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16)断食は体内のケトン体を増やして難病を治す

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術16

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【食物を分解してエネルギー(ATP)を作っている】

 生物は、細胞が活動するエネルギーとしてATPという物質を使います。ATPはAdenosine Triphosphate(アデノシン3リン酸)の略です。ATPはアデニンという物質にリボースという糖がついたアデノシンに、化学エネルギー物質のリン酸が3個結合したものです。
 
ATPは分子内に2個の高エネルギーリン酸結合を持ち、ATPがエネルギーとして使用されるとADP(アデノシン2リン酸)とAMP(アデノシン1リン酸)が増えます。リン酸1分子を放出する過程でエネルギーが産生されます。このようにリン酸分子が離れたり、結合したりすることで、エネルギーの放出や貯蔵を行うことができます。
 
ATPは生物が必要とする活動エネルギーを保存した「エネルギー通貨」のような分子で、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。細胞はグルコース(ブドウ糖)や脂肪酸に保存されているエネルギーをATP分子に捕獲し、筋肉の収縮や能動輸送や物質合成などの細胞の仕事に使っているのです。(図)。

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図:食物の分解(異化)によって生成されるエネルギー(①)を使ってADPにリン酸を結合させてATPが合成される(②)。ATPが加水分解されてリン酸を放出する過程でエネルギーが産生され(③)、生命活動に使用される(④)。細胞はADPを再利用してATPを再合成している。


細胞を働かせる元になるエネルギーは、栄養として食事から取り入れたグルコース(ブドウ糖)を分解してATPを作り出すことによって得ています。グルコースが不足している時は脂質やタンパク質もエネルギーを供給する燃料となり得ます。これらの栄養素は呼吸によって取り入れた酸素によってゆっくり燃焼してエネルギーを作り出し、体の運動や細胞の活動や体温維持など生命の維持に消費されます。摂取エネルギーが消費エネルギーより多いと余分なエネルギーは主に脂肪となって体内に貯蔵されます。


【空腹にならない生活が病気を増やしている?】

 肥満や糖尿病やアルツハイマー病の急増が地球規模で起こっています。最近の疫学研究の論文では、肥満や糖尿病やアルツハイマー病に関して「Epidemics(流行)」という言葉を使っています。感染症がどんどん広がるように、肥満や糖尿病やアルツハイマー病が流行しているという現状を表しています。
 
これらの3つの疾患は相互に関連しています。糖質の多い食事は肥満を引き起こします。肥満はインスリン抵抗性を高めて糖尿病の発症を促進します。肥満と糖尿病はアルツハイマー病の主要な危険因子になっています。
 
このような疾患の急増には、近代における食生活が関係していることが指摘されています。すなわち、精製度の高い糖質の摂取とそれに伴う高インスリン血症、その結果として生じる体脂肪の蓄積です。インスリンは脂肪合成を促進し体脂肪を増やす作用があります。
 
最近の多くの人は空腹感を感じることのない生活を送っています。空腹を感じる前に1日3度の食事とおやつを規則的に食べています。その結果、体の中では脂肪が燃えない状況が続き、それが体の不調やある種の病気の原因になっていることが指摘されています。
 
食事が入ってこなければ体脂肪が燃焼し始めますが、食料が豊富な現代においては、体脂肪に蓄えられたエネルギーを使う前に、手近なエネルギー源である糖質の摂取を体は要求し、ご飯やお菓子を食べてしまいます。このような食生活が多くの病気を増やしているのです。
 
人類が農耕を初める前、すなわち1万年以上前の旧石器時代においては、食べ物は狩猟や採集によって得ていました。狩猟採集民にとっては食事が毎日できるという保証はありません。しかし、何日も食べなくても体を維持し動かせることができます。
 
私たちの体には、食事で余ったエネルギーを脂肪として貯蔵し、食事が取れないときに貯蔵した脂肪を燃焼させて体が必要とするエネルギーを産生するという仕組みを持っているからです。グルコースが枯渇した状態で脂肪酸が燃焼するとき、肝臓ではケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)という物質ができます。

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図:グルコースが枯渇すると、肝臓では脂肪酸が分解されてできたアセチルCoAからアセト酢酸が生成され、これは脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換される。この3つをケトン体と言う。アセトンは呼気中へ排出され、βヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は血液中に入って脳などの他の臓器のエネルギー源として使用される。


