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ナイン・ストーリーズ Ⅰ 森のなかで


Ⅰ. 森のなかで 

 朝、目が覚めると、背中に白い羽が生えていた。

 それは私の肩甲骨の辺りから生えているようだった。
 鏡をみると、私の後ろに大きな白い羽がいた。
 夢の続きかと思い頬をつねって壁に頭をぶつけてみたけれど、鏡の中には白い羽を携え、頬とおでこを赤くした自分が映っているだけだった。まるで教会のモザイク画のようだ。おそるおそる羽根を触ってみると、それは生き物のように柔らかく震えた。着ていたパジャマが羽に押されて申し訳なさそうに肩のあたりで皺だらけに留まっている。ごめんなさい、とでも言うように、羽がサワサワと震えた。
 「おはようマリー。随分やっかいな事になっているね。」
 猫のジョーイがやってきて言った。
 「おはようジョーイ。起きたらこうなっていたの。今朝の機嫌はどう?」
 まあまあだね。と左手を舐めながらジョーイが答える。
 「困ったわ。これじゃあ学校になんて行けやしないもの。なんて言ったって制服が着れないのよ。」
 猫のジョーイは黒い鼻をぺろりと舐めながら言った。
 「まったくだね。」
 「そんなに大きなものをこしらえて、一体どうするつもりだい?
いつも言ってるだろう。君には一体全体、注意力と言うものが足りないんだ。だいたい昨日の夜ごはんには、かつお節のオリーブ煮とアンチョビペーストのきのこ添えが食べたいと言ったじゃないか。それなのに君ときたら・・・。」
 猫のジョーイはベッドの脇で真っすぐに背骨を伸ばし、ニャアニャアと小言を言っている。こんなに真っすぐに背筋を伸ばせる猫が世の中に他にいるのだろうか。
「君のママが用意したのは、ツナのミルク丼だなんて!」
 私は猫のジョーイの話なんてまったく聞かず、皺くちゃになったパジャマを脱ぐことに苦心をしていた。
 だってジョーイときたら、気が短くていちいち五月蝿いんだもの。
これじゃあ、お向かいのお喋りなおばさんの方が幾分かましだわ。
 この間なんて、私のお気に入りの黄色いセーターの毛繕いがなっていないと散々お説教されたばかりだ。仕方なく毛玉取り機を取り出したら、全身の毛を逆立たせて叱られた。舐めて綺麗にできないものを着るなんて、猫の風上にも置けないらしい。ジョーイ曰く、あんな下品な声で騒ぎ立てる毛玉取り機なんて、生まれたての三毛猫の足下にも及ばない、そうだ。
(猫は例外無く、すべての機械の音を嫌う。)
 なんとかパジャマを脱ぎ終え両手を上げて大きく伸びをすると、背中の羽もつられてざわり、と揺れた。どうやらお互いにようやく居心地がよくなったみたいだ。もう一度ゆっくりと撫でてみると、それは艶やかで繊細な飴細工のようだった。ひとつひとつの羽根は美しく、眩く光っている。これは一体なんの夢だろう。この前の数学のテスト勉強を真面目にしなかったからかもしれない。結果は散々で、ママにこってりと怒られたのだけれど。

 時計を見ると、まだ随分と早い時間だ。
早起きが自慢のおばあちゃんさえ起きていないかもしれない。
「これじゃあママにも会えないわ。」
 背中の羽といっしょに溜息をつく。
「悩んでいても仕方ないわ。だって羽は背中に生えてしまっているんだもの。」
 床に丸まったパジャマを足で脇にやり、クローゼットを開ける。
去年のクリスマスにパパが褒めてくれたシルクのブラウスや、先週のバーゲン買ったジャケットはもちろん着れない。
 「まったく、身支度をするのも楽じゃないわね。」
服を探している間も、羽は背中でゆったりと動いている。まったく、ひとの気も知らずにいい身分だこと。と私は独言る。
 クローゼットの中身を3分の1ほどひっくり返した所で、去年ママに買ってもらった赤いニットのワンピースが出てきた。パフスリーブの袖に丸首のデザインでAラインが可愛いけれど、あまりにも可愛らしすぎるので、引き出しの奥にしまっておいたものだ。(私はもう13歳になるっていうのに!)机の引き出しから鋏を取り、背中を腰のあたりまでジョキジョキと思い切り切った。着てみると、なるほど思った通りに難なく着ることができた。羽がサワサワと揺れた。
 「よかったわ。あなたも嬉しそうね。」
 玄関にある靴は猫のジョーイが咥えて持って来てくれた。
 「制服のローファーだけれど、まあ仕方ないわね。」
 鏡を見ると、真っ赤なニットワンピースから白い羽が誇らしげに広がっている。赤に白に黒、まるでどこかの国旗のようだ。

