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ナイン・ストーリーズ Ⅸ ペッパーの憂鬱


ペッパーの憂鬱

私はね、いつもあの人の側にいるのよ、本当は。
彼女は私を思い出しては、いつも泣いてばかりいるけれど。
彼女は私を思い出さないように、私のことを考えないようにしているの。失礼しちゃうと思わない?
 そんなことをしなくても、私はいつも彼女の側にいるし、彼女の足元やお気に入りのテーブルや私の爪痕のついたソファの上で、いつも彼女と一緒の時間を過ごしているのよ。
 彼女が眠る時は、自慢の長いしっぽで寝てる彼女の顔をいつも撫でているし、彼女が帰れば足にすり寄ってお帰りなさいを言っているわ。
 
 だいたい彼女ったらいつも安い缶詰しかくれないし、そうかと思うと突然ナマリだの鶏のささみだのを買ってきたりして気分屋だし。
 そういえば出会って3日目に、彼女が買ってきた鶏の胸肉のパックを彼女が見ていない隙にソファの下に引きずってこっそりと食べようと思ったら、あまりの美味しさに思わず唸り声が出ちゃって、すぐに彼女に見つかっちゃったの。彼女は笑って、唸り続ける私からボロボロになったパックを優しく取って、キッチンで鶏肉を小さく小さく切って、私のために茹でて冷まして与えてくれたわ。私はそれからチキンが大好きなのよ。知ってた?

 それに私がまだキティだった時、夜中に走りまわっていたら、思わず彼女の顔の上を走っちゃって、彼女の顔に横一列に線をつけちゃった事があったわ。朝起きて鏡を見た時の彼女の顔!

 人見知りの私は誰がきても爪を立てて毛を逆立てたけど、彼女は決して怒らなかったし、彼女の連れてくるメンズにはいつもサービスしたし、夜には気を効かせてベッドからは離れていたのよ、私。たまに真ん中に潜り込んでいたけれど。
 彼女が悲しめばバスルームまで慰めに行ってあげたし、嬉しい時には一緒にピアノを弾いたわ。無理やりだったけれど、ふたりでダンスをしたわね。私の手や脚を取って踊る彼女の楽しそうな顔を見ていたら、私まで楽しくなったわ。
 シャワーも嫌いだったけれど、彼女が水浸しになりながら洗ってくれるものだから、私も我慢したわ。それでもとても怖いものだから、私の体を洗った後の彼女の腕や顔や胸元は傷だらけで、それでも洗い立てでシャンプーの香りのする私を抱きしめて、良い匂いねって笑ってくれた。
 
 それに彼女が最後の日に、また会おうねって、それまで待っていてねって言うから、私はそれはそれは首を長―くして、ここで彼女を待っているのよ。
 だからそんなに泣いちゃダメよ。淋しがらなくていいの。
 いい?私はいつもあなたと一緒よ。幸せになりなさい。ね?分かった?

 愛してるわ!

fin.


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