このケトン体は脳にエネルギー源を供給するために肝臓で作られる物質です。グルコース(ブドウ糖)が無くても細胞は脂肪を分解してエネルギーを産生できます。しかし、脳の神経細胞は例外です。様々な理由で、脳は脂肪をエネルギー源として利用できないからです(後述)。
 
狩猟採集を行っていた時代には、飢餓状態において貯蔵脂肪が盛んに燃焼し日常的にケトン体が多く産生されていました。現代人はケトン体が出ないような食生活になっています。これが多くの病気を引き起こしている可能性が指摘されています。
 
絶食で産生されるケトン体はグルコース以上に安全で、エネルギー源として有用な正常な代謝産物であることが明らかになっています。さらに最近の研究によって、細胞のシグナル伝達や遺伝子発現の調節や抗炎症作用や抗酸化作用などの様々な有用な働きが明らかになり、顕著な減量効果、老化予防や寿命延長効果、がんやアルツハイマー病などの難病の治療にも有効であることが報告されるようになりました。
 
絶食(断食)療法が多くの病気の治療や健康増進に有効であることは経験的に知られていますが、その作用機序の一つが脂肪の燃焼とケトン体の産生にあります。絶食やケトン食によって正常な人間に起こるケトン血症(血中にケトン体が増える状態)は安全で生理的な現象ですが、世の中にはケトン体に対する誤解がまだ多く残っています。


【絶食(断食)療法が難病の治療に使われている】

 断食というのは、一定期間すべての食物または特定の食物の摂取を断つことです。その目的や方法は様々ですが、世界中の多くの宗教で断食が行われています。例えば、食を断つことによって人間の欲望を制御し、精神の集中を助け、高い宗教的境地に到達する目的で断食が行われています。
 

病気の治療目的でも古くから断食療法は行われています。古代ギリシャ時代の医師ヒポクラテスは、様々な病気の治療に断食が有効であることを記述しています。ヒポクラテスは「断食すると体の治癒力が高まり、病気が治りやすくなる」と言っています、ヒポクラテスは約2500年前の人で西洋医学の礎を作ったとされ「医聖」や「医学の父」と呼ばれています。
 
薬が効かない難治性てんかんの治療に絶食が有効であることが知られています。がんやその他の様々な難病の食事療法としても断食や絶食が試されています。
 
絶食すると体脂肪が燃焼してケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸)という物質ができます。このケトン体には抗炎症作用や細胞保護作用があります。また、絶食すると細胞のオートファジー(自食作用)が亢進して、細胞内に蓄積した異常タンパク質を分解して除去してくれます。つまり、細胞を若返らせ、治癒力を高める効果があります。
 
断食はファスティング(fasting)と呼ばれて、病気の治療目的で研究され実践されています。病気の治療の目的で長期間絶食する方法や、健康増進の目的で1週間に1〜2日間程度絶食する方法や、1日置きに絶食する方法(間歇的断食)など、方法は様々です。


【ケトン体は飢餓を生き延びるために進化の過程で獲得した代謝系】

 「ケトン体は私たちの体を動かす重要なエネルギー源である」ということは長い間見逃されてきました。その理由は多々ありますが、ケトン体の最初の発見が、糖尿病性ケトアシドーシスの患者の尿であったことが最も関与しているようです。
 
ケトン体は19世紀中頃に糖尿病性ケトアシドーシスの患者の尿に大量に含まれることから最初に見つかったので、「ケトン体は脂質の不完全な酸化によって生成される毒性のある不必要な代謝産物である」とこの時代の医師の多くが認識していました。
 
しかし、20世紀のはじめになると、「ケトン体は、飢餓時や食事からの糖質が不足したときに、肝臓で脂肪酸から産生される正常な代謝産物で、肝臓以外の組織で容易にエネルギー源として利用される」ことが明らかになりました。
 
さらに、1920年代にはケトン体の産生を増やす高ケトン食が、小児の薬剤抵抗性てんかんの治療に極めて有効であることが明らかになりました。
 
1967年には、長期間の絶食や飢餓時に脳のエネルギー源としてグルコースに代わってケトン体が使用されることが明らかになりました。それまでは、脳のエネルギー源はグルコースのみと考えられていたのです。
 