 私の部屋には天窓があり、月の綺麗な夜はたまに屋根へ抜け出し、ジョーイと月見をする。もちろん、パパとママには内緒で。
 ベッドサイドに足を掛けて手を伸ばし、天窓の淵を掴む。
腕に力を入れて身体を持ち上げ、ベッドの上の天窓の淵に足を掛けた。なかなか骨の折れる運動だけれど、小さい頃にしていた水泳と毎日のお風呂掃除のお陰で体力には自信がある。小さな窓を開け、羽根に注意しながら窓を抜けた。手に届きそうな一面の青空が広がっている。
「とても良い天気!」
「ジョーイ、有難う。私行くわね。」
「あぁマリー。元気で。」
「朝食は戸棚の中よ。あなたの大好きなストロヴェリー味のクリームチーズと、ヤギのミルクビスケット。それにソーセージもあるわ。ママが用意してくれるはずだから、マスタードを忘れずにね。ママにもキスを送って頂戴。アールグレイにマーマレードノジャムを入れ過ぎないように注意してね。ママったら最近ちょっと太り過ぎだから。」
「毛繕いが終わったら伝えておくよ。僕は綺麗好きだからね。」
 言うが早いか、彼は毛繕いを始めた。ピンク色をしたトゲトゲの舌でシャリシャリと丁寧に身体を舐めている。
 まったくジョーイときたら、毛繕いに38分もかけるんだからたまらない。これじゃあきっと、毛繕いの間に忘れちゃうわね。まあいいわ、ママは細かいことは気にしない性質だもの。自分の羽を一つ取って、毛繕いをしているジョーイに投げた。
 「愛しているわ、ジョーイ。」
 深呼吸をして、空へ飛んだ。

 目を開けると空の中だった。
 眼下には、いつも過ごしている街が広がっている。
 隣のおしゃべりなおばさん家の芝生や、ななめ向かいの家の庭の犬小屋で寝ているラブラドールのチャップリン・ドッグ(変な名前だと以前から思っていた)の姿が見えた。それらはまるで、オモチャ箱の様に見えた。振り返ると、小さくなっていく天窓からジョーイが手を振っていた。
 「ジョーイ。心配しないで。愛してるわ。」
 日常が、私の真下をゆるゆると通り過ぎていく。

 飛ぶことは案外簡単で、コツさえ掴めばどこまでも飛んで行けそうだった。 羽はリラックスしていて力強く、鼻歌でも聞こえてきそうなくらいだ。
 空を飛ぶのは楽しく爽快で、私と私の大きな白い羽は、友達の家やスーパーマーケットの上を通り過ぎ、公園やバス停、学校とボーリング場も通り過ぎた。誰一人として私には気付かない。私のいない日常を私が見下ろしている。それは少し不思議な感覚だった。

