見出し画像

17)ケトン体:代謝における「みにくいアヒルの子」

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術17

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【グルコースが枯渇した状況で脂肪酸が燃焼するとケトン体が産生される】

 
細胞に必要なエネルギー(ATP)は、グルコース(ブドウ糖)が解糖系でピルビン酸に分解され、ピルビン酸がミトコンドリアでアセチルCoAを経てTCA回路(クエン酸回路)で代謝され、さらに酸化的リン酸化によって産生されます。



一方、脂肪酸からエネルギーを産生する場合は、脂肪酸が分解されてアセチルCoAになり、このアセチルCoAがミトコンドリアで代謝されてATPを作り出します。





脂肪酸の酸化で作られるアセチルCoAの多くはTCA回路(クエン酸回路)に入りますが、絶食時などグルコースの供給が少ない状況ではアセチルCoAをTCA回路で処理する時に必要なオキサロ酢酸が不足するためTCA回路が十分に回りません。そのためTCA回路で処理できなかった過剰のアセチルCoAは肝臓でケトン体の合成に回されます。

肝細胞では、脂肪酸が分解されてできたアセチルCoAはアセトアセチルCoAになり、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)を経てアセト酢酸が生成され、これは脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβ-ヒドロキシ酪酸へと変換されます。
このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言います(図)。

画像1

図:グルコース(ブドウ糖)の供給が少ない状況(飢餓時)では、肝臓では脂肪酸の燃焼(β酸化)で産生されたアセチルCoAからアセト酢酸の合成が亢進する。アセト酢酸は脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換される。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言う。アセトンは呼気に排出され、アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は血液を介して他の組織や細胞に運ばれて、アセチルCoAに変換されてTCA回路でATP産生に使用される。


ケトン体は肝臓(ケトン体を利用する酵素が無い)と赤血球(ミトコンドリアが無い)以外の細胞でエネルギー源として利用されます。

脂肪酸と違ってケトン体は水溶性であるため、特別な運搬蛋白質の助けがなくても肝臓からその他の臓器(心臓や筋肉や腎臓や脳など)に効率よく運ばれ、細胞内でケトン体は再びアセチル-CoAに戻され、TCA回路で代謝されてエネルギー源となります。

この際、エネルギー産生に使われるのはアセト酢酸のみで、β-ヒドロキシ酪酸はアセト酢酸に変換されて初めてエネルギー代謝に使用され、アセトンはエネルギー源にはならず呼気から排出されます。


【血液中のケトン体が増えた状態をケトーシス(ケトン症)と言う】

 70kgの普通の体型の成人で、体脂肪は12kg程度、グリコーゲンの貯蔵は肝臓に100g以下、筋肉に400g以下です。体内のグリコーゲン貯蔵は最大で500g以下です。500gのグリコーゲンは2000キロカロリーに相当します。従って、通常は一日の絶食によって肝臓と筋肉のグリコーゲンは消費されてしまいます。

そのまま何も食事を摂取しないでグリコーゲンが枯渇すると、グルカゴンが分泌され、インスリンは減少して、脂肪組織から脂肪酸が遊離し、筋肉組織でエネルギー源として利用され、肝臓では脂肪酸からケトン体が産生されます。

通常、朝起きたときのケトン体のレベルは0.1~0.3mMです。食後には減少します。ケトン体(主にβヒドロキシ酪酸)の濃度は、24時間の絶食で0.3~0.5mM(mmol/L)、2~3日間の絶食で1~2mMと増えていきます。7~10日後にはβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度は4~5mMくらいまで増えます。20日間以上の絶食では6~7mMくらいに増えます。

アセト酢酸を含めた総ケトン体量としては7~8mM程度まで上昇します。人によっては血中総ケトン体濃度が10mMくらいまで上がる人もいるようですが、これは肝臓でのケトン体産生能と組織での消費のバランスによるためです。しかし、肝臓での産生能に限界があるのと、他の組織でエネルギー源として使用されるため、無制限には上昇しません。長期の絶食でも通常はケトン体濃度は6~8mM程度であり、この濃度であれば酸性血症(アシドーシス)にはなりません。

血液中にケトン体が増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います。絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。生理的ケトーシスという用語はTCA回路(クエン酸回路)の発見で1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞したハンス・クレブスが最初に用いています。

