裕が出てきたようだった。

普段は面会に行くとまず父にご要望のお伺いを立ててから、歯磨きやうがいなどの口腔ケアをしたり、顔を拭いてあげたり、足先を毛布でくるんであげたり…とせわしなく動き回っていることが多い。だけどこの日はご要望が何もない。面会時間終わりまで父の横に座り、一緒にテレビを観たり話を聞いたりする時間がたっぷりあった。

地元を離れ大学病院に転院してきた父にとって、ここで映る夕方の情報番組も観たことのないものばかり。『これは○○(番組名)って言ってね、△△(タレント名)が司会をやってる番組なんだよ』とか、『あ、ここ(中継先)はこの病院から結構近い』とか説明してあげると、微笑みながらなるほどねぇ〜と聞いてくれた。

夕飯時の番組には食べ物が出てくることも多い。地域で評判のお店の紹介、夕飯の献立に参考になるようなおかずを作る実演。

美味しそうな食べ物がわんさか映るテレビを観ながら父は『今日は、持ってきてくれたみかんを4粒食べたんだ』と話してくれた。前日、大量に持ち込んだ栄養補助食品類は看護師さんが全部預かってくれていて、父の様子を見ながら食べさせてくれたようだった。ゼリーの中に入っていたみかん、多分甘かったと思う。「慣れていくしかないよね」と話していた父は有言実行、甘くても我慢して口にしてくれたのだろう。

父のこういう前向きなところ、ホントに尊敬してる。

サンドウィッチが映った。
おしゃれなパンに野菜やハムなどが挟まれた女子ウケしそうなやつだった。

娘:『早くハムサンド、食べたいねぇ』

父:『うん、ハムサンド、大好きなんだよね』

そういう何気ない会話を普通にやりとりできることが、ほんとうに嬉しかった。前の週までは口内炎で呂律が回らず意識も飛び飛びで、会話がまったく成り立ってなかったからね。

突然のアラーム、血圧急降下

面会時間が終わりに近づく頃、モニターのアラームが鳴った。酸素濃度を測る機械が指から外れてしまうことがよくあったので父も私もアラームには慣れっこになっていたのだけど、その日は動いている数値の色がいつもと違っていた。

血圧だった。
よく見ると上の数値が65…えっ?65?これ、上の血圧だよね?

パッと父の様子を見る。相変わらずテレビを観ている。『お父さん、少し調子悪くない?』と声をかけると『いや、なんともないけど?』と答えてくれる。なんだ?血圧65ってショック状態じゃなかったっけ?え、モニター壊れてるの?なに、なに?

すぐに看護師さんと先生がやってきた。

『除水量、減らして!』
『それでダメなら×××(聞き取れない)』

慌ただしく動き回る看護師さんと先生の指示、そして父の様子を交互に見つめながら、私は病室のはじっこで茫然としていた。なんなんだ?何が起きているの?

父も不安なはずだった。父はもともと、医療スタッフの発言や慌ただしさから「自分に何かが起きている」と敏感に察知するタイプだ。モニターの数字を見ることはできない、血圧が下がっていることを父は知らない。

でも、不思議なことに父の様子はあまり変化がない。目線はテレビに向いていて意識が喪失している感じもしない。さらに『もうそろそろ時間終わりだよ、遅くなるから帰りな』と私に声をかけてくれる始末なのだ。

(え、今、なう帰るの?)

確かに面会時間は終わりを迎えていた。けど何が起きているのかわからないまま経過も見れずに帰れって、そんな…

心の中で葛藤を繰り広げつつ、不安そうな顔の私がその場にいることで父の不安を煽るのも良くないよなと思い直した。なんか熱っぽいなと思って熱を測った時、予想外の高熱の数字を見て一層具合が悪くなる、あれと同じ原理を今の父に味わって欲しくない。

『あっそうか、もう時間終わりなんだ。じゃあ明日また来るからね』と病室を(いつも通り、のはず)後にした。

透析と血圧の関係

病室を出て、一目散にスマホで検索した。
確か先生は「除水量を減らせ」と言っていた。透析のことか。

父は首の静脈ラインから24時間透析を続けている。腎機能低下によって体に溜まった水分と毒素を血液を浄化することで体外に排出するための透析だ。体内に水が大量に溜まっていればその分多くの水分を浄化によって除かなければならない。

ただ急激に多くの水分を除こうとすると血管内の血液量そのものが減ってしまい、血圧が下がることがあるらしい。

低血圧はもっとも発生頻度の高い合併症といえます。特に血圧低下を起こしやすい状況として、高齢、糖尿病、低栄養、貧血、心機能障害などが挙げられます。自覚症状としては、あくび、吐き気、嘔吐、頭痛、動機、冷や汗などがみられます。透析での除水による循環血液量の減少に加え血管収縮能の低下、心機能障害が原因とされています。また、長期間透析を続けていると、次第に低血圧に移行することがあります。透析が困難になったり、めまいや全身倦怠感など日常生活に支障をきたしたりする人もいます。無症状のこともあります。対策としては、ドライウェイトを上げる、透析時の除水量を少なくする、バランスのよい食事をとるなどです。低血圧治療剤を使用することもあります。
引用-全国腎臓病協議会

外来での人工透析は数時間で行われる。短時間で浄化するということはその分除水のスピードが早くなくてはいけない。透析時の血圧低下を防ぐために外来透析の患者さんは日頃から水分や塩分摂取に制限を設け、水による体重増加を防ぎながら生活しているという。

でも父は24時間かけてゆっくり透析をしている。短時間で浄化しなければいけないわけではない。ということは体に溜まった水が大量になったため、除水量を上げていたのかもしれない。

透析によって血圧が下がっていることはわかった。でも、下がった血圧は除水量を減らせば元に戻るのだろうか?このまま低血圧が続きショック状態になって、明日までに「何か」あったら…

またそんな思考が襲ってきた。

(だけど。父、普通だったんだよなぁ…)
そうなのよ。けたたましくアラームが鳴り、医療スタッフが慌ただしく動き回って、何か起きていることを感じ取ってはいただろうけど、体はケロっとしてたの。

不安?
いや、そんなに心配しなくても?

なんだかよくわからないモヤモヤを抱えたまま、帰路についた。


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