 街外れまで来た時、ふと森が見えた。
 「こんな所に森なんてあったかしら。」
 見るからに大きくて濃く、深い森だった。私は自転車を持っていないので、こんな所まで来た事は無い。あるいは冒険好きの男の子達なら知っているのかもしれないけれど。
 「とにかく近くまで行ってみようと思うのだけれど、どうかしら。」
 羽は頷くようにサワサワと震えた。
 森は近づくにつれて緑が濃く香り、私を誘った。 霧がかる大きな森は凛とした佇まいで樹々が寡黙に立ち並び、目を閉じたまま何十年も瞑想している古僧のようだ。背中で羽が緊張していることがわかった。
 少し拓けた場所を見つけた。あそこなら降りられそうだ。私たちはその静けさを破らないよう注意しながら、ゆっくりと降りていった。
 大きな緑色の塊はだんだんと一本一本の樹々となり、私は枝や幹にぶつからないよう慎重に降りる必要があった。朝の森はきりりと静まり、朝露に濡れた葉や草や幹や花々が色濃く香っている。凛とした空気、葉々の揺れる声。陽の光は背の高い樹々に遮られ、まるでオーロラのように辺りを照らした。少し怖ささえ感じていた古僧たちの静けさも、彼らの胎内に入るとやわらかく優しい温もりで満ちていて、慈しまれているように感じられた。
 「こんなところがあったなんて。」
 地面は思った通りに柔らかく、足を着く時に学校指定のローファーが小さく土に沈んだ。枯葉や木の枝が時間をかけて腐り、養分になってこの森を維持しているのだろう。温かな土の匂いと深い緑の香りが森全体に満ちている。目を閉じて息をたっぷりと吸い深呼吸をすると、体中すべてが新しくなったように感じる。エナジーが内側に流れ込んできて、まるで内側から生まれ変わっていくみたいだ。羽も嬉しそうに全体を揺らしている。もしかしたらこの羽はこの森からの贈り物なのかもしれない、と思う。ここへ来るための特別なプレゼントだったのかも・・・。木の実や枯れ葉が地面を覆い、苔は美しく樹々に絡っている。陽の光が樹々の影を地面に映し出し、上を向くと遥かな高さで折り重なり、風に揺れる樹々が私を見守ってくれていた。まるで絵本の中を歩いているようだと思いながら、森のなかを進んだ。

 しばらく歩いていると小さな湖を見つけた。
 水面は静けさに満ちていて、覗き込むと驚くほどに透き通っている。それのに水底は見えない。透き通った綺麗な水が、ずっと深くまで続いている。まるで地の底まで続いているみたいに。両手を水に浸すと、ひんやりと心地よく冷たい。手のひらで水をすくい口に入れるとそれは甘く、身体にすうっと馴染んでいった。
 樹々が揺れ、陽の光がカーテンのように水面をやわらかく照らしている。高い木の葉から雫が落ちるたびに水面は波うち、湖はまるで音楽を奏でているかのように水面を揺らしながら、湖に小さく波紋を描いていった。鏡のような水面をそっと指先で触ると、ゆらゆらと優しく波紋が広がる。風が心地よく吹き抜けていく。
 「なんて綺麗なのかしら。」
 神秘的な光景に目を奪われた私は、靴が汚れるのも構わずに、しばらくその湖に見入っていた。泥だらけの靴を見たら、ママがきっと怒るに違いない。

 どれくらい時間が経ったのだろう。陽の差す方向が変わり、湖の向こうの木陰を明るく照らした。風が吹き、茂みの向こうを揺らした時に、何か赤いものがちらり見えた。
 「何かしら。」
 目を細めて良く見ると、茂みの奥深くに小さく赤いものが光っている。
 靴とワンピースの汚れを手で払い、羽を広げて湖の向こう側へ飛んでいき、茂みを手でかき分ける。
 「確か、この辺りだったと思うのだけれど・・・」
 茂みを抜けた途端、世界が止まった。

 果たしてそれは、背の高い木に実っている、小さな赤い身だった。
 緑の葉に覆われたその姿は、この世のものとは思えないほど赤く美しい。森が意図的にその姿を隠しているのだろうか、それは森の奥深くにあり、自身が纏う葉や周りの景色に上手く溶け込み、見えづらくなっている。
 毒々しいほど鮮やかな赤に、私はすべての思考を奪われてしまった。
 朝露が一滴、ふいに落ちて赤い実を濡らした。透明な滴が丸い表皮を流れ、たっぷりと余裕を持ってぽたりと大地に落ちる。ごくり、と喉が鳴った。朝露に濡れた赤い実は一層瑞々しく、私を誘う。
「ああ、なんて美しいのかしら。」
 小さな身体は奇跡のように美しく、完璧な世界の結晶だった。ぎゅっと締まった実は弾けそうに震え、噛むとたまらない心地に違いない。しっとりとした果実は甘く甘く、舌さえも蕩けてしまいそうな味に決まっている。夢に出てくる砂糖漬けの毒リンゴのように。喉はカラカラに渇いていて、息は荒く、心臓の鼓動は早くなるばかりだった。ああどうしても。
 