画像2

図:肥満者に40日間の絶食を行った場合のβ-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、グルコース(ブドウ糖)、遊離脂肪酸の血中濃度の推移を示す。絶食で起こる生理的ケトン症(ケトーシス)ではケトン体(β-ヒドロキシ酪酸+アセト酢酸)の血中濃度は6~8mM(mmol/L)程度を上限にしてそれ以上は増えないので酸性血症(アシドーシス)にはならない。(出典:N Eng J Med. 282: 668-675, 1970年)


【ケトン体のβヒドロキシ酪酸はミトコンドリアを活性化する】

 細胞内のミトコンドリアの増殖を刺激することによって、細胞内のミトコンドリアの数と量を増やすことができます。ミトコンドリアが増えることを「ミトコンドリア新生」や「ミトコンドリア発生」と呼んでいます。細胞内でミトコンドリアが新しく発生することです。通常、既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。

ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。βヒドロキシ酪酸はこのPGC-1αを活性化する作用があります。

βヒドロキシ酪酸には、エネルギー源としてだけでなく、アルツハイマー病やパーキンゾン病のような神経変性疾患の予防や治療に効果があることが、動物実験や臨床試験で示されています。
さらに、老化速度を遅くして、老化関連疾患の発症を防いだり、寿命を延ばす作用も報告されています。

このような作用のメカニズムの一つとして、βヒドロキシ酪酸によるヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用があります。この作用はヒストンのアセチル化を亢進することによってある種の遺伝子発現を誘導します。βヒドロキシ酪酸によるヒストンアセチル化で誘導される遺伝子としてFoxO3AとMT2((metallothionein 2)があり、これらの遺伝子の発現は細胞の活性酸素に対する抵抗性を高めることができ、その結果、寿命を延ばす効果が示されています。

βヒドロキシ酪酸の血中濃度は数日の絶食で1〜2 mMのレベルに達し、カロリー制限(カロリー摂取を20から40%減らす)では0.6mM程度に達します。

クラスIヒストン脱アセチル化酵素のβヒドロキシ酪酸の50%阻害濃度(IC50)は2〜5mMであるので、数日の絶食やカロリー制限やケトン食で達しうるβヒドロキシ酪酸の濃度で、体内でクラスIヒストン脱アセチル化酵素の阻害による効果が期待できると言えます。

ヒストン脱アセチル化酵素の遺伝子を欠損させえた線虫では、βヒドロキシ酪酸を加えなくても寿命延長を認めました。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素の遺伝子を欠損させた線虫では、βヒドロキシ酪酸の寿命延長効果は認められませんでした。

つまり、βヒドロキシ酪酸による寿命延長効果はヒストンアセチル化の関与が重要であることを示唆しています。


【糖質の摂取量が多いほど老化が促進される】

 ケトン食というのは、糖質摂取をできるだけ減らし、脂肪摂取を増やす食事です。その結果、血中のケトン体(βヒドロキシ酪酸とアセト酢酸)が増えます。  

ケトン食による健康作用は、糖質(ブドウ糖)の摂取を減らすことと、ケトン体の血中濃度が増えることの2つが主なメカニズムになります。 糖質の摂取量が多いほど老化が促進され、逆にケトン体はそれ自体が健康作用を有するからです。  

還元糖であるブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)はタンパク質と結合してタンパク質を糖化し、糖化したタンパク質が分解して糖化最終生成物(AGE)が生成されます。
AGEはタンパク質を架橋することによってタンパク質の働きを阻害し、細胞や組織の老化を促進します。皮膚が加齢とともに弾力性が無くなるのは、AGEによって皮膚のコラーゲンが架橋されて硬くなるからです。  

寿命の長い細胞やタンパク質では架橋・変性が蓄積するので、機能障害が次第に顕著になります。例えば、神経細胞は増殖や再生をしないで一生使われるので、加齢とともにタンパク質の架橋や変性が蓄積すると機能が低下していきます。

皮膚のコラーゲンが架橋・変性すると肌の張りや弾力性が低下します。 血管のコラーゲンやエラスチンも寿命が長いので、これらのタンパク質の架橋・変性が蓄積すると体中の血管が硬くなり、徐々に破壊されて多くの臓器の働きが低下します。

糖尿病ではタンパク質の糖化やAGEの生成によって微小血管が障害されると神経系や腎臓や網膜にダメージが生じ、大血管が障害されると動脈硬化が進行して心筋梗塞や脳卒中や末梢動脈の血行障害が発症します(図)。