1990年代に入ると、食事によってケトン体の産生を高めるケトン食が、グルコースの利用障害のある神経疾患の治療に有効であることが明らかになります。パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳では、ミトコンドリアの機能異常によって、エネルギー産生が低下していることが多くの研究で明らかになっています。

ケトン体はミトコンドリアでATP産生に効率よく利用され、さらに、神経細胞をフリーラジカルの害から守る作用があるので、ケトン食がパーキンソン病やアルツハイマー病やその他の神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症など)の治療に有効であることが報告されるようになりました。
 
近年では、ケトン体のβヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用によって遺伝子発現に作用してストレス抵抗性の増強や抗老化や寿命延長の効果を発揮することや、炎症を引き起こすNLRP3インフラマソームの活性を阻害することによって抗炎症作用を示す作用、細胞膜の受容体を介して細胞機能に影響する作用などが明らかになっています。ケトン食が寿命を延ばす可能性も報告されています。
 
そして、サプリメントとしてケトン体を補充する治療法も検討されるようになってきました。
発見された当時は「代謝異常に伴う毒性物質」と思われていたケトン体が、実際は、極めて多彩で有用な働きを発揮する代謝産物であることが判明したのです。
最近ではβヒドロキシ酪酸は「an anti-aging ketone body(抗老化ケトン体)」と表現され、様々な老化性疾患を予防し、寿命を延ばす効果も指摘されるようになってきました。


【血液中のケトン体が増えた状態をケトーシス(ケトン症)と言う】

 70kgの普通の体型の成人で、体脂肪は12kg程度、グリコーゲンの貯蔵は肝臓に100g以下、筋肉に400g以下です。体内のグリコーゲン貯蔵は最大で500g以下です。500gのグリコーゲンは2000キロカロリーに相当します。従って、通常は一日の絶食によって肝臓と筋肉のグリコーゲンは消費されてしまいます。
 
そのまま何も食事を摂取しないでグリコーゲンが枯渇すると、グルカゴンが分泌され、インスリンは減少して、脂肪組織から脂肪酸が遊離し、筋肉組織でエネルギー源として利用され、肝臓では脂肪酸からケトン体が産生されます。
 
通常、朝起きたときのケトン体のレベルは0.1~0.3mMです。食後には減少します。ケトン体(主にβヒドロキシ酪酸)の濃度は、24時間の絶食で0.3~0.5mM(mmol/L)、2~3日間の絶食で1~2mMと増えていきます。

血液中にケトン体が増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います。通常は血中のブドウ糖濃度は4~5 mmol/L(mM)程度に対して、ケトン体の血中濃度は0.3mmol/L(mM)以下と極めて低値です。しかし、絶食すると数日で増え始め、10日くらいするとブドウ糖濃度を超え、脳の神経細胞もケトン体が主なエネルギー源になります。
 
絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。生理的ケトーシスという用語はTCA回路(クエン酸回路)の発見で1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞したハンス・クレブスが最初に用いています。


【長期間の絶食ではケトン体は6~8mMくらいに上昇する】

 断食療法が多くの病気の治療や健康増進に有効であることは経験的に知られていますが、その作用機序の一つが脂肪の燃焼とケトン体の産生にあります。ケトン体には様々な健康作用が明らかになっています。
 
絶食して2~3日後にはケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸は血中濃度が1~2mM(mmol/L)程度に増え、7~10日後にはβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度はは4~5mMくらいまで増えます。20日間以上の絶食では6~7mMくらいに増えます。

アセト酢酸を含めた総ケトン体量としては7~8mM程度まで上昇します。人によっては血中総ケトン体濃度が10mMくらいまで上がる人もいるようですが、これは肝臓でのケトン体産生能と組織での消費のバランスによるためです。しかし、肝臓での産生能に限界があるのと、他の組織でエネルギー源として使用されるため、無制限には上昇しません。
 
長期の絶食でも通常はケトン体濃度は6~8mM程度であり、この濃度であれば酸性血症(アシドーシス)にはなりません。
 
通常の血液のpH(水素イオン指数)は7.4です。ケトン体のアセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液のpHが酸性になります。しかし、血液には緩衝作用があるので、長期の絶食で起こりうる6~8mM程度の血中ケトン体濃度では、酸性血症(アシドーシス)にはなりません。