 どうしてもあの赤い実が食べてみたい。

 気付けば私の左足は宙を蹴って、小さな赤い実に向かい一直線に飛んでいた。大きな白い羽を羽ばたかせ、赤い実に手を伸ばした。もう少しで手が届く。もう少し。もう少し。あと数センチ・・・

 「やあ。」
 突然、頭上で声がした。
 「素敵なワンピースだね。」

 声のする方へ振り向くと、同じクラスのK君がいた。
 「ねえ君、こんな処で何してるの?」
 K君は不思議そうに私を見た。長い脚をゆったりと空中で組み、学生服のボタンを一番上まできっちりと留めて空中で本を読んでいる。森と同じ色の古びた本の表紙には、外国語でタイトルと思われる文字が書かれていて、K君のきれいな楕円の形の爪が表紙にとてもマッチしていた。
 「K君!」
 K君は読んでいた本をぱたんと閉じて私を見た。良く見ると、K君の後ろに黒い8本の大きなギザギザしたものが、K君を中心に放射状に伸びている。
 それは完璧な角度でしなり、折れ曲がり、鋭く尖っていた。それらがクッションのようにK君の身体を空中で支えているのだ。
 「ああこれ。朝起きたらさ、こうなってたんだ。」
 私の視線に気付いたK君は、後ろの建造物の様な8本の脚をちらと見て、面倒くさそうにそう答えた。
 「これじゃ学校になんて行けやしないし、まったく厄介だよ。もうじき試験だっていうのに勉強もできないしね。それで、散歩でもしようってこの森へ来たのさ。」
 片眉をあげてK君は微笑んだ。
 「K君はこの森を知っていたの?」
 「ああ、まあね。」
 K君はそう言って持っていた本をもう一度開いた。
 「ここは僕の秘密の場所なんだ。」
 「男の子というのは、総じて冒険好きな生き物だからね。」
 本を見ているK君の瞳の奥が緩む。
 K君から冒険という言葉を聞くのは何だか不思議な気持ちがした。
 「君こそ、随分と厄介そうだね。」
 本をもう一度閉じたK君は、私を見てにやりと笑った。
 「でも、とても綺麗だ。」
 K君の声が、身体に響いた。
 「朝起きたら、こうなっていたの。」
 私は仕方なく、そう答えた。ふーん。とK君は呟いた。目はもう私を見てはいなかった。 風が吹いて、K君の髪が揺れる。
 私とK君は、学校でほとんど話した事が無い。けれど私はK君の白くて美しい指先や、長い睫毛の伏せ方。頬杖をつく癖や、きっちりとした制服の裾丈なんかを知っている。その指が鉛筆を持つとどんな風にしなり、ノートをとる時にどんな風に動くのかも。