画像3

図:グルコースやフルクトースがタンパク質に結合して生成される糖化タンパク質や糖化最終生成物(AGE)は細胞や組織のタンパク質の架橋や変性を起こす。微小血管が高度に障害されると神経障害や腎臓障害や網膜症が発症し、大きな血管に障害が蓄積すると動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳卒中や末梢動脈の循環障害が起こる。  


「人は血管とともに老化する」と言われています。血管が老化して硬くなると、臓器や組織を養う血液循環が悪くなり働きが低下するからです。健康を維持するためには血管を柔らかい状態に維持することが必須であり、そのためには血管のタンパク質の糖化やAGEの蓄積を防ぐことが大切なのです。  

白内障もタンパク質の糖化が原因です。眼のレンズに相当する水晶体を満たすクリスタリンというタンパク質は一度作られると補充や交換ができません。クリスタリンの糖化による変性が進行すると固くなり透明度が低下して視力に障害がでるのが白内障です。  

このように、神経や血管や皮膚や水晶体などのタンパク質に糖化が進むことによって、様々な老化現象が起こっています。

糖質自体に老化を促進する作用があります。タンパク質の糖化やAGEの産生を減らすこと、すなわち糖質摂取を減らすことで老化を遅らせることができると言えます。  

糖質はエネルギー源として有用ですが、生体にとって毒作用もあるという二面性を持っている物質なのです。


【インスリンシグナル伝達系の変異が寿命を延ばす】

 糖質を摂取するとインスリンの分泌が促進されます。インスリンが老化を促進することが明らかになっており、インスリンの分泌を減らすことが寿命延長につながります。  

老化を促進し寿命を短くする体内因子として、慢性炎症や酸化ストレス、成長ホルモン、インスリン、インスリン様成長因子-1、性ホルモンなどが知られています。  

慢性炎症は活性酸素やフリーラジカルの産生を増やして酸化ストレスを増大し、遺伝子変異や免疫力低下や諸臓器機能の低下を招いて老化やがんを促進します。高血糖状態はタンパク質の糖化や糖化最終生成物(AGE)の産生を高め、組織の炎症や酸化ストレスを高めます。つまり、血糖が高い状態が続くと様々なメカニズムで老化を促進することになります。  

成長ホルモン、インスリン、インスリン様成長因子-1、性ホルモンというのは体の成長や成熟に必要な因子で、中年以降に体の老化が進むのはこれらの成長因子やホルモンが低下するためだと考えられています。したがって、アンチエイジング(抗老化、抗加齢)の領域では、このようなホルモンや成長因子を補充して、体を若返らせようとする治療が行われています。そのため、これらの因子が寿命を短くすることに荷担することは不思議に思われるかもしれません。

しかし、成長を促進し若々しさを保つような因子が、寿命を短くすることが明らかになっているのです。  

線虫やショウジョウバエを使って寿命に関わる遺伝子の研究が行われています。線虫やショウジョウバエの突然変異系統(ミュータント:変異体)の中から寿命が延びた変異体を見つけ、どの遺伝子に突然変異が起きているかを解析すれば、寿命に関連する遺伝子を見つけることができます。
そのような研究によって寿命に関わる遺伝子が多数見つかっていますが、見つかった線虫やショウジョウバエの遺伝子の哺乳類の相同体を解析すると、それがインスリやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の受容体やそのシグナル伝達系に関与する遺伝子だということが明らかになったのです。  

例えば、線虫の遺伝子でins-7とdaf-2と名付けられた遺伝子に突然変異がある変異系統の線虫は寿命が延びていました。そして、これらの遺伝子は哺乳類では、それぞれインスリンとインスリン受容体に相当するものでした。そして、インスリン受容体の下流に存在するシグナル伝達系に関与する遺伝子の突然変異も寿命を延長することが明らかになったのです。


【ケトン食は絶食療法と同じ効果がある】

 難治性てんかんの治療に絶食が有効であることが知られています。がんやその他の様々な難病の食事療法として断食や絶食が行われています。絶食すると体脂肪が燃焼してケトン体という物質ができます。このケトン体には抗炎症作用や細胞保護作用があります。また、絶食すると細胞のオートファジー(自食作用)が亢進して、細胞内に蓄積した異常タンパク質を分解して除去してくれます。

