見出し画像

短編小説 小指の復讐(1944字)

あなたは、自分の体を自分の意志で自由に操れると思っていないだろうか。
それが当たり前だと思っていないだろうか。
もし脳梗塞に成って、神経回路が失われ、例えば右足が麻痺して動かなくなったとしたら、自分の意志で操れない、と言う事に成るのだが、
実は、この例だけでなく、自分の意志に反して、動作をする例はある。
てんかん発作とか、痙攣とか、心臓発作とかが考えられるが、
わたしの場合をお話したい。

わたしは、麻薬の運び屋をしている、去年までは学生で勉強もせずバイトで金が溜まればインド東南アジアを中心にバックパッカーとして、旅行をしていた。旅先で知り合った中国人のリーに頼まれ、手荷物のお菓子を日本まで運んでやったのが始まりで、月に数回運び屋をしている。
必然的に出荷主の中国マフィアと荷受けのヤクザとの関係も出来、今ではヤクザものである。
その事件が起こったのは、運び屋に成って半年が過ぎた頃の事だった。
荷物の数が、1パッケージ不足していたのである。わたしは、受け取った物をそのまま、組に渡したのだが、足りないと言う事で。
あっという間に、落とし前で組長の面前で指を詰める事になった。
組の兄貴が、手早く床にブルーシートを敷き、まな板と出刃包丁を置いた。兄貴が、ひざまずいたわたしの右手の小指の感覚が無くなるくらい輪ゴムで根元をでグルグルと縛り、小指の第一関節の上に出刃包丁の刃を置いた。
兄貴が言った。
佐藤、自分でやんな
わたしは、左手に出刃包丁の柄を持ち、逡巡し、右の小指が震え出し、どこからか、震えて言葉に成らない弱弱しい声を聴いた。
俺を犠牲にするのか、同じ体じゃないか、何で俺なんだ。 
小指の声か。
ゆっくり包丁に力を入れ始めると、小指が震え、小指が泣きだした。
ヒー、ヒー、ヒー。
その時、組長の携帯が鳴った。数分話した後、
止めだ。
と言った、組長は
タイの出荷がおかしいかもしれない、佐藤、お前が話をつけてこい。
わたしは、出刃包丁を置いて言った。
わたしが、行って話を付けて来るんですか
と、驚き、組長を見上げた。
佐藤、行ってこい。
今度は、兄貴がゆっくりまな板と出刃包丁をかたずけて言った。
助かったな。
わたしは、ほっとしながらも、
エンコ詰めの一本、二本、怖くないすよ。
と兄貴に嘯いた。
わたしは小指の輪ゴムを外しながら、もう中国マフィアの主席と仇名されるチェンの事で頭が一杯だった。しかしそれよりも重大な事がわたしの体では起こっていた。耳鳴りの様に聴こえるのである。
俺は使い捨てか、見殺しか、お前の体じゃないのか。
脅迫の様に聴こえるその声は、右の小指の恨み節だ。
わたしの右の小指は全く動かなくなった。
まるで、独裁国家大統領の悪政に苦しむ市民が、クーデターを起こして小さな自治区を作った様に、思えた。
小指が自治区を作った。
わたしは、小指に謝った。
悪かった、決して見捨てた分けではない。許してくれ。
独裁国家に開いた綻びは収まる事はない、どんどん拡大していくのが常だ。
わたしは、小指の声がする度に、謝罪し続けた。
しかし綻びは静かに深く周辺を巻き込み大きくなり続けた。

一週間後、わたしは中国人リーの仲介でタイバンコク郊外白亜の館、
中国マフィア主席チェンの私邸にいた。
わたしは、まずは事を荒立てず穏便に話し、物別れに終わっても良いと思っていた。
やつらは残酷だ。事を荒立てたら日本のヤクザの比ではない。
やつらの命の値段は日本より安い、殺すことに慣れて愚鈍だ。
命に係わるよりは、日本での指一本、二本の方がはるかに安い。

上座の黄金椅子に、どんと座るチェン主席に気後れしながら、
わたしは立って、通訳を交えて事の経緯を一通り話した。
で、これからどうするかまでは話をせず、間を開けた。
すると、突然わたしの意に反して、右手が動き出した。
右手は、小指を立てて、上がり、右から左に小指を立てて、ひらひらと弧を描くように、小刻みに動かした。すると、今度は素早く右手の中指を立てて上げ、そのまま、チェンの顔面目がけて、立てた中指を出した。
ファックサインである。
わたしの顔は蒼白である、間違いなくわたしの意に反した小指のクーデターだ。右手、腕、右の中指を中心に小指にオルグされて、わたしの意志とは関係なくクーデターを起こしたのである。
チェン主席は顔面を真っ赤にして、部下に指示を出した。
わたしは、チェン主席の手下に引きずられて、手錠、足枷をされ地下室に放り込まれた。
まもなく、ラジオペンチを片手にした、百キロ越えの男が現れた。
チェン主席の指示なのだろう、左手、右足、左足の全て、指の爪が剥がされ、あるいは抜かれ、わたしは、連続する痛みに悲鳴を上げ気を失った。
チェン主席は、わたしの体の小指クーデターを知っているかの様に、
右手の指爪達は無事だった。
おわり。














この記事が参加している募集

文学フリマ

よろしければサポートよろしくお願いします。励みになります。