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図:肥満者に40日間の絶食を行った場合のβ-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、グルコース(ブドウ糖)、遊離脂肪酸の血中濃度の推移を示す。絶食で起こる生理的ケトン症(ケトーシス)ではケトン体(β-ヒドロキシ酪酸+アセト酢酸)の血中濃度は6~8mM(mmol/L)程度を上限にしてそれ以上は増えないので酸性血症(アシドーシス)にはならない。(出典:N Eng J Med. 282: 668-675, 1970年)


【グルコースを摂取しなくても脳の働きに支障はない】

 糖質を減らすように説明したとき、最も多い反論は「糖がなければ脳が働かなくなるのではないか?」というものです。
 
確かに、脳のエネルギー源はグルコース(ブドウ糖)が主であり、脂肪酸は脳のエネルギー源にはなれないという事情があります。
 
しかし、例えば山で遭難して10日間以上飢餓状態になっても、あるいは何らかの目的(修行や難病治療など)で長期間絶食しても、思考力や記憶力には全く障害はないはずです。その理由は、糖質や食事を全く摂取できなくても、体に蓄えた脂肪やタンパク質から肝臓でグルコースを生成できることと、グルコースが枯渇した状況で脂肪酸が燃焼するとケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)という物質ができ、このケトン体は脳のエネルギー源となるからです。
 
ケトン体は細胞膜や血液脳関門を容易に通過し、骨格筋や心臓や腎臓や脳など多くの臓器に運ばれ、これらの細胞のミトコンドリアで代謝されてグルコースに代わるエネルギー源として利用されます。特に脳にとってはグルコースが枯渇したときの唯一のエネルギー源となります。つまり、グルコースを摂取しなくても、脳の働きは正常に維持されるのです。
 
人類を含めて動物は、数日間の飢餓状態に対応できなければ、生存も種を維持することもできなかったはずです。絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象なのです。


【神経細胞は脂肪酸を取込むがエネルギー源として利用しない】

 血管と神経細胞は直接接していません。血管はアストロサイトによって包まれるようになっており、血管内皮細胞とアストロサイトが「血液脳関門」を形成しています。血液脳関門はアストロサイトが神経細胞を守るための仕組みで、神経細胞への危険な分子の接触を妨げる「関所」の働きをしているのです。

「脂肪酸は血液脳関門を通過できないので脂肪酸をエネルギー源にできない」と一般に言われています。しかし、「脂肪酸は血液脳関門を通過できない」という記述は間違いです。正確に言うと、「脂肪酸は血液脳関門を通れるが、神経細胞は燃料(エネルギー源)として脂肪酸を利用できなくなっている」のです。脳を低酸素や酸化傷害から守るため、進化の過程で脂肪酸を燃料(エネルギー源)として利用しないように進化したのです。
 
脂肪酸には、そのまま細胞に取込まれて、細胞膜などを構成するリン脂質や化学伝達物質(プロスタグランジンや内因性カンナビノイドなど)の材料になる役割と、燃料(エネルギー源)になる役割の2つがあります。
 
脳組織の50%以上は脂肪で構成されており、リノール酸(ω6)やアラキドン酸(ω6)やαリノレン酸(ω3)のような必須脂肪酸は合成できないので、当然のことながら食事からの脂肪酸が神経細胞に取込まれます。また、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)も体内での合成が少ないので、神経細胞の細胞膜を構成するリン脂質や化学伝達物質を合成するために、これらの脂肪酸を特殊な結合たんぱく質やトランスポーターを使って積極的に取込んでいます。
 
つまり、脂肪酸が血液脳関門を通過するメカニズムは存在し、神経細胞は構造と機能の維持のために、食事からの脂肪酸を積極的に取込んでいます。しかし、神経細胞は脂肪酸をエネルギー源として使用しません。脂肪酸を燃料にすると、神経細胞は酸素不足になりやすく、さらに酸化傷害を受けやすくなるので、グルコースを主な燃料にするように進化したと考えられています。以下のような論文があります。

Why does brain metabolism not favor burning of fatty acids to provide energy? - Reflections on disadvantages of the use of free fatty acids as fuel for brain.(なぜ脳は、エネルギー源として脂肪酸の燃焼を好まないのか? - 脳のための燃料としての遊離脂肪酸の使用の欠点の考察) J Cereb Blood Flow Metab. 2013 Oct; 33(10): 1493–1499.