しかし、絶食を長期間実行することは困難です。体重が減っていくと体力も体の治癒力も低下していくからです。この絶食療法と同じ効果があるのがケトン食です。

ケトン食(ketogenic diet)というのは、体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事です。てんかんの治療目的で、絶食療法の代わりとして考案された食事療法で、低糖質と高脂肪を組み合わせて、脂肪の燃焼を促進しケトン体の産生を高めた食事です。

一般的に脂肪の取り過ぎは健康に悪いと考えられていますが、健康に悪いのは動物性の飽和脂肪酸や食用油に多く含まれるω6系不飽和脂肪酸(リノール酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸)と言われる脂肪です。一方、魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、紫蘇油や亜麻仁油に含まれるα-リノレン酸のようなω3不飽和脂肪酸やオリーブオイルを多く摂取すると、がんや循環器疾患の発生率を減らせることが報告されています。また、中鎖脂肪酸を多く摂取するとケトン体の産生を高めることができます。

ケトン食は高齢者や子供にも安全に行われる食事療法であり、ケトン体を増やすことは健康増進に良いといえます。さらに、中鎖脂肪酸は未熟児や手術後の栄養補給にも利用されており、脂肪組織に蓄積せず、消化管から吸収されて門脈に入って直ちに肝臓でβ酸化されてATPを産生します。その際に糖質の摂取を制限しておけば、アセチルCoAはケトン体の生成に向けられます。

つまり、中鎖脂肪酸トリグリセリドを多く摂取するケトン食(中鎖脂肪ケトン食)は安全で簡単に実施できるケトン食と言えます。


【ケトン食はてんかんの治療法として開発された】

 「ケトン食」というのは、体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事です。

古来、さまざまな疾患に絶食療法が行われており、特にてんかん発作が絶食によって減少することは古くから知られていました。そして、「脂肪を多く炭水化物の少ない食事を摂れば、絶食と同等の効果が得られる」という考えのもとに、1920年代に米国のメイヨークリニックでケトン食療法(ketogenic diet)が発案されました。

この当時のケトン食は「古典的ケトン食」と呼ばれ、蛋白質を体重1kg当たり1g、炭水化物は1日10〜15g、残りのカロリー(90%以上)は脂肪からというものでした。

1960年代には、中鎖脂肪酸を使うとケトン体の産生効率が高いことが明らかになり、脂肪の摂取割合を50%程度まで減らし、蛋白や炭水化物の摂取量の許容範囲で高くなったので、ケトン食療法は実践しやすくなりました。しかしその後もてんかんの治療薬がいくつも開発され、面倒な食事療法より薬物治療の法が便利で有効性が高いということでケトン食療法は次第に行われなくなりました。  

しかし、1994年、ハリウッドのプロデューサーのジム・アブラハムス(Jim Abrahams)が自分の息子の難治性のてんかんがケトン食療法で劇的に改善した実話をテレビで放映し、その後、ケトン食療法を広めるための基金(the Charlie Foundation)を設立、さらにこの話は1997年にはメリル・ストリープ(Meryl Streep)が主演でテレビ映画化(First do no harm)され、難治性てんかんに対するケトン食療法の有用性が広く世界に知られるようになりました。

このようにケトン食自体は非常に歴史の古い食事療法です。ケトン食は難治性てんかんの治療以外に、ブドウ糖を細胞内に取り込めないグルコース・トランスポーター1型欠損症に極めて有効で唯一の治療法としても利用されています。

さらに、ケトン体は脳神経のエネルギー代謝を改善し、活性酸素や炎症から神経細胞を保護する作用があるので、ケトン食療法はアルツハイマー病やパーキンソン病や脳卒中等を原因とする脳神経細胞障害の進行抑制にも利用されています。


【ケトン食は安全な食事療法】

 ケトーシス(ケトン症:ketosis)は血中のケトン体が増加した状態です。ケトン体のアセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液のpHが酸性になります。このようにケトン体が増えて血液や体液が酸性になった状態をケトアシドーシス(ketoacidosis)と言います。

糖尿病性ケトアシドーシスは主に1型糖尿病患者に起こり、インスリンが不足した状態で脂肪の代謝が亢進し、血中にケトン体が蓄積してアシドーシス(酸性血症)を来たし、ひどくなると意識障害を引き起こし、治療しなければ死に至ります。