 「ね、君も赤い実を取りに来たの?」
 K君がまた、私に訪ねた。
 「そうだ、赤い実!」
 私はハッとして辺りを見回した。あの実を探さなければ!どういう訳か、私の身体は空中に張り付いたまま動かなかった。宙に張り付いたまま動かなかった。手を動かそうとしても、足を動かそうとしても、何が起こっているのか、びくともしない。さっきまで元気に震えていた私の白い羽からも混乱した感情が背中から伝わってくる。
  「私、湖であの実を見付けて、急いで飛んできたの。あの実がどうしても、どうしても欲しくて・・・。そしたら突然ここで動けなくなってしまったの、まるで空に貼り付けられてしまったみたい。ねえK君、あの実の所に行く方法を知らない?」
 K君はまたにやりと笑い、
 「知ってるよ。」
 と言った。
 「本当?」
 「でも、君は行けない。」
 なぜ?と言いかけた私を遮ってK君が続けた。
 「君はもう囚われているからさ。」
 K君は組んでいた足を解いて、私に向かってゆっくりと空中を歩きだした。K君が一歩歩くたびに、K君の後ろの脚がザワザワと面白そうに音を立てた。空中で何かがキラキラと光っている。 
 気がつくとK君はほとんど私の目の前まで来て私に顔を近づけた。K君の長い睫毛が触れそうになり、顔に息がかかる。
 「動ける?」
 私は心臓が高鳴るのを押さえて、動けないわと小さな声で答えた。間近で見たK君があまりにも綺麗で目を逸らしたが、そんな私にはお構い無しにK君の華奢な指が私の顎を捕え、私の目を覗き込んだ。
 「手を動かしてみてごらん。」
 K君に促され、両手を動かそうと試みた。 しかしそれは何故か固く貼り付いてびくともしない。
 「動かないわ。」
 K君は満足そうに笑った。
 「じゃあ脚は?肩や耳はどう?」
 わたしの身体中がまるでメデューサに石に変えられてしまったように動かない。一体何が起こっているんだろう。
 K君がクスクスと笑った。
 「ほら、急いで来たから靴が脱げそうだよ。」
 K君は屈んで、脱げかけている制服のローファーの踵を履かせた。K君の冷たい指先の感触を左足の甲に感じる。
 「まったく、君はいつも少し急ぎすぎているものね。」
 K君の瞳が揺れた。
 「ありがとう。でも、そんなの一人で出来るわ。」
 「・・・ほんとうに?でもどうやって?」
 K君はまたにやりと笑って、細い指先で私の顎を心持ち上に傾けた。
 「ねえ、見える?」
 私の目に映った赤いもの。 
 赤い実!
 それは手の届きそうなほど近くで、私を待っていた。早く来て、早く来て、と私に向かい歌いかけてくる。
「待ってて、すぐに行くから。」
 手を伸ばし飛ぼうと宙を蹴ったが、私の身体は1センチたりとも動くことができない。何とか両手を動かそうと踠き、両足をばたつかせてみるが、踠けば踠くほど空中に絡め取られて張り付いていく。赤い実はすぐそこで私を待っているのに!私はもう、ほとんど泣きそうだった。
 K君がまたクスクスと笑った。
 「欲しい?」
 耳元でK君の声が聞こえる。
 「欲しいわ。とっても。」
 「皆ね、そうなんだ。あの赤い実に誘われてやってくる。とても・・・とても急いで。」
 K君が私の白い羽に手を伸ばし、優しく、優しく羽根を撫でる。K君の手のひらは暖かく、くすぐったい。
 「・・・そして、捕らえられてしまうんだ。」
 「捕らえられる?何に?」
 「僕にさ。」

 良く見るとK君の足元には、沢山のなにかの残骸があった。青やピンク、紫に黄色、透明で繊細なもの。たくさんの美しい何かが、傷つき、むしられ、蹂躙されたように、そこかしこに転がっていた。それらは全て、どこか見覚えのあるものだった。K君の綺麗な瞳の中に、色とりどりの羽根たちと一緒に私が映っていた。
 「・・・ねえK君。私、動けないわ。」 
 K君が私の髪を梳いている。白い指先が私の髪に埋まって、私は息が止まりそうになる。綺麗な顔が、目の前にある。この世のものではない様な美しい神様の創造物と、グロテスクな8本の脚。 
「そうだよ。だって君は僕に絡め取られてしまったんだから。」 
 きらり、きらりと何か細いものが、私の羽や胸や太ももやワンピースの裾で光ったように見えた。
 「君ももうすぐ、僕のものだ。」 
 「あなたの?」
 「そうだよ、ああホラ見て、その姿、まるで僕のためのあの実のようだ。」
 K君の右手が羽の付け根あたりを優しく撫で、私の唇は小さくため息を漏らす。
「大丈夫だよ、君の白い羽は、どれよりも美しく保存してあげる。」
 K君の甘い舌を感じながら、あの赤い実と同じ味ではないかと、すでにまわらない頭で、ぼんやりと考える。
「ああ、ほんとうに、本当に綺麗だ。」
 K君の髪の柔らかさを感じながら、もう一度、手の届きそうな赤い実を見る。毒々しく、赤い、K君の実。私は目を閉じる。
 白い羽はK君の中で、きっと何よりも美しく見えるだろう。

 fin.


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