【要旨】
脳において水素分子が豊富な脂肪酸がエネルギー源としてほとんど利用されていないのは不思議である。長く信じられている「脂肪酸は血液脳関門の通過が遅い」というのが理由なのかもしれない。しかしながら、この事実は実験結果によって確認されなければならない。そうでなければ、非エステル化された脂肪酸の蓄積とその代謝産物がミトコンドリアの機能を障害して、アポトーシス誘導の引き金になる可能性がある。
この論文においては、3つの問題点に焦点を合わせる。
(1)脂肪酸のβ酸化によるATP産生はグルコースよりも酸素消費が多いので、神経細胞がより低酸素になるリスクを高める。
(2)脂肪酸のβ酸化は活性酸素(スーパーオキシド)の産生を増やし、神経細胞の抗酸化システムは脆弱なので、神経細胞は強い酸化ストレスを受ける。
(3)脂肪酸の分解によるATP産生の速度はグルコースを燃料とする場合よりも悪い。したがって、神経活動を持続的かつ活発に行うのに必要なATPの産生には脂肪酸の酸化は適しない。
以上の観点から、神経細胞が脂肪酸を燃料として使用するには問題が多いため、それが神経細胞のミトコンドリア内での脂肪酸のβ酸化に関与する酵素の発現を低下させるような進化的圧力となり、脳内ではグルコースがエネルギー源として好まれるようになり、脂肪酸のβ酸化は行われなくなったと推測される。

炭素数16個のパルミチン酸を二酸化炭素と水までに完全に分解すると、1分子のパルミチン酸あたり106個のATPが産生されます。一方、グルコース1分子を完全に分解すると32個(30〜38個といわれているが、最近は32個が多い)のATPが産生されます。
 ミトコンドリアは水素を燃焼させてATPを作るので、水素分子が多い脂肪酸の方がグルコースよりもエネルギー産生量が多いのに、なぜ神経細胞は脂肪酸を燃料にしないのかという疑問があります。
 
心臓や腎臓などエネルギー消費の多い他の臓器では、脂肪酸が主なエネルギー源として利用されています。心臓や腎臓ではエネルギーの60から80%が脂肪を酸化して産生しています。
 
神経細胞のシナプス伝達に神経細胞のエネルギーの80%が使用されています。脳の神経活動に大量のエネルギーが必要とされています。脳で産生されるATPの90%はミトコンドリアでの酸化的リン酸化で産生されていますが、神経細胞ではエネルギー源として脂肪酸はほとんど使用されません。
 
神経細胞は解糖系酵素が低下しており、そのため、アストロサイトがグルコースを解糖系で乳酸にして、その乳酸を神経細胞に供給するという経路が存在します。脳組織全体のエネルギーの約20%は脂肪酸を燃焼して産生していますが、脂肪酸を燃焼するのはアストロサイトです。神経細胞(ニューロン)はほとんど脂肪酸を燃焼しません。
 
最近の研究によると「脂肪酸が血液脳関門を通過できない」という記述は間違いのようです。DHAやEPAにアイソトープで標識した実験などでは、DHAやEPAが血液脳関門を容易に通過して神経細胞に取込まれていることが示されています。しかし、エネルギー源としては利用できない状況になっています。
 
同じ量のATPを産生するときに、グルコースの燃焼(解糖+TCA回路+酸化的リン酸化)よりも脂肪酸のβ酸化による燃焼の方が酸素消費は多く、活性酸素の産生も多くなります。酸素消費量は脂肪酸酸化の場合はグルコース酸化の場合より15%程度多くなります。その結果、脂肪酸を燃料にすると、神経細胞は酸素不足になりやすく、さらに酸化傷害を受けやすくなるので、グルコースを主な燃料にするように進化したという考えです。
 
実際に、神経細胞のミトコンドリアでは脂肪酸を分解するβ酸化に関与する酵素の発現が少なくなっているので、脂肪酸を燃料にできにくくなっています。それは、脂肪酸をエネルギー源に使わない方が生存に有利になるので、進化の過程で神経細胞が脂肪酸を使わないように進化的圧力が作用としたと考えられます。
 
ケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸)はATP産生における酸素消費がグルコースより少ないことが知られています。したがって、神経細胞に脂肪酸を燃焼させるより、肝臓やアストロサイトで脂肪酸を分解してケトン体にして神経細胞に供給すると、神経へのダメージが軽減できます。
ケトン体はモノカルボン酸トランスポーター(monocarboxylate transporters)の MCT1と2を使って、細胞質とミトコンドリアに入ることができます。
 
このように、神経細胞がダメージを受けるリスクを下げるという進化的圧力が、神経細胞では脂肪酸は燃料として使わずに、グルコースとケトン体が燃料になったという考えは、進化論的には十分に納得できる説明です。

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図:脂肪酸は血液中ではアルブミンと結合して循環している。脂肪酸は特殊なトランスポーターなどを使って血液脳関門を通過できる。取込まれた脂肪酸の多くは細胞膜のリン脂質など細胞構成成分の合成に使用される。神経細胞のミトコンドリアでは脂肪酸のβ酸化に関与する酵素の発現が低下しており、脂肪酸を燃料(エネルギー源)として利用できなくなっている。その理由は、脂肪酸の酸化はグルコースの酸化よりも酸素消費が多く、活性酸素の産生が多く、ATP産生に時間がかかるため、進化の過程で脂肪酸を燃料に利用しないようになったためと考えられている。


【砂糖や糖質の摂取を推奨する意見の間違い】

 砂糖などの糖類の摂取量の増加が、最近の世界中の肥満や糖尿病やメタボリック症候群の増加の原因であることが明らかになったため、世界保健機関(WHO)が糖類の1日の摂取量の制限を25g以下に厳しく制限する指針を発表しています。「糖類」というのは、ブドウ糖(グルコース)や果糖(フルクトース)などの単糖類と、蔗糖(ブドウ糖と果糖が結合)などの二糖類が含まれます。
 
しかし、世の中には砂糖や糖質を摂取するメリットを主張する意見もあります。
例えば、「脳や神経系は血液中のブドウ糖しかエネルギー源にできないので、血糖値(血液中のブドウ糖の量)が一定以上なければ脳の働きは悪くなり、疲れを感じたり、イライラしたり、集中力が低下する」という意見があります。

しかし、砂糖や糖質を摂取しなくても脳の働きは低下しません。イライラや集中力が低下するのは砂糖中毒の禁断症状であり、日頃から砂糖を摂取していなければこのような症状は起こりません。
 
「砂糖は最も消化されやすく、ブドウ糖を作り出しやすい食品で、速やかに体内に吸収され、血糖値を上昇させ、脳の働きを活発にさせる」と砂糖を推奨する意見もあります。吸収が良いから脳の働きを活発にすると言う理論は、脳だけの短期的な作用に目を向けているだけで、インスリン分泌を刺激して肥満や糖尿病やメタボリック症候群やがんなど多くの疾患を増やす有害作用を無視しています。

また、砂糖の摂取過剰が長期的には認知症など中枢神経の変性性疾患を増やすことが明らかになっています。
 
「砂糖は脳内報酬系を刺激して脳に快感を与え、やる気を引き起こすために、砂糖を積極的に摂取すべきである」という意見もあります。
 
脳内報酬系を活性化するために覚せい剤や麻薬は使えないので、砂糖で脳内報酬系を積極的に活性化して幸福な気分になる方が良いという論理は、砂糖の摂取を少なくすべきだというWHOのガイドライン(指針)に逆行する意見です。

 これらは、国民の健康を考えるとこれらは全く間違った意見です。


【人間は肉食動物として進化した】

 動物は食事の内容によって肉食や草食や雑食と分けられていますが、消化管の構造や体の代謝系はその食事の内容に適応するように進化しています。
 
例えば、肉食動物のネコには唾液にアミラーゼ(デンプンを分解する酵素)が無く、腸や膵臓の消化液も糖質を分解する酵素の活性が低くなっています。肝臓ではアミノ酸などからブドウ糖を作り出す酵素の活性が高くなっています。さらに、タンパク質を分解して得られるアミノ酸からミトコンドリアでエネルギーを産生できるような代謝系が発達しています。このように肉食の動物は肉が多く糖質の少ない食事に適応するように消化管の構造や体の代謝系が進化しています。
 