このように糖尿病の人では血液中のケトン体濃度の上昇は糖尿病の悪化を示すサインとして知られていますので、ケトン体は体に悪い物質と思われる方が多いと思います。

しかし実際は、インスリンの働きが正常である限りケトン体は極めて安全なエネルギー源なのです。ケトン体を利用する酵素が無い肝細胞とミトコンドリアの無い赤血球を除く全ての細胞でアセチルCoAに変換されて生理的なエネルギー源として利用でき、日常的に産生されているからです。

ケトン体はブドウ糖や脂肪酸より優先的に利用されます。絶食すると数日で血中ケトン体は基準値の30〜40倍もの高値になりますが、インスリンの作用が保たれている限り安全です。一時的に酸性血症(アシドーシス)になることもありますが、血液の緩衝作用によって正常な状態に戻ります。

ケトン体の上昇が怖いのは、インスリンの作用不足がある糖尿病の場合で、糖尿病性ケトアシドーシスはインスリン作用の欠乏を前提とした病態です。断食や糖質制限に伴うケトン体産生の亢進の場合は生理的であり、インスリン作用が正常であれば何の問題もありません。


【ケトン食はアディポネクチンの産生を増やす】

 アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのような蛋白質で、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。


ケトン食がアディポネクチンの産生を増やす効果があることが報告されています。ケトン食は糖質摂取を減らし、脂肪摂取量を増やして、脂肪の燃焼によるケトン体を増やす食事です。

肥満した小児および青年を対象にして、低カロリー食とケトン食の代謝に対する影響を比較した研究が報告されています。(J Pediatr Endocrinol Metab. 25(7-8):697-704.2012年)

この研究では、58人の肥満者をケトン食と低カロリー食のどちらかに振り分けて6ヶ月間の食事療法を行いました。
食事療法の開始前と終了時(6ヶ月後)の比較において、低カロリー食とケトン食の両方のグループにおいて体重、体脂肪量、腹囲、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性指数の著明な減少あるいは低下が認められました。

しかし、効果はケトン食の方が高かったということです。両グループともインスリン感受性は統計的有意に上昇しましたが、活性の高い高分子量アディポネクチンの増加を認めたのはケトン食のグループだけでした。

この論文の結論は、「ケトン食療法は、体重の減量や代謝数値の改善において低カロリー食よりも効果が高く、肥満小児の体重減量の治療法として、安全で実施可能な食事療法であることが明らかになった」と記載されています。

この研究で最も注目すべき点は、高分子量アディポネクチンの値が、低カロリー食では有意な上昇を認めず、ケトン食でのみ増加が認められた点です。


アディポネクチンは血中に1分子ずつバラバラにではなく、複数個がくっついた形で存在しています。低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)です。中でも高分子量アディポネクチンが生理活性が強いことが知られていますので、活性の高い高分子量のアディポネクチンの値がケトン食で増加したことは、ケトン食が寿命の延長やがんの予防に効果があることを示唆しています。

また、ラットを使った実験で、ケトン食が、脂肪組織におけるアディポネクチンmRNAの量を増やすことが報告されています。(J Clin Neurosci. 17(7):899-904.2010年 )

アディポネクチンには、がん細胞の増殖や転移の抑制など様々な抗がん作用があることが報告されています。人の胃がん細胞を移植したマウスにアディポネクチンを注射すると、がんが著しく縮小したという報告があります。

ケトン食は、がん細胞へのブドウ糖(グルコース)の供給を減らし、さらにインスリンやインスリン様成長因子の産生を減らすことによって増殖シグナルを低下させるメカニズムなどによって抗がん作用を発揮します。


ケトン体のβヒドロキシ酪酸は抗炎症作用(NLRP3インフラマソーム阻害作用など)や抗酸化力の増強作用などによってがん予防や抗老化や寿命延長作用が報告されています。

さらに、ケトン食が寿命延長作用と抗がん作用のある高分子量アディポネクチンの産生を増やすという臨床試験の結果は、ケトン食の抗がん作用と寿命延長効果をさらに支持することになります(下図)。

画像4

図:超低糖質ケトン食(低糖質食+高脂肪食)はがん予防効果や抗老化作用や寿命延長作用が確認されている。そのメカニズムとして、糖質摂取量が少ないと、酸化ストレスが軽減し、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系が抑制される(①)。低糖質・高脂肪食はケトン体の産生を増やす(②)。ケトン体のβヒドロキシ酪酸は、NLRP3インフラマソームの活性阻害などによる抗炎症作用、酸化ストレスに対する抵抗性の亢進、アディポネクチン産生の亢進などの作用を有する(③)。これらのメカニズムによる総合作用の結果、がん予防や老化抑制や寿命を延ばす作用がある。


