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僕の前には全面ガラス張りのモダンなビルがある
ビルの入口には無精にも二人の警備員が後に手をくみ立っている。
その二人は何も代表せずそこに立たされている。仕事として。
ビルの入口にその日だけこんな標識が赤い字で立っている。
「面会の予約のない方の立ち入りはお断りします。」ニチアス株式会社
そのビルの前には「ニチアスは、建設業従事者の被害者・原告に真摯に謝罪せよ」
という横幕が対峙している。
横幕を持つのは建設アスベスト訴訟全国連絡会の原告と遺族原告
ビルは普段は背広を着た社員が頻繁に出入りしオフィースとして生きている
だがこの日 窓は閉め切られ 人は一人も出入りしない。
ニチアスは5月17日最高裁ですでに断罪された。
しかし一枚の紙を原告に送ったまま沈黙を続ける。

夫と息子を奪われひっそりと暮らしている。あの賑やかだった家庭を返して欲しい。
今もいつガンが進行し命を奪われるか解らない恐怖と戦ってこの場に来ている
か細い聞こえにくい声は閉ざされた窓の向こうにいる
同じように家庭をもち 今日仕事が終われば家路につくであろう貴方へ
届いているだろうか。聞こえていなくとも 届いていて欲しい。
拒絶する論理の向こうに立つ者の心に見えて欲しい。
人と利益。そのどちらを優先するのか
これから「ボク達」はどこに進むのか

無人にしか見えないビルに訴えつづけた。
企業が他人事のように企業の社会的責任と環境への配慮という時
僕らは「その他大勢」となりその数には入っていなかった。

そのビルの後に隠れている アスベスト製造企業ニチアス
隠せない罪が張り付いたまま
応じることも話し合うことも出来ない その姿を晒し続けている

新しい資本主義が来るらしい
スローガンはもういい
原告にはもう時間がないのだ


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