一方、ウシやヒツジのような草食動物は、セルロース繊維の多い植物を消化するために長い腸をもち、胃腸には莫大な量のバクテリアが住み着いて食物繊維や糖質を発酵させています。炭水化物の発酵によって生成した酢酸やプロピオン酸や酪酸などの有機酸を吸収して、細胞内のミトコンドリアでさらに分解してエネルギーを産生しています。消化管内のバクテリアはアミノ酸も合成して草食動物に供給しています。
 
草食動物において炭水化物を発酵させて有機酸を作る部位は、ウシやヤギやヒツジのような反芻動物では反芻胃で行われ、ウサギは盲腸で、ウマでは大腸です。東京大学名誉教授の高橋迪雄先生は、草食動物は炭水化物をバクテリアで発酵させる「発酵タンク」を持つ動物と定義しています。 
 
犬は雑食ですが、肉食に近い雑食と言われています。人間も雑食ですが、現代の一般的な食事は炭水化物が半分以上を占めており、草食に近い雑食ということになります。
 
しかし、人間の消化管の構造は犬や猫に似ており、肉食動物の特徴を備えています。つまり、人間は草食動物に必要な発酵タンクを持っていないという意味において肉食が基本だと高橋迪雄先生は説明しています。
 
また、人間はアミノ酸からミトコンドリアでエネルギーを産生する代謝系や、アミノ酸から肝臓でグルコースを合成する代謝系も発達しています。つまり、タンパク質を分解してエネルギー産生と物質合成を行う代謝系が肉食動物と同じように発達しています。
 
人間は、ブドウ糖の血中濃度(血糖)を下げるのはインスリンだけですが、血糖を上げるホルモンはグルカゴン 、 エピネフリン(アドレナリン)、糖質コルチコイド 、成長ホルモン、甲状腺ホルモンがあります。高血糖を防ぐホルモンより低血糖を防ぐホルモンを多く持っていることは、人間ではもともと血糖が上がらない食事が基本であることを示唆しています。
 
現代の人類は穀物や野菜などの植物性の食物をたくさん食べていますが、消化管の構造も物質代謝の特徴も糖代謝を制御する内分泌の系の仕組みも、全て肉食動物の特徴を持っており、生理的には肉食動物というのが正しいのです。
 
人類が肉食動物として進化したのは、その進化の過程で起こった環境変化に適応したためです。
すなわち、初期人類がアフリカの森林に住んでいたころ(約250万年前より以前)は、木の葉や果実や木の実などの植物性食物が主体で、主要な栄養素は炭水化物(糖質)でした。しかし、約250万年前から氷河期に入って徐々に森林が縮小し、人類は草原で狩猟採集を行い、動物性食物が主体になってタンパク質や脂肪の多い食事になります。
 
チンパンジーと同程度の脳容積しかなかった初期人類から、高度の知能をもった現生人類に進化する過程で脳容積は3倍以上に増えました。動物性の栄養素が増えたことが、人類の脳を大きく成長させ、知能の発達に大きく寄与したと考えられています。木の葉や果実などの植物性食糧だけでは、人類の脳の発達は起こらなかったと言えます。
 
最後の氷河期が終わったのは約1万年前です。氷河期に入ってから250万年も間、人類は肉食が中心になり、肉食に適応するように進化してきたのです。したがって、現在のように糖質の多い食事に十分に適応できずに、糖尿病やがんが増えていると言えるのです。

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図:人類の祖先の類猿人から初期人類にかけての数百万年間は主に森林に生息して木の葉や果実などの植物性食糧が主体であったため、栄養素としては糖質が主体であった。約250万年くらい前から氷河期に入ると森林が縮小し人類は狩猟採集によって食糧を得るようになり、動物性の食事が主体になって糖質摂取量は減っていった。約1万年前に最後の氷河期が終わると農耕や牧畜が行われるようになり、人類は再び糖質の多い食事に戻った。産業革命後(19世紀以降)は精製した糖質の摂取が増え、さらに1970年代以降は砂糖や異性化糖などの単純糖質の摂取量が増加した。狩猟採集時代に人類は低糖質食に適応するため、インスリン抵抗性の形質が進化した。つまり、人類はインスリンが効きにくい体質を持っているため、近年における単純糖質の摂取過多が肥満や糖尿病やメタボリック症候群やがんを増やす結果となっている。


体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

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