【「みにくいアヒルの子」から「美しい白鳥」に変身したケトン体】

 アンデルセン童話に「みにくいアヒルの子」という話があります。容姿が異なるために兄弟からいじめられていた「みにくいアヒルの子」は、本当は白鳥の子供で、大人になって美しい白鳥になったという童話です。

ケトン体を「Metabolism’s Ugly Duckling(代謝の醜いアヒルの子)」と表現した論文もあります。「実際は美しい白鳥だった」という意味が込められています。

ケトン体は19世紀中頃に糖尿病性ケトアシドーシスの患者の尿に大量に含まれることから最初に見つかったので、「ケトン体は脂質の不完全な酸化によって生成される毒性のある不必要な代謝産物である」とこの時代の医師の多くが認識していました。しかし、20世紀のはじめになると、「ケトン体は、飢餓時や食事からの糖質や糖原性アミノ酸の供給が不足したときに、肝臓で脂肪酸から産生される正常な代謝産物で、肝臓以外の組織で容易にエネルギー源として利用される」ことが明らかになりました。

さらに、1920年代にはケトン体の産生を増やす高ケトン食が、小児の薬剤抵抗性てんかんの治療に極めて有効であることが明らかになりました。

1967年には、長期間の絶食や飢餓時に脳のエネルギー源としてグルコースに代わってケトン体が使用されることが明らかになりました。それまでは、脳のエネルギー源はグルコースのみと考えられていたのです。

1990年代に入ると、食事によってケトン体の産生を高めるケトン食が、グルコースの利用障害のある神経疾患の治療に有効であることが明らかになります。

さらに、パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳では、ミトコンドリアの機能異常によって、エネルギー産生が低下していることが多くの研究で明らかになっています。

ケトン体はミトコンドリアでATP産生に効率よく利用され、さらに、神経細胞をフリーラジカルの害から守る作用があるので、ケトン食が、パーキンソン病やアルツハイマー病やその他の神経変性疾患の治療に有効であることが報告されるようになりました。

近年では、ケトン体のβヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用によって遺伝子発現に作用してストレス抵抗性の増強や抗老化や寿命延長の効果を発揮することや、炎症を引き起こすNLRP3インフラマソームの活性を阻害することによって抗炎症作用を示す作用、細胞膜の受容体を介して細胞機能に影響する作用などが明らかになっています。

ケトン食が寿命を延ばす可能性も報告されています。そして、サプリメントとしてケトン体を補充する治療法も検討されるようになってきました。

つまり、発見された当時は「代謝における醜いアヒルの子」と思われていたケトン体が、実際は、極めて多彩で有用な働きを発揮する代謝産物であることが判明したのです。最近ではβヒドロキシ酪酸は「an anti-aging ketone body(抗老化ケトン体)」と表現され、様々な老化性疾患を予防し、寿命を延ばす効果も指摘されるようになってきました。

絶食で体内に増えるケトン体が有毒であるのであれば、日常的に飢餓を体験している野生の動物や、狩猟採取で食糧を得ていた氷河時代の人類が生き延びることはできなかったはずです。ケトン体が有毒な代謝産物であれば、このような不都合な代謝は進化の過程で淘汰されてきたはずです。むしろ、飢餓を生き延びるために進化の過程で獲得した代謝系と考えるのが妥当です。

画像5

図:かつてケトン体は、糖や脂質の代謝異常に伴って産生される「体に有害で不必要な成分」と認識されてきた。代謝における「Ugly Duckling(醜いアヒルの子)」と長い間思われていたが、最近の研究でケトン体は「有益な生理作用を示す代謝産物」であることが明らかになっている。ケトン体の寿命延長作用や抗老化作用、抗がん作用、認知症改善作用などの多彩な健康作用を示すことが示され、糖尿病やメタボリック症候群の治療にも有効であることが示されている。ケトン食はダイエット(減量)にも著効を示すことが臨床試験で証明されている。食事からの糖質摂取を減らし、健康に良い脂肪の摂取を増やして脂肪代謝を促進し、ケトン体の産生を増やすことは、健康を高め病気を予防する方法として注目されている。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?